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終章  生きてこそ

 旧友のロミットとふたりで夜の町中を歩く。タクシーにでも乗っていこうかとロミットは訊いてきたが、そこまで遠い距離でもないので、遠慮しておくとゼクロスは断った。

「それじゃあ、またな」

 町の曲がり角でロミットは笑顔でゼクロスに振り向いた。

「ああ、いつか会えたら、酒でも交わして、またゆっくりと話し合おう」

「あっはは、くっせぇこというなって。じゃ、一緒に旅している仲間のみんなにもよろしく言ってくれ」

 そう言い、ロミットは手を振りながらその場を去っていった。小さく手を振ったゼクロスはその姿を見送った後、雪の中を一人歩き続ける。

「……」

 すれ違う人々、後ろから追い抜いていく若者、それに反して壮年の集団を追い越す。向かう場所も、歩き方も歩く速さも人それぞれ。

 無表情の人、仲間と共に笑う人、急いでいる人、疲れていそうな人。玉石混交の街中の一人は、周囲の人々を観察しながら歩を進める。

 空から目の前、そして地へと落ちてゆく、白い初雪。やさしく肌に触れてはじわりと融けていく。

 命は、雪のように、儚く溶けていく。だが、儚いからこそ、尊く、厳かに美しい。

 彼女に会ってから、そう思える自分がいた。自分を変えてくれた人がいた。その事実があったからこそ、彼女に、アイリスに感謝しなければならない。

 雪を見るたび、そう思っては、あの時の日々を思い出す。ゼクロスの固かった表情が少し和らいだようにも見えた。

 歩道を歩き続け、正面右の花屋のショーウィンドーに目がいく。この寒い季節によく開店しているものだと興味を持ったゼクロスは、その店に寄ってみた。

 いらっしゃいませ、と女性店員の声を聞き流し、色とりどりの花をゼクロスは見ていく。

「……」

 店の端に飾ってある、自分の瞳と同じ紫色をした花の存在に気がつく。網目模様であり、外側の花びらに黄色い模様がある六十㎝ほどのアヤメの花。虹の女神の聖花であり、その女神の名に由来する。その名前は、

「アイリス……」

 ゼクロスは花の元の名を呟き、花言葉を思い出していた。

 愛。それが、アイリスの花言葉。愛おしかった少女の名を持つ花。相応しい花言葉だとアヤメの花を見つめる。

 自分の後ろで、親子の会話が聞こえる。母親と、まだ幼い息子が花を選んでいる。

「おかあさん、この花きれいだからこれにしようよ」

「あ、それはだめよ」

「どうして?」

「バラの花は赤いでしょ? 血の色と一緒だから、患者さんを不安にさせちゃうの」

「そうなんだー。じゃあどんな花だとお姉ちゃん喜ぶかな?」

「そうねぇ、あの娘の好きな花って……」

「……」

 親子の方を少しだけ振り返って見ていたゼクロスは、傍に並べてあった明るい色の花が飾られてある花籠を見かける。それを手にし、少年の後ろの台に置いては肩をトントンと叩く。少年は振り返るが、そこにゼクロスの姿はなかった。

「……? あ、おかあさん! この花どうかな? 赤くないし、綺麗な花だよ?」

「……あら、ガーベラの花? フラワーアレンジもいいわね。でもこんな花籠さっきまで置いてなかった気が……」

「おかあさん、これ買おうよ! お姉ちゃんもきっと喜ぶよ!」

「そうね、そうしましょうか」

「……」

 その様子をショーウインドー越しで見ていたゼクロスは興味がなくなったように前を向いては歩を進める。雪が肌に触れるが、冷たい感覚は忘れていた。

 思い出してきた記憶は、どれも遠い過去の物。忘れかけているほどの遠い記憶。そうであるにもかかわらず、鮮明に思い出せるのは、自分の人生を変えたきっかけ、人生の分岐点だったからかもしれない。味気ない人生にも、必ず頭に残る濃い記憶が自分にもあった。同時に、それをきっかけに自分の人生が反転した。思い出の後のことなど、空虚すぎて思い出せない。空っぽの心は何も思い出させてくれない。宇宙のように真っ暗で、果てなどない、何もない黒の中で数えきれないほどの年月を過ごしてきた感覚をゼクロスは夜空をふと見上げながら、雪と共に身に沁みるほど思い出していた。

 生きているかどうかも分からない、そんな空虚の鎖から抜け出し、今もこうやって何不自由なく生きているのは、夢で見たあの不思議な白い蝶のおかげかもしれない。ゼクロスはそう思った。

 そのとき、服の中に入れた携帯機器が振動する。スマフォを取っては電話に出る。ホテルの電話から繋がっているようだ。

「もしもし……なんだ君か。珍しいね、機械に無縁そうな野性児の君から電話を掛けてくるなんて」

『うるせぇ嫌味野郎。ナメすぎにも程があるだろ』

 電話先の声は二十から三十代ほどの荒っぽい、しかし肝が据わった男の声だった。電話越しの声だけでも伝わる威圧感と重量感に、ゼクロスは毎回耳と脳に負担がかかって嫌気がさしている。

「……それで、何の用だい? よっぽどのことがない限りわざわざ君から掛けてくるようなことはないと思うんだけど」

『大層なことじゃねぇよ。他の奴らがみんな寝付いちまっただけだ。一人除いてな』

 それを聞いたゼクロスは「ああ」と妙に納得した。その声を聞き逃さなかった電話主は呆れるような声を出しては溜息をついた。

『おまえの察しの通り、あの白髪頭がまたふらふらとどっかに行っちまった。たぶん町のどっかにいるだろうな』

「わかったよ。みつけたら連れて帰るし、見つからなかったら出発はまた先延ばしにするとしよう。それでいいかい」

『おう、そんな感じで頼むわ。なぁゼクロス』

「なんだい?」

『古い友達に久しぶりに会ってどうだったよ』

「……変わってなかったよ。なんにも」

 少しの間の後にゼクロスは答えた。電話主は気にすることなく、

『そうか。まぁよかったな、そういうやつに会えて。つーかおまえにも友達いたんだな』

「はは、みんなしてそう言うね。僕そんな友達いないように見えるかい?」

『いたとしても変な関係の友達がいるだろうと思うぐれぇだ』

「あっはは、リオラもたまに傷つくこというんだね」

『……? ホントのこと言っただけだろ。じゃ、オレは先に寝るわ』

「うん、おやすみ」

 すぐに電話を切られる。ゼクロスはスマフォを服の中にしまう。

「変な友達ね……」

 そう呟いてはフッと息で笑った。

 雪の降り続ける、白に染まる街中。夜で暗い上に、雪に包まれたような街中では、特徴である目立った白髪の頭も溶け込んでしまうだろうと、ゼクロスはわざわざ探そうとは思わなかった。

 変り者の白い蝶はいつだって自由に羽ばたいてく。その自由を奪う権利は誰にある。

 明日までには帰ってくるだろうと頭の片隅で思いながら、もう少しだけこの懐かしい匂いがする街中を歩いていこうと、ゼクロスは目的地を消す。

 あのときの雪のやさしい冷たさを忘れないようにするために、あのときの暖かいキスを思い出せるようにするために。そして、あのときの笑顔を懐かしむために、かつての死神は雪降る街の中をただ歩き続けた。


 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 あらすじにもありますが、SFの定義は「サイエンス・フィクション」と「シックネス・ファンタジー」のふたつです。

 死生観や生命観、そして進化についてをテーマに書いてみました。小難しい話でも構わないと思い、今感じていることのほとんどをこの物語に注ぎ込んだつもりです。幾つか不可解な点が見られたかと思いますが、ご了承ください。この物語を読み通して、何かを感じ取れたらこれ以上の喜びはありません。

 この作品を通して、伝えたかった、書きたかったことはたくさんありますし、それを書き綴った自覚もありますが、あくまで物語の中に登場するキャスト達の抱いている思いなので、作者の心情ではなく、キャスト達の持論として受け止めておいてください(笑)

 話が変わりますが、この物語はシリーズ「Ward Wark Warld」の本編「神王伝史 ーGOD CHRONICLEー」の外伝(サイドストーリー)として関連しています。

 最後になりましたが、このような企画を催してくれた「あなたのSFコンテスト」様には、この場を借りてお礼を言いたいと思います。

 そして、小説「死神」を読んでくれた読者の方々、評価をしてくれた方々に感謝します。ありがとうございました。

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