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卒業

 キャリーの卒業式当日、空は生徒達の門出を祝福するかのように晴れ渡っていた。

 広い校庭に列を作る卒業生の後ろには保護者達が集まり、式を見守っている。

 祝辞を述べる校長の姿が、ローラの視界の中でゆらゆらと揺れる。鼻と口をハンカチで覆いつつ、ローラは先ほどから必死で嗚咽を堪えていた。

 次から次へと溢れ出る涙が止まらない。

 まだ式は始まったばかりだというのに、既に顔はぐしゃぐしゃだった。


 ローラはふと隣からの視線を感じて目を上げた。背の高い赤毛の青年――アーロンが苦笑を滲ませローラを見ている。


「…大丈夫?」

「ダメ…」


 ローラの返事に、アーロンは失笑しながら視線を生徒席へと戻した。

 周りを見渡しても、現時点で泣いているのはローラだけだ。羞恥に赤面しつつ、ローラは再びハンカチに顔を埋めた。



 式が滞りなく終了し、やがて卒業生達はそれぞれ解散して保護者のもとへとやって来た。その中にキャリーの姿も見える。ローラとアーロンに気付き、こちらに駆け寄った。片手には卒業証書が仕舞われた筒を携えている。

 ローラは涙を拭きながら妹を迎えた。


「どうしたの??」


 キャリーはローラの顔を見るなり目を丸くしてそう言った。

 当の本人は意外とけろっとしたものだ。ローラは気恥しさに顔をしかめつつ「放っておいて」と返した。


「キャリー、卒業おめでとう」


 アーロンからの祝いの言葉に、キャリーは「ありがとう!」と応える。そしてふと誰かを探して顔を巡らせた。


「リンさっきまで一緒に居たんだけど…」

「うん、あそこで誰かと話してる」


 アーロンが指を差した先に、金色の髪の少女が居る。どうやら友達に捕まっているところらしい。キャリーはそれを確認し、アーロンに目を戻した。


「今日は、夜、卒業パーティがあるの。リンと一緒に行くんだ」

「うん、聞いてる」

「招待状、届いたよ!結婚式、楽しみにしてるからね」


 ローラもキャリーの言葉で結婚式のことを思い出した。泣くのに夢中でお祝いを言ってなかったことに気付く。


「あ、アーロンおめでとう。来月だったわよね。2人して招待してもらって…」


 今更ながらそう言うと、アーロンは申し訳無さそうな顔をした。


「そうなんだけど、キャリー、カルデアに行くんだってな。戻ってこれなそうだったら無理しなくてもいいから…」

「やだ!絶対行くから!」


 キャリーの力強い言葉に、アーロンは「ありがとう」と穏やかに微笑んだ。


「そもそもキースの都合を基準に決めたからさ。本当はみんなの仕事が始まる前に式挙げたかったんだけど…。あいつ忙しいんだよ。相変わらず仕事が大好きだから」


 突然出てきたキースの名前に、ローラの胸がどくんと音を立てた。そんな姉の動揺に気付く様子も無く、キャリーは「キース、来るんだ!」と顔を輝かせる。


「そりゃもちろん。リンの叔父だから」

「あ、そうだったね。忘れてた」

「俺も忘れたいんだけど」


 キャリーが楽しそうに笑う。そんな声を遠くに聞きながらローラは小さく嘆息した。

 アーロンの結婚式にキースが来る。二度と会うことはないだろうと思っていた人だが、また会う機会ができるらしい――それが嬉しいのか悲しいのか、自分でも良く分からない。

 遠く思いを馳せるローラの前に、不意にすっと筒が差し出された。

 我に返って顔を上げると、キャリーが卒業証書を手に自分を見ていた。

 いつの間に大人びた妹の微笑みに、ローラは戸惑いながら目を瞬く。


「改めて、姉さん今までありがとう。これは姉さんのものだよ」


 胸のど真ん中を衝かれて、おさまっていた涙が一気にぶり返す。すでに涙でびしょ濡れのハンカチに、慌てて顔を埋めた。


「やめてよぉ~…」


 震える声で抗議するローラの体を、キャリーの腕が優しく包み込んだ。


 ◆


 カルデアへの出発を数日後に控え、キャリーは毎日神経質な程に自分の荷物を確認していた。

 初めての地、初めての仕事に緊張感が高まっているのが分かる。そんなキャリーとは裏腹にローラは一緒に準備を手伝いながら、まるで自分が宮殿に行くかのような楽しい気分を味わっていた。


 そんなある日、一日の仕事を終えたローラは帰り支度を整えると更衣室から顔を出した。

 廊下をさっと見渡して誰も居ないことを確認すると、素早くそこを出る。後はまるで逃げるかのように、足早に寄宿舎の出口へと急いだ。

 重い両開きの扉に辿り着くと、そこでまた顔だけ出して外を見廻す。――よし、居ない。

 ローラはほっと安堵しつつ、改めて扉を押し開けようと力を込めた。


「――誰か探してるんですか?」

「きゃぁぁ!!!」


 突然背後から声をかけられ、ローラは飛びあがりそうに驚いた。

 慌てて振り返り、その姿を確認して愕然とする。

 今一番見たくない顔がそこにあった。

 悲鳴を上げたローラを、オリビエ・マーキンソンは目を丸くして見ていた。


「”きゃぁ”って…」

「あ、どうも、お疲れ様です!」


 取り繕うように挨拶を返しながら、ローラは周囲に目を遣った。誰も居ないとおもっていたが、どこから湧いて出たのだろう。

 その疑問に応えるようにオリビエが説明する。


「今あなたを食堂に探しに行っていたところだったんです。諦めて出てきたら、運よく会えました」


 そう言ってにっこりと笑った。

 ローラは慌てて彼に背を向けると、再び寄宿舎の扉を押し開けた。


「私もう帰るところなんでっ。失礼しますっ」

「俺も仕事が終ったところなんです」


 言いながらオリビエは扉に手を添え、それを開けるのを手伝う。寄宿舎を出ながら、ローラはこっそりため息を漏らした。

 彼の次の言葉は大体予想ができている。


「良かったら食事でも行きませんか?」


―――いやです~~!


 心の中では即座にそう返す。けれども口に出すわけにも行かず、また必死で断わる口実を考え始めた。


「今日は予定があるのでっ」

「そうですか。ではいつなら大丈夫ですか?」

「ちょっと、分からないですっ」

「分からないんですか??」


 オリビエが驚きを含んだ声でそう返してくる。

 普通こう言えば”あなたとお食事はもう行きたくありません”という気持ちは伝わるはずなのだが、敵は相当鈍いのか初めて食事をしたあの後から何度断わっても諦める気配がない。

 仕事中でも人前でも、とりあえず会ったら平然と誘われる。

 ローラとしては断わるのも疲れてきたので、最近は顔を合わせないよう努力するようになっていた。

 それでも同じ職場なので避けるのも限界があるのだ。

 そんな2人の攻防を、周りの人たちは楽しんで見ているだけだった。特にデイジーは完全に面白がっている。

 人の気も知らないで。


 振り切ったつもりだったが、オリビエはローラの隣について歩いていた。

 ローラはうんざりしながら足を止めると「オリビエさんは寄宿舎暮らしですよね?」と険を含んだ声で聞いた。彼の家はここなのに、着いて来る理由はない。


「送ります」

「そんな必要ないですっ」

「送らせてください」


 ローラは思わず絶句する。そんな風に頼まれたら、嫌だとは言い辛い。

 オリビエは困惑するローラを見詰め、ふっと微笑を洩らした。


「久し振りですよね。最近、なぜかあまり顔を合わせる機会がなくて」

「そう…ですか?」


 とぼけてみるが、それは当然だった。顔を合わせないようにしているのだから。


「――もしかして、俺避けられてます?」


 直球で問いかけられ、ローラは硬直した。さすがにその通りですと言う勇気はない。


「そ、そんなことはっ…」

「――無いですか!それは良かった!」


 あっさり解決したらしい。結果としてローラはそれ以上何も言えなくなってしまった。

 いっそ認めてしまえば良かったかもしれないと悔みつつ、黙ってまた歩き出す。オリビエもそれに合わせて隣を歩いた。


「…仕事、忙しいですか?」


 オリビエの落ち着いた声が問いかける。

 年上なのに、そして上級兵士なのに、その言葉遣いは相変わらず敬語のままだった。


「それ程でも、ないです…」

「それなら良かった。もうすぐ新人兵士が入ってきてまた寄宿舎に人が増えるので、その準備に追われているだろうなぁと思ってたんです」

「確かに、そうですね…」


 最近他の侍女達が忙しそうなのはそのためなのか。自分は基本的に上級兵士担当なので気付かなかったが。まさかオリビエにそんなことを気遣われるとは思わなかった。


「妹さんは、お元気ですか?」


 また問いかけられ、ローラは俯いたまま「はい」と答える。キャリーの話が出たのは意外だった。


「卒業、されたんですよね」

「はい」


 そんな事まで知っているらしい。「おめでとうございます」という彼の言葉に、「ありがとうございます」と型通りな言葉を返す。


 やがて城を出て、王都に入った。

 そうして2人で歩いている姿を誰かに見られたらどう思われるのか。そう思うと気が気でない。まさかこのまま家まで着いて来る気なのだろうか。キャリーに見られたら誤解されるし、何より彼に自分の住む場所を知られたくはない。

 そう考えた直後、ローラは不自然なほど唐突に歩みを止めた。

 オリビエがそれに気付いて振り返る。

 ローラは彼を振り仰ぐと、意を決して言った。


「もう、ここで大丈夫です。あとは1人で帰れますから」


 オリビエは少しの間黙ってローラを見ていたが、やがて諦めたように「分かりました」と言った。


「…ではまた今度」

「あの、オリビエさん!」


 躊躇いつつ、ローラは口を開いた。

 やはりどうしてもはっきり言わないといけないらしい。そんなことはしたくなかったけれど。


「あの…本当に申し訳ないんですけど…。私、やっぱりオリビエさんのお気持ちには応えられません。だから、もう…」

「知ってますよ」


 オリビエに遮られ、ローラはうっと言葉に詰まる。

 知っていると言われたら、何と返していいのか分からないではないか。

 困り果てるローラを前に、オリビエは余裕ともとれる笑みを浮かべた。


「前にも言いましたが、それは分かっています。そんなに急いで応えてもらおうとは思ってません。まさか一度食事しただけで、俺の全てが分かったとは思ってませんよね?」


 そう言われると何も言えない。

 意外と強気な態度にたじろぎつつ、ローラは「でも…」と困ったように眉を下げた。反撃方法を模索するも、見つからない。そんなローラに、オリビエは重ねて言った。


「もしかして見た目で判断されました?確かに俺、美男子にはほど遠いですけど」

「ち、違います!!」


 どうしていちいち核心を突いてくるのだろうか。慌てて否定するローラを見ながら、オリビエは楽しそうに笑った。

 また彼のペースに呑まれてしまうのは、癪にさわる。ローラはむきになって反論した。


「オリビエさんこそっ!私の見た目が気に入っただけじゃないですか?!」

「…凄い自信ですね」


 目を丸くして言われ、ローラはカッと耳まで赤くなった。別に自惚れているわけではないのだ。実際オリビエとはろくに言葉を交わしたこともないのだからそう思って当然ではないか。そう抗弁しようとしたが、先にオリビエが言った。


「確かに見た目が好みであることは否定できませんね。なんて綺麗な人なんだろうと思って見ていたので」


 直球で褒められて、ローラは固まった。あっさりと動揺させられるのが悔しい。慣れてないのを見抜かれているかのようだ。

 ローラはふいと顔を背けて呟いた。


「そ、それで好きとか言われても…」

「なるほど。分かりました」


 オリビエは納得したように頷いた。


「それならもっとよく知ることにします。また2人で話す機会を作ってください」


 墓穴を掘ったらしい。

 罠にはまった気持ちになりながらも、ローラはそれ以上何も言い返すことができなかった。

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