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キャリーの進路

 王都中心部の美しい街並みを外れて暫く歩を進めると、一転して地味な庶民の住宅街が現れ始める。

 大きな建物のほとんどは集合住宅で、今日もそれぞれの窓の外に張られた綱に洗濯物が揺れている。

 街道にはゴミが所々で積み上げられ、実に生活感溢れる光景を作り出していた。


 その中でもひときわ古い建物に、1人の少女が入って行った。栗色の髪を2つに分けてお下げに結った彼女は、学校帰りらしく本が詰まった布袋を手に提げて持っている。

 少女は階段を昇り、ある一室へと辿り着く。持っていた鍵を鍵穴に差しこみながら何気なく目を遣った郵便受けに大きな封筒を見付け、眉を上げた。

 少女はそれを手に取り、宛て先を確認した。


『キャリー・ワルイダー様』


 やはり自分宛の郵便だった。キャリーはその手紙を片手に、部屋の中へと入って行った。



「都市カルデアの離宮…」


 長椅子に座って手紙を眺めながら、キャリーはそこに記された文字を読み上げた。

 キャリーは間もなく学校を卒業する。その先の進路は姉であるローラと同じく侍女として既に採用が決まっているが、その勤務地は未定だった。

 それが今日届いた手紙で漸く通知されたというわけだ。


 都市カルデアは王都からは遠く離れた静かで空気のいい田舎街である。そこに建つ離宮には、政務から引退した王族が生活しているはずだ。

 キャリーはその離宮で仕事することに決まったらしい。

 遠方のため住み込みとなるので、姉とは離れて暮らすことになる。

 その決定を前に、キャリーは1人悲しげに眉を下げた。



 姉のローラはキャリーにとって、ただ1人の肉親だった。

 物心ついた頃にはもう親は居なかった。キャリーの記憶は、ローラと2人で入った施設での毎日から始まっている。

 施設の集団生活にあまりいい思い出はない。

 意地悪な女の子もいたし、乱暴な男の子もいた。

 人見知りの激しいキャリーはいつもローラの後をついて歩いていたものだった。寝るときも離れようとしなかったのだから、相当鬱陶しかったと思われる。

 けれどもローラはそんな自分をいつも優しく受け入れてくれていた。


 ”いつか2人で暮らそうね”


 ローラは口癖のようにそう言っていた。


 やがてローラは13歳になって、侍女の仕事についた。

 そのお陰で2人の夢は叶い、施設を出ることができるようになった。

 2人で借りた部屋は今よりずっと狭くて古かったけど、自分達だけの部屋というのが嬉しくて、それだけで幸せだった。

 ローラは毎日忙しく働くようになり、以前のように一緒に過ごす時間は減ってしまった。

 寂しかったけど、自分のために頑張ってくれている姉に文句は言えない。キャリーはローラが居ない時間を、いつも1人部屋に籠って過ごした。

 

 やがてキャリーが10歳になったとき、姉は自分を学校に入れてくれた。

 キャリーとしては学校なんて行かなくてもいいと思っていた。それより自分も働いてローラを助けたかった。

 けれどもローラはその点だけは絶対に譲らず、学校に行って欲しいのだと訴えた。


 姉の強い希望を叶える為、キャリーは学校に通うこととなった。ローラの願いとは裏腹に、最初の学校生活は

まるでひとりで施設に戻らされたかのように苦しいものとなった。

 学校では当然ながら全員見知らぬ他人で、人見知りが災いして声も掛けられず、もたもたしているうちに友達の輪をつくる女の子達に置いていかれた。

 自分だけが周りから浮いている事を自覚したときには、もう手遅れだった。

 ”学校楽しい?”とローラに聞かれる度、楽しいと嘘をつくようになった。

 そう言うと、ローラがとても嬉しそうだったから。


 本当のことなんて、言えなかった。


 いつしかキャリーはいじめの標的になっていた。無視されるだけならまだよかった。キャリーの物を隠したり、傷つけたり。ひどい言葉を投げられたり。そういうことが日常になっていった。

 キャリーの持っている物は全部ローラが買ってくれたものだった。それらを傷つけられるのは、自分を傷つけられるより、ずっとずっと苦しかった。それでもやられっぱなしで何もできない自分が、一番憎かった。


 そのうちどうしても学校に行くのが辛くなって、ローラに黙って休んでしまうことが続いた。

 ローラが頑張って仕事をしている間、何もせずにぼんやりと湖を眺めて終わる日もあった。

 そんな話はすぐに学校からローラに伝わり、キャリーはローラを失望させた。


 ”お願いだから学校にはちゃんと行って。あなたのためなの”


 姉の切実な願いに逆らえるはずもなく、学校に行っては傷つき、また遠ざかる。

 そんなことを繰り返していたある日、キャリーは学校をサボって行った王城で1人の男性に出会った。

 当時ローランド城で上級兵士として働いていた、キースだった。

 偶然知り合ったキースに苦しい気持ちを吐き出して、キースがそれをローラに伝えてくれた。

 その日の夜、キャリーは促されるままローラに学校での事を全て話した。

 話しているキャリーも、聞いているローラも泣いていた。

 そしてローラは初めて、”学校辞めていいよ”と口にした。


 2人して謝り合いながらわんわん泣いたあの夜を、キャリーはきっと一生忘れられないだろう。

 あの日からまた、キャリーはローラとちゃんと向き合えた気がするから。



 思い出に浸っていたキャリーは、ドアの鍵が外される音で我に返った。

 足男が聞こえ、ほどなくローラが現れる。キャリーの姿を見つけ「ただいま」と笑顔で言った。


「おかえりなさい。今日は早いんだ」

「うん」


 ローラは上着を脱ぎながら、ふとキャリーの手元に目を留める。


「何?それ」

「あ…、仕事の場所が決まったの」

「あぁ!」


 ローラはキャリーの傍に来ると、横から覗き込むようにしてその通知を読んだ。そして小さく「カルデア…」と呟く。


「カルデアの離宮だって。遠いから住み込みになるって…」

「宮殿でお仕事するの?すごいじゃない!」


 ローラが歓声を上げる。意外な反応に戸惑いつつ、キャリーは「姉さんだってお城でお仕事してるでしょ」と返した。


「王城の敷地内ってだけでしょ。姉さんお城なんて見るだけで、入ったことなんて一度もないもの」


 そういうものなのか。

 ローラは「すごいわぁ。やっぱりちゃんと学校出てると違うなぁ」と感心しながら去っていく。

 部屋に荷物を置きに行ったようだが、その足取りはどこか浮ついている。

 凄いことなのかと他人事のように思いながら、キャリーは手にしていた通知書を封筒へと仕舞った。


 ローラの言うとおり、結局キャリーは一度学校を辞めた後、再び違う学校に入ることができた。

 お金の問題があってそれは不可能なはずだったが、ローラの友人であるアーロンの援助があって実現したのだ。

 新しい学校には先にアーロンの妹の(ということに当時はなっていた)リンが通っていた。そのおかげで身構えずに入学できたし、リンがキャリーにクラスの人達を紹介してくれたので、友達を作るのに苦労することもなかった。

 そして今度こそ本当に楽しい学園生活を送ることが出来たのだった。

 だがそれもあと卒業式を残すのみとなっている。


 キャリーはふと用事を思い出し、椅子を立って姉の部屋へと向かった。扉を叩く前に丁度着替えを終えて出てきた姉と鉢合わせ、それを告げる。


「姉さん、アーロンとリンの結婚式の日、決まったんだよ。2ヶ月先なんだけど。姉さんも行くでしょ?」


 楽しい毎日の中で、いつしかリンはキャリーの一番の親友になっていた。そのリンは、卒業後間もなく結婚することが決まっている。

 キャリーの問いかけに、ローラは逡巡する素振りを見せた。


「まぁ……招待されれば」

「されるよ!友達だもん!」


 キャリーにとっては当たり前のことなのだが、ローラは「そうだけど…」と歯切れが悪い。

 そのまま食事の支度へと向かう姉を追って、キャリーも炊事場に立った。

 成長した今は、キャリーだって家事はこなせるようになった。食事を作るのはいつも一緒にやっている。


「もしかして昔のこと気にしてる?」


 キャリーの言葉にローラは野菜を洗いながら「そういうわけじゃないけど」と返した。

 否定したが、キャリーには図星に思える。

 確かにローラはアーロンと何年も前にほんの少しの間だけ恋人同士だったことがあるのだ。本当にあっという間に別れてしまったのだが…。

 そういえば、あれから一度もローラの浮いた話は聞いていない。


「…姉さん、恋人いないの?」

「何、突然…居ないわよ」


 ローラは苦い笑みを浮かべて答える。いつもと変わらぬ返事だった。


「私が居なくなったら恋人と暮らしてもいいからね」

「だから居ないんだってばっ」


 噛み合わない会話に2人して笑った。


 いつも自分を守ってくれる、たった1人の家族。

 長いことその存在に依存してきたが、ついに自立の時が来たらしい。寂しいけど、却っていいのかもしれない。

 自分が巣立てば、ローラはやっと自由になる。

 恋人を作ったり、結婚したり。


 まだまだこれからなのだから――。

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