彼の故郷
ある日の午後、ローラは兵士寄宿舎の厨房で、デイジーと並んで仕事をしていた。
作業場の机に向かい、夕食に使う野菜の下ごしらを黙々とこなす。
ふとデイジーが立つ側とは反対隣に人が現れたのを感じ、ローラは何気なく顔を上げた。赤茶色の短い髪がよく似合う、明るい印象の侍女が立っている。ローラの顔を覗き込みつつ「久し振りっ」とにっこり笑った。
「ミリアム、久し振り」
彼女の名前はミリアムという。
普段は王城付きの侍女だが、たまにこちらの助っ人として派遣される時もある。だが最近は来ておらず、顔を見るのは暫く振りだった。
デイジーもローラ越しにひょいっと顔を出すと「あ、どうも。こんにちは」と挨拶した。
「手伝うわね」
「うん、お願い」
そう言って、場所を空ける。ローラは手を止めず、「元気だった?お城は忙しい?」と話を振った。ミリアムも作業を始めつつ、嬉しそうに答える。
「最近ねぇ~、すっごい気になる男が居るのよぉ~」
質問を無視して唐突にそう言ったミリアムに、ローラは目をぱちくりさせた。戸惑いつつ、「…マシューは?」と問いかける。マシューというのは彼女の恋人の名前だった。
ミリアムはぷっと吹き出しつつ言った。
「やだぁ、いつの話よ!大昔に別れたわよ!」
「え…そ、そうなの??」
知らないうちに恋人ではなくなっていたらしい。ローラにとっては急展開が多すぎて、ミリアムの話には毎度驚かされる。ミリアムは昔の恋人への未練を一切感じさせない様子で、楽しげに続けた。
「今気になってる人はねー。上級兵士さんなんだけど、ローラ知ってるかな?――オリビエ・マーキンソン隊長!」
不意打ちに、ローラはピキッと硬直した。
「え…」
「すっごいいい体してんの!とりあえず一回試してみたいわ~って感じ?」
話がおかしな方向へと流れていく。
ローラはとっさに隣のデイジーを見たが、興味が無いのか黙々と仕事をしている。ローラの困惑に気付く様子もなく、ミリアムは「ちょっと硬そうだけど、そこもまたいいのよね!」と喜々としてオリビエを評している。
ローラの脳裏には昔の記憶が突如として甦った。
そういえばミリアムはずっと前にキースとも…。
「今度お部屋に突撃しちゃおうかな~」
「――ダメ!!!」
思わず声を上げたローラに驚いた様子もなく、ミリアムは「なんで?」と首を傾げた。
再びデイジーに目を遣るも、完全に無視。余計な時には口を挟むわりに、肝心な時は助けてくれないらしい。
「…か、彼は…」
ローラは真っ赤になりつつ訴えた。
「――私の恋人なのっ!!」
「おぉぉぉ~!!!」
ミリアムがおかしな声をあげた瞬間、デイジーが突然パチパチと拍手を始める。2人の意外な反応に、ローラは野菜を手にしたままきょろきょろと顔を動かした。
「本当だった!」
「だから言ったじゃないですかー!ローラさん、えらい!よく言いました!」
さっきまでの我関せずな態度はどこへやら、デイジーはローラを挟んでミリアムと話す。
その内容から状況が理解できると、ローラはみるみる耳まで赤くなった。
「――からかったわね!!」
「ごめんごめん。さっきデイジーに教えてもらったんだけど、ローラの男としてはちょっと意外なタイプだったからさー。本当に??なんて話になって」
「普通に確かめてよ!!」
ローラの怒りを余所に、2人して楽しそうに笑う。ローラは虚脱感を覚えつつ「…んもぉ」と呟くと、再び仕事を再開した。
デイジーとミリアムも同じように手を動かす。ミリアムはまたしみじみと呟いた。
「でも、ほんとに意外だったなー。すごい男っぽい男じゃん」
「…男らしいって言って」
「あれと寝てるんでしょ?ローラがねー」
昼間にも関わらず、またおかしな話になる。沈黙するローラの反対隣で、デイジーが「寝てるんですか?」と畳み掛けるように訊いてきた。
「な、なに言って…」
慌ててごまかそうとするローラの首筋を、ミリアムが不意につんっと突いて言った。
「そりゃ寝てるでしょ。ばっちり痕ついてるし」
とっさにナイフと野菜を放り出し、ローラは両手で首筋を覆い隠していた。
そんな反応に、またミリアムとデイジーは揃って爆笑する。
「嘘だって、嘘だってぇ~!!」
「ローラさん、可愛いっ!」
簡単に騙された自分への怒りと恥ずかしさで声も出せない。1人凍りついたまま赤面するローラの顔を覗き込みつつ、ミリアムは微笑んで言った。
「良かったじゃん、ローラ。おめでとう!ローラとこんな話できるの、なんかすっごい新鮮で嬉しいんだけどっ」
そんな無邪気な笑顔を向けられると怒りも萎える。それでも羞恥は消えず、ローラは両手を首筋から離すと、むっつりと野菜とナイフを手に取った。
デイジーが隣でクスクスと笑っている。
やっかいな2人に挟まれてしまったものだ。
「あー、でも焦る~。ローラも結婚間近でしょ??私の周り、最近多いのよー」
溜息混じりのミリアムの言葉に反応して、デイジーが「結婚するんですか?」とローラに訊いてきた。
ローラは慌てて否定する。
「そんな話、出てないわよっ」
「あ、そうなの?」
そう言ったミリアムの声音には、明らかに安堵の色が窺える。
「急ぐことないから!相手はゆっくり見極めないとね」
―――結婚…。
2人の間で話が出ていないとはいえ、今まで自分とは無縁だった単語が急に身近に感じられる。このままいけば、いつかそういうことになるかもしれない…。
ローラの中では、相手は他に有り得ないと思っている。彼がどう思っているかは、分からないけど。オリビエの口からそれをほのめかすような言葉が出たことは、一度も無かった。
―――ローラ・マーキンソン…かぁ。
ローラはそんな未来を夢見つつ、ほんのり頬を赤らめた。
「ねぇ、実際どうなの彼って。あっちの方、すっごいの??」
「凄そう、凄そう!一晩に何回くらいするんですかぁ??」
興味津々の2人の下世話な質問に、乙女な妄想はあっさり邪魔される。
ローラは「仕事中!!」と一言返すと、不満気な2人を無視して作業に没頭することにした。
◆
「ただいま」
「おかえりなさい!」
珍しく軍服姿のまま現れたオリビエに見惚れつつ、ローラはいつものやりとりで彼を出迎えた。
深緑色の軍服は彼の日焼けした浅黒い肌によく合っているし、ひときわ強く頼もしく映る。
「明日は朝から外に出るんだ。ここから直接行かせてもらおうと思ってさ」
「うん。――入って!ご飯できてるから」
オリビエを居間に通すと、ローラは炊事場に急いだ。
スープを温めなおすために火をつける。そんなローラのもとに、やがて荷物と剣を置いたオリビエがやってきた。
ローラの背後に来ると、ふわっと腕の中に包み込まれる。
頬に口付けられ、応えるように振り返ると、軽く唇が触れ合った。
「今日…ミリアムに会った?」
問い掛けると、オリビエは虚を突かれたように目を瞬く。
「…誰?」
予想通りの答えに、ローラは思わず失笑した。
「ううん、いいの」
そう言うと、2人の唇はまた自然と重なり合った。
最近、オリビエは以前とうって変わってローラに触れてくるようになった。突然の変化に最初のうちは戸惑いもあったが、慣れてしまえば単純に嬉しくて、いつしかローラも自分から彼の温もりを求めるようになっている。
オリビエは大人で理性的な人だが、淡白にはほど遠い。
かつての自分は実に中途半端な態度で彼に多大な忍耐を強いたに違いない。そう気付かされると、今更ながら申し訳ない思いだった。
「…ん」
思いのほか長い口付けにローラの口から声が漏れる。オリビエは一度唇を離すと、ローラの体の向きを変えさせて、再び抱き寄せた。
「待って、スープが…、んっ…」
再び腕の中に引き込まれ、唇を塞がれる。
制止の言葉を口にしておきながら、ローラはオリビエにされるがまま彼の唇と舌を受け入れてしまっていた。
頭の芯が熱くなっていく。
―――あ…どうしよう…。
「オリビエ…食事…」
消えていきそうな理性を総動員して訴えたローラの言葉に、オリビエは甘い囁きを返す。
「…後にしてもいい?」
「だ、だめっ…」
「だめ…?」
「だ、っ…」
ローラの言葉はまた遮られた。
抵抗しているのは口だけだということがバレている。
体中溶かされそうな口付けに、ローラはいつしか降参した。
「…火を消してからじゃないと、だめ…」
◆
―――また流されちゃった…。
ベッドの上でうつ伏せになったローラは、そんな自分自身に呆れつつ柔らかい枕に顔を埋めた。
ローラの耳元で、オリビエが囁く。
「…大丈夫?」
「だめ、動けない。もうご飯用意できない。…ばかっ!考えなしっ!」
正気に返ると恥ずかしくて、終わった後はいつもこんな憎まれ口をきいてしまう。
それを笑って聞き流し、隣のオリビエはローラの髪や背中を優しく撫でながら言う。
「俺がやります」
「…そうしてください」
オリビエは失笑すると、ローラの頭に軽くキスを落とした。そして彼の温もりはローラから離れていく。次いで、服を身につけているらしい音が聞こえた。
最近、オリビエも炊事場の使い方を覚えてくれていた。
今日のようなことが、初めてではないからだが。
彼の服もいくつかここに置いてあるので、いつでも好きなときに泊まれる。そういう現状を考えると、結婚しているのと変わらない。
だから彼の頭に”結婚”という発想が浮かばないのも、無理はないのかもしれない。
そんなことをぼんやり考えつつ、ローラはまだ体に残る甘い余韻に浸っていた。
初めて結ばれたときに感じていた痛みも今は無い。いつの間にか違う感覚とすり替わってしまっている。
「ローラ。今度の休み、俺の地元に行かない?」
何気ないオリビエの言葉に、ローラは枕から顔を上げた。
振り返ると、彼はすっかり元通りに服を着て、ベッドに腰掛けた状態でローラを見ていた。
「え…どうして?」
今度2人の休みが合うので何処かへ出掛けようかと話してはいたけれど、その場所は考えてなかった。
彼の地元に行くという事は…。
「いい釣り場があるんだ。釣り教えてあげるよ」
「釣り?」
「うん、やってみない?」
「あ、うん。そうね。やってみたいわ」
「じゃぁ決まり」
オリビエはそう言って、にっこりと微笑んだ。
どうやら本当にただ遊びに行くだけらしい。彼の両親のもとへでも連れて行ってもらえるのかと一瞬期待してしまったが、違うようだ。
釣りは楽しみだけど、少しだけ落胆してる自分が居る。
今日の昼の話が尾を引いているようだ。
―――まぁ、そんなに急がなくてもね…。
「じゃぁ、待ってて」
オリビエは身を乗り出してローラの肩に口付けると、先に部屋を出て行った。
1人になると、また余計な会話を思い出す。
”急ぐことないから!相手はゆっくり見極めないとね”
ミリアムの言葉通り、オリビエも今はまだ見極めている最中なのかもしれない。ローラが結婚相手として、合格なのかどうかを。ローラの中ではとっくに答えが出てしまっているのだけれど…。
ローラは軽く溜息をつくと枕を抱きしめ、それに再び顔を埋めた。
◆
2人の休みが重なったその日、空は期待通りの晴天となった。
オリビエの実家があるという都市まではかなりの距離があり、2人が街外れの緑豊かな湖のほとりに辿り着いた時には、午後になっていた。
「あの辺りがいいかな」
そう言いながらオリビエが指差したのは、湖へとせり出た岩場の先端だった。
そこへ辿り着くまでの道はかなり足場が悪く、ローラはごつごつとした岩に足をとられながら、びくびくと彼の後を追っていく。
今日は釣りということで、長袖シャツとズボンという動きやすい格好をしているのだが、もともと身が軽いとは言い難いローラにとって、その道のりはかなり神経を使うものだった。
湖はけっこうな深さがあるように見える。
腰が引けるローラを他所に、オリビエは2人ぶんの釣具を手に岩場を楽々歩いていく。
「置いていかないでってば!」
ローラの声に、オリビエが振り返って目を丸くする。
「どうした?そんなに速く歩いてないだろ」
「場所が悪いの!」
おっかなびっくり歩くローラにオリビエは笑いながら手を差し延べてくれた。それを支えに漸く傍に辿り着く。
「座って」
ローラは岩場に腰掛ける場所を見付け、安堵の吐息を漏らした。
オリビエは早速釣り具屋で借りてきた道具を組み立てると、餌を付けるところまで終えてローラに渡してくれた。使い方の説明を、うんうんと頷きながら聞く。
釣りは初めてだったが、簡単そうだと思えた。あまり遊びを知らないローラにとって、胸躍る初体験である。
ローラは釣り糸を垂らすと、じっとその先を見守り始めた。
「少し動かして誘うといいよ。じゃ、俺反対側で釣ってるから」
「うん」
水面を凝視したまま頷くローラに、オリビエがクスッと笑う。
そしてすっと立ち上がると、ローラの反対側で腰を落ち着けた。
暫く釣り糸に変化は無く、ローラは鳥の声に顔を上げた。暖かい光が体を包む。風も穏やかで、本当に気持ちがいい。見渡す景色には多くの緑が溢れ、遠くには山が見える。
のどかで平和な景色だった。
ここが、オリビエの育った土地――。
この湖に、彼はかつて何度も釣りをしに来たのだろうか。兄弟や、友人達と。
どんな子供だったのだろう。
楽しく想像を膨らませながら、澄んだ空気を胸に吸い込む。
―――子供を育てるなら、こういうところがいいなぁ…。
しばらく空想に耽っていたローラは、背後の水音で現実に引き戻された。
振り返ると、オリビエが魚を針から外しているところだった。
早くも釣れたらしい。
自分の釣り糸に目を戻すが、相変わらず何の反応も無かった。
首を傾げつつ、ローラは再び釣り糸を見守ることに専念する。
だがどういうわけか、その後もローラの竿には反応が無く、オリビエの方ばかり釣れていった。
彼が魚を引き上げるのを何度か見たところで、ローラはオリビエに声を掛けた。
「ねぇ、オリビエ。場所替わって」
「――ん?」
オリビエが振り返る。ローラは釣り糸を引き上げると、座っていた岩の上にまた恐る恐る立ち上がった。
「私、そっちで釣りたいの」
「あぁ…いいよ」
その意味を理解し、オリビエも立ち上がる。そして場所を入れ替えてまた腰を下ろした。
ローラは改めて釣り糸を水に投げると、じっと反応を待った。
やがて背後で再び水音が聞こえた。
驚いて振り返ると、やはりオリビエが魚を釣り上げたところだった。
―――えぇーー?!
全く納得がいかない。何故彼のほうばかりに魚が行ってしまうのだろう。そもそも魚は居るのかという疑問まで湧いて来て、ローラは身を乗り出して水中を覗き込んだ。
魚影らしきものは見えない。
―――居ないじゃない。
ローラがそう結論を出した時、ふと目の端に動くものを見つけた。少し離れた場所で魚の影が見えたのだ。ローラは慌てて釣り糸を引き上げると、その場から立ち上がった。そして急いで移動した――のがいけなかったらしい、ローラは次の瞬間つるりと足を滑らせていた。
「――きゃっ…!」
オリビエが振り返ったと同時に、激しい水音が辺りに木霊した。
周りの音が消え、全身が冷たさに包まれる。ローラは自分が湖に落ちてしまったことを認識すると、とっさに体勢を整えようともがいた。けれども足が地面につかない。泳ぐことももちろん出来ず、ローラは恐怖のあまり混乱に陥った。
―――嫌!!助けて!!
心が悲鳴を上げた瞬間、ローラの腕を誰かが掴んだ。その体を持ち上げるようにして、一気に水面へ連れ戻す。
水から顔が出た瞬間、ローラは無我夢中で自分を支えるその人にしがみついていた。
「ローラ、大丈夫。もう大丈夫だよ」
激しく咳き込むローラの耳に、オリビエの宥める声が届く。
しっかりと支えてくれる腕と、優しく背中を叩く手が、ローラを安堵感で包んでくれた。
ローラは徐々に落ち着きを取り戻すと、オリビエの首にかじりついたままぽつりと呟いた。
「…泳げないの」
オリビエが吹き出す。
「だったら水の中にまで魚捕まえに行かないでくれる?」
「…放っておいて」
楽しそうに笑うオリビエに、ローラもつられて笑ってしまう。
ローラを抱きかかえるオリビエは、どうやら足がついているらしい。顔を上げたローラを見て、優しく微笑んだ。
「愛してるよ」
先ほどまでの恐怖も不安も一瞬で消え去り、甘い囁きが胸を熱くする。
オリビエの目を見つめ返しながら、ローラは小さく問いかけた。
「…どうして今言うの?」
「今、思ったから」
「今、呆れるところよ」
「そう?」
オリビエの腕がローラの体を再び抱きしめた。
「俺にとっては、可愛くてたまらないけどね…」
オリビエの声を耳元で聞きながら、ローラも彼の逞しい体を抱き返した。その肩に顔を埋めて目を閉じる。
水の中なのに、まったく冷たさを感じない。むしろ優しい温もりに包まれて、確かな幸せを実感していた。
結婚を考えているとかいないとか、どちらでもいい。
こんなに間抜けな自分も、不恰好な自分も、彼の目の中では誰より可愛い子になれる。
それほど愛してもらえる今が、何より確かな幸せだから。
―――この幸せが、どうか永遠に続きますように。
ローラは祈りながら、そっと目を閉じた。
◆
水から上がった2人は、釣りを中断することを余儀なくされた。日が暖かいおかげでさほど辛くはないが、全身びしょぬれである。
オリビエはローラに、濡れずに済んだ自分の上着を差し出した。
「これ羽織っておきな」
「大丈夫よ。寒くないから」
「ダメだよ。その格好、他のヤツに見せられない」
「え…」
言われて自分の姿を確かめると、濡れたシャツは張り付いて体の線を浮き上がらせている。
慌てて背を向けると、その肩にふわりと上着がかけられた。
「隠しておいて。釣具返しに行くから」
「…はい」
釣れた魚と釣具を持って、2人は湖を離れた。
結局水浴びをしただけで終わってしまった。けれどもそれもまた楽しい思い出だ。
2人は談笑しながら、釣具のお店へと歩いていった。
釣具のお店で着替えを売っていないかと訊ねてみたが、流石に無いという返事だった。
街まで行かないと着替えは手に入らなそうだが、濡れたまま辻馬車に乗ったら嫌な顔をされるだろう。
困惑するローラに、ふとオリビエが言った。
「そうだ。ローラが嫌じゃなければ、俺の実家に行くって手もある。ちょっと歩くけど、街よりは全然近いよ」
「え!」
ローラは思わず目を丸くした。
そんな言葉が彼の口から出てくるとは思わなかった。
ローラの反応に、オリビエは「やっぱり嫌?」と窺う。
「え、ううん。嫌じゃないけど…。でも迷惑よ!そんな突然…。私、初対面なのにずぶ濡れって…」
「別に行くのはいつも突然だから、大丈夫だよ。かしこまる必要なんて無い。俺の親なんだから」
―――えぇぇーーー!!!
全く心の準備ができていない。それ以上に体の準備が…。
というか、実家というのはそんなに軽く恋人を連れて行ける場所なのだろうか。
彼にとっては深い意味など無いようだが…。
戸惑うローラに、オリビエは重ねて言った。
「今どうせ家には母親しか居ないよ。ちょっと着替えを借りて帰るだけなら大丈夫だろ?」
「だ、大丈夫というか…」
相手は大丈夫なのだろうか。こんな自分が息子の恋人として現れたら、がっかりさせるのではないか。そんな不安を感じるローラを他所に、オリビエは「じゃぁ、行こう」と言って歩き出した。
そもそも2人してずぶ濡れになったのは自分のせい。
どうやら他に手はないようだし、反対出来る立場にない。
ローラは無駄な抵抗と知りつつ手櫛で髪を整えながら、オリビエの後について行った。




