恋人として
その日オリビエより先に家に帰ったローラは、食事の支度をしながら彼の到着を待った。
いつもより心が浮ついて、鼻歌混じりに家事をする。昨夜の自分との落差に、我ながら苦笑した。
やがて鍵の開く音が聞こえると、ローラは急いで玄関に向かった。
ドアが開いて姿を見せたオリビエが、ローラを見付けて笑みを浮かべる。
「ただいま」
―――きゃぁっ…!
ローラの心臓が大きく跳ね上がる。何度も交わしている普通のやりとりが、今日は特別な意味を含んで聞こえた。
「お、おかえりなさいっ」
「少し遅くなったね」
「ううん、大丈夫よ!」
「はい、お土産」
オリビエが差し出した袋を受け取り、ローラは「有難う!」と中を覗いた。酒瓶らしきものが入っている。
「これ…甘いお酒?」
「…いや、どうかな」
首を傾げるオリビエに、ローラは「自分のじゃない!」と抗議した。いつもの調子に戻ったローラを、オリビエは楽しそうに笑う。彼の笑顔に毒気を抜かれ、ローラの頬も自然と綻んでいた。
◆
「今日は…有難うね」
差し向かいで夕食を食べ終えると、ローラは改めてオリビエに礼を言った。
彼は買ってきたお酒を開けようとしているところだったが、手を止めて不思議そうにローラを見遣った。
「何が?」
「シンシアさんのこと…。私の味方してくれて、嬉しかった」
「あぁ…、いや礼を言われるようなことでもないよ」
「…でも、嬉しかったの」
あの時ローラがどれ程救われたか、オリビエには分からないだろう。
ローラのしたことは世間的に褒められたことではないが、そう分かっていても譲れない気持ちもある。
彼はローラが本当に間違えた時にはそれを怒ってくれるけど、今日のような時にはごく自然に、ローラの想いを尊重してくれるのだ。
彼の存在ひとつで、ローラは自己嫌悪の泥沼へ陥らずに済んでいる。きっと周りの人には呆れられただろうが、それも仕方ないかとすんなり思えた。
オリビエは、ふっと微笑み、酒瓶の栓を抜いた。
グラスにお酒が注がれる音が、心地よく食卓に響く。
「俺も…相当嬉しかったよ。まさかローラが、あんな風に怒ってくれるとは思ってなかったからね。デイジーが俺にどれだけ触っても、いつも平気な顔してるし」
確かに彼の言う通りだった。
オリビエに懐いているデイジーが彼に気軽に触れることなんていくらでもある。それに対して今日みたいな感情は、きっとこれからも湧かない。
「あの人は…ダメだったの」
ローラは目を伏せ、小さく呟いた。
「あの人…オリビエのことがまだ好きなんだと思う…」
「…シンシアが?」
彼の口からその名前が出るのはやはりまだ抵抗がある。あれだけはっきりと自分を選んでもらったのに、どこまで欲張りなんだろうと呆れるが。
ローラが頷くと、オリビエは失笑して言った。
「それは無い」
「無くないわ」
「結婚するのに?」
「そうだけど…でも、絶対に未練があるわよ!」
ローラは身を乗り出すようにして訴えた。
「私、一昨日あの人と話したの。あの人私のこと知ってたみたいで、話しかけてきて…」
「へぇ…」
意外な話だったのだろう、オリビエが驚いたように目を丸くする。
「自分は恋人だったって、知らせに来たのよ。あの人オリビエのこと”何もできない人でしょ”って…。”私、家政婦みたいだったもの”なんて言いながら笑ってて…」
「耳が痛いな」
「あなたのことなら、何でも知ってますって言い方したのよ!”私も彼と親密な時間をすごしたのよ”って言いたかったの!それを私に分からせようとしたの!」
話しながら、忘れかけていた嫌悪感が甦る。
堰を切ったように吐き出すローラを、オリビエはただ呆気に取られて眺めていた。
その顔に我を取り戻し、口を噤む。
あまりにも悪し様に言い過ぎたかもしれない。過去とはいえ、彼の愛した人を。
「…信じられないな」
ぽつりと呟いたオリビエの言葉に、ローラの胸はズキンと痛んだ。
本当の気持ちを聞いてもらいたかったけれども、そんな子供じみた嫉妬にまで共感してもらおうなんてムシがよかったのかもしれない。
項垂れるローラの心情を察したのか、オリビエは「いや、違うよ」と訂正した。
「ローラの言葉が信じられないっていう意味じゃない。あまりに意外な一面だなと思ってね。…俺の知る限り、シンシアはそういう下らないことはしない大人の女性だったよ」
シンシアを褒めるような言い方に、また胸が痛む。ローラは力無く「でも、本当なの…」と返した。
「何を考えていたんだろうね。さっぱり分からない」
オリビエは苦笑すると、手の中のお酒を眺めながら、遠い昔の話を始めた。
「俺たちの周りで働いていた時、シンシアの評判はすこぶる良かったよ。誰にでも礼儀正しくて、愛想が良くて、仕事はきちんとこなす、大人の女性。彼女の笑顔に勝手に勘違いして愛を告白する男は沢山居たらしい。それなのになんで俺なんだって、口を揃えて言われたな」
ますます胸に渦巻く不快感に、ローラは逃げるように目を伏せた。
過去のこととはいえ、オリビエがシンシアをそんな風に見ていたなんて、想像したくもなかった。
「…オリビエは、勘違いじゃなかったのね」
「…いや、信じられないかもしれないけど、俺から彼女に近寄ったわけじゃないんだ」
「――え?!」
思わず声を上げると、オリビエは「そんなに驚かなくてもいいだろ」と文句を言って笑った。
失礼な反応に対する謝罪はさて置き、ローラは先を促すように問う。
「でも…、それじゃぁ…」
「俺に興味が湧いたのは、”あまりに無愛想だったから”らしい。誘われるままなんとなく食事に行って、なんとなく回を重ね、そのうちなんとなく…」
そこまで言って、オリビエは明らかに顔をしかめているローラに気付いて言葉を止めた。
「…こういう話は聞きたくない?」
「ううん…聞かせて」
胸苦しさを感じながらも、ローラは答えた。どうしても気になって仕方が無いことがある。
「どうして…別れることになったの?」
美人で、評判が良くて、大人な女性。そんな相手と別れて、何故自分なのかと疑問に思う。
単に趣味が悪いだけかもしれないけど…。
オリビエは複雑な表情で「うーん…」と首を捻った。
「明確な何かがあったわけじゃないんだ。むしろこれといった不満は無かった。彼女はね…強くて泣かない女性だったよ。俺は当時泣く女にうんざりしてたから、強い女性は魅力的だったし、年上だからあっちが自然と手綱を取って、それはそれでラクだった」
「年上???」
意外な言葉に目を丸くすると、オリビエは「そうだよ。2歳年上」と軽く答えた。
―――2歳も?!?!
「全然、見えない…!!」
オリビエより2歳も年上ということは、今30歳ということになる。大人っぽいとは思っていたけど、そんなに上には全く見えなかった。
けれども何でも完璧にできる年上の女性が、何もできない年下の男の世話を焼いていたという図は妙に納得ができる。気が利かないのも坊やだからと許せるだろうし、もともと世話好きなのかもしれない。
「理解のある人だったよ。”大丈夫、分かってるから”が口癖で、俺が自分の都合を優先しても、仕事で長く会えなくても、とにかくいっさい文句は言われなかった。嫉妬や我侭なんて、一度も無かったね」
シンシアの話を聞きながら、ローラは居た堪れない気持ちになっていた。
文句は言うし、嫉妬はするし、我侭で困らせた。そんな自分が否応なしに甦る。
「だから…、何故かと聞かれると答えられない」
オリビエはそう言って、困ったように笑んだ。
思ったとおりだと思った。やはり彼の口から別れが告げられたのだ。シンシアの意思とは違うところで。
だから彼女は今でも未練を引きずって…。
「別れを告げた時、理由を教えてくれと言われたけど答えられなかった。誰からも評判がいい理想的ないい女であることは間違いない。ただ俺の中で、それ以上にも以下にもならなかっただけで」
―――それ以上にも、以下にも…。
黙って話を聞くローラの耳に、オリビエの穏やかな声が届く。
「ローラの話を聞いて実感した。結局、俺は未だに彼女を知らないんだ。たぶん、あっちも。お互い、全く向き合えていなかったってことだろうな。彼女にとっても、俺はその程度だった。未だに気持ちが残っているはずなんてないよ」
大人で強くて泣かない完璧な女性――。
ローラの見たシンシアは、大人っぽくて綺麗だったけど、そんな印象ではなかった。自分と同じ嫉妬の感情を持つ、普通の女性だと思えた。
それでも完璧な自分になろうとするあまり、全部の醜い気持ちに蓋をしてきたのだろうか。
一番身近なはずの恋人に対してまで、自分を偽って。
そうだとしたら、彼女は一体誰の前で泣くのだろう――。
ふとよぎった想いに、ローラの胸が今までと違う痛みを覚えた。いつも1人で泣いていた過去の自分が、突然甦る。
オリビエと出会えなければ、今もそんな自分だったかもしれない。
「もし…ちゃんと向き合ってたら…」
ローラの言葉に、オリビエは”ん?”というように眉を上げる。躊躇いつつ、ローラは言葉を繋いだ。
「…今とは違う、未来があったのかな…」
言いながら、くだらないことを訊いていると自覚していた。”無い”と言って欲しいだけだと分かっている。オリビエは首を傾げると「さぁ、どうだろうね」と曖昧に応じた。
それは当たり前の答えで、訊いたローラの方が恥ずかしくなる。
「俺はそんなことよりもっと気になってることがあるんだけど…」
「え?」
ローラが目を上げると、オリビエはふっと微笑んだ。
「どうして、デイジーはよくて、シンシアはダメなの?」
突然の問いかけに、ローラの胸はどくんと音を立てた。一気に顔が熱くなる。
恥ずかしさを感じつつ、それでもちゃんと全て伝えようと決めたはずと自分に言い聞かせて、ローラは口を開いた。
「デイジーは…あなたのこと男の人として見ている訳じゃないけど…。シンシアさんは、違うもの」
「俺にとってはどちらも同じだけど…」
「そうじゃないの!あなたの気持ちが無くても嫌なの!私以外の人が、あなたを好きになるのはダメなの!!」
言い切った直後、オリビエが目を見張って固まっていることに気付いた。
その反応にローラも思わず硬直する。
呆然としたまま僅かに沈黙が流れ、不意にオリビエが口を開いた。
「…もう一度、言って」
「――お茶飲む??」
「いらない」
「待ってて、すぐに用意するからっ!!」
会話が噛みあってないことに気付く余裕もなく、ローラは弾かれたように立ち上がった。
「ローラ!」
そして呼び止めるオリビエの声を背に、慌てて炊事場へと逃げ出したのだった。
1人になると、ローラは落ち着かない心臓をなだめようと、とりあえず深呼吸した。
”私以外の人があなたを好きになるのは…”
思わず口をついて出た言葉に胸の鼓動が速まる。もっときちんと伝えたかった気持ちだったのに、伝え方を間違えた気がする。
これではいけない。言い直さなくては。――でもその前に…。
「逃げるなよ」
「――きゃぁぁ!!」
突然声を掛けられてローラは驚きに跳び上がった。どうやら追ってきたらしいオリビエが炊事場に入ってくる。
「待って、待って!!」
それを押し留めるように両手を前に出すと、オリビエは困ったような笑みを漏らした。
「…何もしないよ」
「そうじゃなくて…その前に私…」
伝えておかなければならないことがある。ローラはおろおろしながら言葉を探した。
オリビエはいつものようにローラと距離をとって立ち、困り果てるローラを黙って見ていた。
「…昨日は、本当に悪かった」
不意に沈黙を破ったのは、オリビエの方だった。
胸を締め付けられるような想いに、ローラは声も無くふるふると首を振った。
「”ただの友達じゃない”って言われて、抑えていたものが切れた。安直なんだよ。友達じゃなければ、男として見てるってことだろうと…。そう、はっきりさせたくなって、あんな手に出たんだ」
オリビエは話しながら、自嘲的に笑った。
「何をしたんだろうと、後で死ぬほど後悔したよ。これできみを失ったら、もう何もかも終わりなのに。もともと急ぐつもりなんて無かったんだ。でも思った以上にきみが俺に心を許してくれて……結局、欲が出たんだよ」
「私だって…!」
考えるより先に、ローラは声を上げていた。
「私だって、昨日はもうあなたに見捨てられてしまうかもって思って怖かった。ただの友達だと思ってる人に、嫉妬なんかしないの。私の気持ちは…あなたと同じなの!――ちゃんと、1人の男の人として、あなたを…!」
顔を上げたら目が合って、ローラは息を呑んだ。
真っ直ぐローラを見詰める彼が、先を促すように問う。
「…俺、を…?」
「――で、でもっ…!」
ローラは慌てて、大事なことを告げた。
「でも私、男の人とお付き合いしたことは、あるけど…。…誰とも、まだ…あの…」
肝心の言葉が出てこない。なんと言えばいいのだろう。
困惑して黙り込むローラの耳に、ふとオリビエの声が届く。
「ごめん…」
ローラが顔を上げると、オリビエはまるで痛みを堪えるように額に手を当てて俯いていた。
「それは……、本当に、俺が悪かった」
全て言う前に察してくれたらしい。その上でもっと反省させてしまったらしい。ローラは慌てて「違うのっ!私が悪いのっ!」と彼の反省を遮った。
「いい歳して、何も知らなくて。デイジーにも怒られたの。私がこんなだから、あなたに我慢を…!」
オリビエは相変わらず頭を抱えたまま俯いている。ローラはそんな彼を窺いながら、おずおずと問いかけた。
「…我慢、して、た…?」
オリビエが目を上げる。
「…それを聞く?」
「あ、ううん。ごめんなさい…」
慌てて取り消すと、オリビエは困ったように眉を歪め、苦笑を洩らした。
「正直、きみの気持ちは全く読めなかった。あんまり無防備に俺を部屋に入れて、何の警戒も無く傍に来るのに、そんな気はまるで無さそうで…」
確かにその通りだったと思いながら、ローラは猛烈に反省した。なんと無神経なことをしていたのだろう。彼の想いは嫌というほど知っていたのに――。
「辛くなった時も、そりゃあったよ。ずっと恋焦がれていた人が、2人きりの部屋で…」
オリビエの目がローラを真っ直ぐ見つめる。いつか想いを伝えてくれたときと同じように。
「手を延ばせばすぐ届くところに、居るんだから…」
囁くようなその声に、胸がきゅんと鳴いた。
ほとんど無意識のうちに、ローラは自分から彼との距離を詰めていた。
振り仰いだ瞳が、オリビエと出会う。ただ黙って彼を見詰めるローラを、オリビエも暫く見返していた。
ふと彼の手が、躊躇いがちに動いた。
ローラの頬にオリビエの手が触れる。
それを感じながら、ローラはその場を動かなかった。
僅かに間を置いて、オリビエが身を屈めた。
彼の顔が近づくのに合わせて、ローラはそっと瞼を下ろす。
――その時突然、鍵を差し込む音が部屋に響いた。
オリビエの動きがピタリと止まる。ローラもぱちりと目を見開く。2人して目を丸くして、暫し見詰め合った。
「うぉ~い!!」
遠く聞こえてきたのは、知らない男の声だった。次いで、激しくドアを叩き始める。
「誰?」
オリビエの問いかけに、ローラは”分からない”という意味で首を振った。甦る恐怖に、血の気が引く。
「前も来た人だと、思う…」
「前も?」
「寝ていたら突然鍵を開けられそうになって…。無視したけど、しばらくドアを叩いてたの」
訴えるローラの話を聞くにつれ、オリビエの顔が険しくなる。
以前やられた時は1人だったから、なおさら怖くて仕方が無かった。その後しばらく夜道を怯えながら歩いたし、部屋でもまた来たらと思うと寝付けなかった。
そんな事は最近すっかり忘れていたけれど…。
オリビエが踵を返し、炊事場を出て行く。慌てて追いかけながら、ローラは「待って!」と呼び止めた。
「きみはここに居て」
「危ないわよ!放っておけば居なくなるから!」
「こっちは本職だよ。心配いらない」
追いきれず、ローラの足は玄関が見えるところで止まった。
扉はまだ叩かれている。
玄関に向かったオリビエをハラハラしながら見守っていると、彼はやがてそこに辿り着き、そっとドアに手を掛けた。
「うぉ~い、開けろよぉ~!!」
次の瞬間、オリビエは勢い良くドアを外に押し開けた。
何かがぶつかる鈍い音とともに「いで!!」と情けない悲鳴が聞こえる。
「――誰だ、貴様」
「ってぇ~、この野郎!お前こそ、誰だぁ!!」
そんなやりとりの後、オリビエは外に出てドアを閉めた。
再びしっかりと閉ざされたドアを見ながら、ローラはただ呆然と立ち尽くした。
外で言い合う声が僅かに聞こえてきたが、何が起こっているかは分からない。
オリビエに何かがあったらどうしようという不安と焦燥に苛まれながらも、足が竦んで動けなかった。
そうしてしばらく時間が経った頃、ドアは再びカチリと音を立てて開いた。
ローラはそれを見て、ビクンと肩を跳ねさせた。
開いたドアからオリビエが戻って来る。彼に怪我は無く、ローラを認めて苦笑した。
「馬鹿馬鹿しい。ただの酔っ払いが家を間違えただけだよ」
彼の説明に、ローラは目を丸くして聞き返した。
「い、家を間違えた…???」
オリビエは改めて靴を脱ぎながら頷いた。
「自分の恋人の部屋が反対側にあるらしい。いつも合鍵で勝手に入るらしいけど、鍵が合わないからって恋人に開けてもらおうとしたみたいだ」
「…そう、言ってたの?」
「本人は酔っ払って話にならなかったよ。俺を自分の恋人の間男だと勘違いして盛り上がってたけど、廊下の声を聞きつけて、恋人が迎えにきてくれた。全く、迷惑な話だね」
「ほ、ほんとに迷惑よ!!」
ほっとしたと同時に怒りが込み上げる。あんなに怯えさせられたのに、ただの間違いだったなんて。
「1人暮らしのときにやられたから、本当に怖かったのに…。また来るんじゃないかって、しばらくずっと緊張してたのよ!」
ローラの傍に来たオリビエが、そんなローラの頭を優しく撫でて慰める。いつかと同じように。
「…もう大丈夫だよ」
溢れる想いに背中を押され、ローラはその広い胸に飛び込んだ。オリビエの腕が受け止めて、ローラの体を包んでくれる。いつも自分を護ってくれる、優しい手。
怖いはずが無いと、改めて思った。
未知なことは怖いけど、この人の腕の中が怖いはずがない。
こんなにもいつもローラを、大事にしてくれるのに――。
「オリビエ…」
「ん?」
優しく髪を撫でながら、オリビエが応える。ローラは目を閉じたまま、囁いた。
「1人になるの怖いから…。今夜はずっと、一緒に居て…」
勇気を振り絞ってそう言い切ると、ローラは目を閉じてオリビエの答えを待った。心臓は先程までとは違う意味で早鐘を打っている。
だが応えたオリビエの声は、拍子抜けするほど平静だった。
「大丈夫だよ、もう来ない。ただの間違いだったんだから」
「……でも、他の人が来るかもしれないし…」
「まさか。あんなこと滅多にないよ」
「あるかもしれないから…!!」
なんと言えば伝わるのだろう。ムキになるローラに、オリビエがクスッと笑った。
思わず彼を振り仰ぐ。
「…わざとなの?」
「いや、ごめん。念のため、確認を」
「何それ!人が必死で…!」
唐突に唇を塞がれ、文句はあっさりと飲み込まれた。
そっと離れると、吐息が触れ合いそうな距離で、オリビエの熱を帯びた瞳に囚われる。
「……こういう意味だと、思ってもいい?」
きゅぅっと胸が苦しくなる。でもそれは不快感ではない。
鼓動が高鳴り過ぎて、彼を直視出来ない。堪らず目を伏せて、ローラは小さく頷きを返した。
それを見て、今度はゆっくりと彼が近付く。ローラはその気配を感じながら、委ねるようにそっと瞼を下ろした。
「――待ってっ…!」
薄暗い寝室のベッドの上、ローラは思わず制止の声を上げた。
ローラの服のボタンを外していたオリビエの手がふと止まる。
彼はローラの顔を見て、小さく窺った。
「……これ以上は、まだ無理…?」
「違うの!さ、先に言っておくけど…!」
ローラは真っ赤になって捲くし立てた。
「私、胸大きくないし、寸胴だし、お腹出てるから…。き、期待しないで!!!」
必死で訴えた言葉に、オリビエは目を丸くする。
これからという時に興醒めな情報だったかもしれないと思いながらも、ローラとしてはそれだけは伝えておきたかったのだ。
ローラの頭の中からは未だ、シンシアの姿が消えない。彼女はすらりと細いのに、出るべきところはちゃんと出た、魅惑的な体付きをしていた。
幼児体型なローラとは正反対の…。
自分は彼女のその容姿にも劣等感を抱いていたのだと、今しみじみ自覚する。
オリビエはふと失笑した。
「それは良かった。俺、胸が小さくて寸胴でお腹出てる子が好みだから」
「嘘つきっ!」
ローラはムッとして彼を睨んだ。そんな人が居るわけがない。
「…嘘じゃないよ」
オリビエは囁きながら、再びローラの唇にキスを落とした。その唇が耳に移って、吐息が触れる。
ローラはピクンと体を震わせ、目を閉じた。
「髪と目は栗色がいいし、肌は白いほうがいい」
耳元でオリビエの声が囁く。
「背は小さい方がいいし、料理と裁縫が得意な子がいい。人の好き嫌いが激しくて、態度にはっきり現れて、嫉妬したり、文句言ったり、我侭言ったり、笑ったり、泣いたり、怒ったり…」
オリビエが言葉を止めて、顔を上げた。そしてまたローラを見詰める。
深い慈愛に満ちた瞳が、優しく微笑みを形作った。
「…そういう子が、どうしようもなく好みなんだよ」
ローラの目からは自然と涙が溢れていた。その目に映るオリビエが、眩しくてたまらない。
彼はローラのいい所も、悪い所も、どうしようもなく嫌いな所も、全てまとめて受け入れてくれる。
愛してくれる。
―――この人に、出会えてよかった…。
「…無理しなくて、いいんだよ…?」
ローラの涙を見て、オリビエが気遣わしげに囁く。ローラは首を振って彼の首にきゅっと抱きつくと、その耳元で嘘偽りの無い想いを伝えた。
「…あなたのものに、なりたいの」
今度誰かに聞かれたら、ちゃんと答えたいから。
私は彼の”恋人”です、と――。




