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過ぎた日の影

 兵士達の食事時、食堂の人口密度は急増する。

 厨房での仕事を一段落させたローラは、ざわめくその場に出ると、ぐるりと辺りを見廻した。

 探している彼は直ぐに目に留まる。今日も兵士仲間と一緒に食事をしているようだ。

 ローラは2つ折りの小さな紙を片手に、こちらに背を向けて座るその男のもとへ小走りに駆け寄った。

 同じテーブルについている他の兵士達が、彼より先にローラに気付く。その好奇な視線も、最近はもう慣れてしまった。

 ローラは彼らに構わず、オリビエの肩を軽く叩いた。

 こちらを振り返ったオリビエが、ローラを認める。


「あぁ…」

「はい、これ」


 持っていた紙を差し出すと、オリビエは黙って受け取った。片手で開くと、目を通しながら呟く。


「キューレって何だ…?」

「野菜よ」

「…聞いたことが無い」

「うそ!食べたことはあるわよ!緑色で細長い…」

「緑色で細長い野菜ね。分かった、適当に買う」

「ダメよ、ちゃんと名前見て買って!そんなの他にいくらでもあるんだから!」

「…面倒だから、無くていいよ」

「私が食べたいの!!」


 2人のやりとりを周りの兵士達はにやにやしつつ見物する。かつては苦手だったそんな目も、今は不思議と気にもならない。

 ローラは「それじゃ、よろしくね」と言い残すと、また足早に厨房へと戻って行った。


 オリビエと友人としてのお付き合いが始まって、あっという間に1ヶ月が過ぎようとしていた。


 ◆


 厨房に戻ったローラを、デイジーは「おかえりなさぁい」と明るく迎えた。

 ローラは再び忙しさの山場を迎える洗い場に戻ると「ただいま」と応じる。隣から、デイジーがからかうように訊いてきた。


「今日オリビエさん、家に来るんですか?」

「うん」

「仲良しですよねー。毎日じゃないですか!」

「そんなことないわよ。昨日はあの人友達と呑んでたし…」

「”あの人”だって~!」


 大袈裟に盛り上がるデイジーに、ローラは苦笑を滲ませた。

 相変わらずデイジーは興奮するとやたらと声が大きくなる癖が抜けない。少し前まではそんな彼女の歓声が周りに聞こえることを気にしたものだが、今は放っておいている。

 ローラは慣れた手つきで、洗い物を片付け始めた。


「なになに、ローラはやっぱりオリビエ隊長とお付き合いしてるのかい??」


 不意に、ローラと背中合わせで仕事をしていたベテラン侍女のマーシャが、興味津々といった様子で話掛けてきた。

 マーシャはもう子育ても終えたような歳の女性だが、こういう話が大好物だ。ローラは顔だけ振り返り「えぇまぁ…お友達として…」と曖昧に答えた。


「そうかそうかぁ~!いいじゃないの。隊長さんだし、将来有望だし!ローラも結婚を考える歳だもんねー」


 マーシャは満足気にまた自分の仕事に向き直る。

 だいぶ先走った話に、ローラは密かに苦笑した。


 オリビエとローラの仲は、今や公認のものとなっていた。

 初めからオリビエ自身が人目を気にせずアプローチしたこともあり、友人になってから後は2人で話している姿を目撃されるたびに噂が勝手に広まっている。

 結果、誰もが自分達を恋人同士と認識しているようだった。

 実際はまだそこまでの関係には至っていないのだが。

 

 改めて2人で食事したあの日以降、オリビエと会うのはもっぱらローラの家でとなっている。酒場より落ち着くし、好きなものを作って食べれるからという理由だけで、それ以上の意味はない。最初のうちは待ち合わせをして、買い物をしてから家に向かうという流れだったが、そのうち時間を合わせるのも面倒になって、早く帰る方が買い物をして家で落ち合うという形になっている。なので今は、オリビエにもローラの家の鍵を渡していた。

 オリビエが早く帰れるときには、あらかじめ買って欲しいものを紙に書いて渡すようにしているし、そのやりとりも堂々としてしまっている。

 そんな状況を考え合わせれば、皆の誤解も無理は無かった。


 もちろんただの友達かと聞かれれば、違うとローラは思っていた。

 特別な人だという思いは確かにある。

 話していると楽しいし、一緒に居て気を遣うこともない。今までになく気の合う友人。――そんな居心地のよさに慣れてしまい、恋人を飛び越して家族のような感覚だった。


 突然甘い雰囲気になれる気はしないが、オリビエが他の誰かの恋人になったりするのは考えられない。

 だから皆の誤解をあえて正す必要性も感じない。

 まだ友達以上恋人未満という状態だが、これからゆっくり時間をかけて距離を縮めていけたらいいと、ローラは思っていた。


 ◆


 仕事を終えて家路を歩くローラは、部屋の窓に明かりが灯っているのを遠くから見付けて顔を綻ばせた。

 誰かが待っていてくれるというのは、どうしてこんなにほっとするのだろう。

 ローラは足を早めると、彼の待つ集合住宅の入り口へと入っていった。


 鍵を開けて部屋に入ると、明るい部屋に出迎えられた。ローラは靴を脱ぎながら「ただいま」と奥に向かって声をかけた。


「おかえり」


 応じる声を聞きながら居間へ向かう。長椅子に座っていたオリビエが振り返ってこちらを見ていた。

 彼の手には謎の書類が携えられている。


「仕事?」


 ローラの問いかけに、オリビエは「うん」と答えた。


「明日までに目を通しておかないといけないんだ」

「明日何かあるの?」

「ちょっと役所を相手に打ち合わせがね」

「そっか…大変ね」


 仕事が残っているのに来てくれたのは素直に嬉しい。もしかしたら夕食目当てなだけかもしれないけどと思いながら炊事場に入ると、買い物袋が置かれている。中身を確認すると、無事キューレが入っていた。

 ローラは思わず頬を緩ませると、それを片手にまた居間に戻った。


「キューレ探してくれたの?ありがとう」


 オリビエは苦笑を返して言う。


「面倒だから、店の人に聞いた。大の男に”キューレってどれですか”なんて言わせるなよ」


 そんな図を想像するとおかしくて、ローラは声を上げて笑った。笑いながら料理に戻るローラを微笑を浮かべて見送り、オリビエもまた書類に目を戻す。

 居間には間もなく、美味しそうな夕食の香りが届いてきた。



 他愛も無い話をしながら食事をし、オリビエは買ってきたお酒を開けた。

 いつもここで少し晩酌してから寄宿舎へ帰って行く。

 流石に泊まって行くことは無かった。

 そして今日もある程度お酒を楽しんだオリビエは「そろそろ戻る」と言って腰を上げた。


「あ、うん。また…明日?」

「明日は外出するから来れないけど、明後日は?」

「大丈夫よ」

「じゃぁ、明後日にまた」


 そう言って歩き出そうとしたオリビエの袖口に目を留め、ローラは「あ、待って」と彼を引き止めた。


「ん?」

「ボタン、取れそう。付け直してあげるから、ちょっと座って」


 ローラの視線を追ってオリビエも自分の袖口を確認する。確かに袖の飾りボタンの糸が今にも切れそうになっていた。


「…ほんとだ」

「待ってて」


 ローラはそう言うと、足早に裁縫道具を取りに行った。


 長椅子に向き合って座り、ローラは着たままの状態でオリビエのシャツのボタンを直し始めた。せっせと針を動かすローラを、オリビエは穏やかな目で見守る。


「今日…」


 不意にオリビエが口を開いた。針先に集中しつつ、ローラは「ん?」と応える。


「マーシャさんにからかわれただろ」


 ローラは一瞬手を止め、彼を振り仰いだ。


「どうして知ってるの?」

「デイジーがわざわざ報告してくれるからね」


 ローラは苦笑を洩らし、また視線を袖口に戻して針を動かした。


「みんな噂話が好きだから、好き勝手に盛り上がってるの。でも大丈夫よ、気にしてないから」

「……ふぅん…」


 再び静寂が戻る。そんな沈黙すら、ローラにとっては心地のいい時間だった。

 オリビエの周りには、とても優しい時が流れている。

 やがてボタンを付け終え、はさみで糸を切る。「終わりっ」と言って、ポンッとその腕を叩いた。


「有難う」


 いつもの優しい笑顔で礼を言う彼に、ローラも微笑みを返す。オリビエはすっとローラから目を逸らすと「さて」と呟き、椅子を立った。


「それじゃ、帰るよ」

「うん。またね」

「あぁ」


 荷物を手に部屋を出るオリビエを玄関まで送り、手を振って別れる。

 ドアを閉めると、部屋にはまた静けさが戻った。

 ローラはふぅっと吐息を漏らすと、「さて、片付け」と言いながら弾む足取りで炊事場へと戻って行った。


 ◆


 翌日の昼、オリビエは既に外出してしまったのか、食堂には現れなかった。

 休憩時以外ほとんど接点が無いので、今日は一日顔を合わせられないということになる。若干の物足りなさを感じながら午後を迎え、ローラはひとり寄宿舎の廊下を掃除していた。


「…すみません」


 ふと背後から聞き覚えの無い声に呼ばれ、ローラは手を止めて振り返った。

 そこにはローラと同じく、城で働く侍女と思われる女性が立っていた。

 癖の無い金色の長い髪が似合う、すらりと背の高い、印象的な美人である。知らない人だと思うのだが、何故か見覚えがあり、ローラはまじまじと彼女を見ながら記憶を手繰った。


「あの、お仕事中すみません」


 綺麗な声で、女性は再度丁寧にそう言った。


「あ、はい!」


 返事をしていなかったことに気付いて改めて応えると、女性はにこやかに微笑んで用件を告げる。


「西の宿舎で小麦の備蓄が切れてしまったんです。少し分けて頂けますか?」

「あぁ!…はい、勿論!」


 ローラは手にしていた掃除具を壁に立て掛けると、前掛けに付いた物入れに手を入れた。そこから小さな鍵束を取り出す。そして女性に「どうぞ、こちらです」と言って先導すると、寄宿舎の出口へと向かった。

 城内にはいくつかの宿舎が存在するが、彼女はどうやら西館の侍女らしい。

 食材の備蓄倉庫は全ての場所に配置されており、その減り方はまちまちだ。時にこうして他の宿舎と分け合うのは、よくあることだった。

 ローラはそこの鍵を預かっているので、自由に開けることができる。

 2人は宿舎を出ると、裏手に存在する倉庫へと向かった。金髪の彼女は、外に置いてあった滑車を手にローラの後を追った。

 

 倉庫の前に着くと、ローラは鍵穴に鍵を差した。廻そうとして、引っ掛かる。


「あれ、これじゃない…」


 鍵を間違えてしまったようだ。改めて確認して差し直すと、後ろで待っている女性がくすっと笑う声が聞こえた。

 ローラは気恥しい思いで振り返り、「すみません」と軽く頭を下げた。


「いえ、いいんです。忙しいところ、ごめんなさいね」

「いえ、そんな…」

「…ローラさん、ですよね?」


 名を呼ばれ、ローラは一瞬固まった。女性は窺うように、軽く首を傾げてローラを見ている。


「…あ、はい、そうです」


 どこかで会ったことがあっただろうか。彼女はローラを知っているのに、思い出すことが出来ない。名前を聞いてもいいものだろうかと思案していると、女性はふっと微笑んで言った。


「オリビエと、お付き合いしてる方ですよね」


 オリビエの名前が女性の口から出たことで、ローラは完全に硬直した。

 そしてその瞬間、まるで頭の中で何かが弾けるかのように記憶が甦った。彼女の顔を、ローラは確かに知っていた。


 ”知らないんですか?あの人オリビエさんと付き合ってたんですよー”


 ずっと前に、デイジーから聞かされた話。あの時に居た女性こそが、目の前の彼女だ。その時にはオリビエと今の様な関係になることなど想像もできなかったのだが…。

 ローラの胸が、ふとざわめく。

 それは以前彼女を見た時とは、全く違う感覚だった。


「…あれ?違う…?」


 ローラの反応に、女性は僅かに戸惑いを見せた。ローラは鍵を開けるのも忘れて、彼女に向き直った。


「違いません。お付き合い、してます」


 返した言葉に、変に力が入る。女性は動じる様子も無く「そうよね」とまた綺麗に微笑んだ。

 洗練された、大人の女性の笑みだった。

 オリビエの、恋人だった人――。


 見ていられなくて、ローラは彼女から目を背けた。そして再び倉庫に向かうと、その鍵を外して扉を開ける。

 早く用事を済ませてしまいたかった。


「あの人大変でしょ。何にもできないから」


 失笑とともに、女性は言った。何気ないその言葉に、ローラの胸の奥からは、はっきりとした嫌悪感が湧き上がる。ローラは彼女を見ることなく「そんなことないです」と応えた。その声は自分でも分かるほど硬くなっていた。


「ちゃんとお仕事してますから」

「そうそう、仕事はできる人よね。でも自分の世話はてんでダメ。私、家政婦みたいだったもの。そんな感じじゃない?」


 ローラは応えられなかった。

 憎悪にも似た思いが突き上げて、きつく唇を引き結ぶ。

 そんなローラの背中から、女性は「あ、ごめんなさい」と謝った。


「私も昔、ちょっと付き合ってて…。知らなかった…かな」

「いえ、知ってます」


 ローラの答えに、女性は安堵したようだった。


「良かった。余計なこと言ったかと思っちゃった。勝手に親近感沸いちゃって…。でも、全然過去の話だから、気にしないでね」

「大丈夫です。気にしてないんで」


 そう返し、ローラは倉庫の中に入った。小麦の置いてある場所を指示して言う。


「ここにあります。どうぞ持ってらして下さい」

「ありがとう」


 そう言った彼女の微笑みを受け止められない。目を背け続けるローラの内心に気付く様子もなく、彼女は小麦の袋を手に取った。ローラもその作業を手伝い、いくつか滑車に載せる。

 ある程度載せ終わると、女性はローラに「ありがとう」とまた改めて言った。


「…いえ」

「それじゃ、オリビエと仲良くね」

「…はい」


 呼び捨てにしないで欲しい。そんな風に気安く名前を口にしないで欲しい。

 口に出せない想いが、胸の中で渦巻く。曇りの無い彼女の笑顔の前に、まるで自分だけが黒く汚れて行く気がした。

 ローラは再び倉庫に鍵をかけなおした。


「それじゃ…」


 女性は滑車を手に歩き出し、その背中が遠ざかる。


 ”私、家政婦みたいだったもの”


 考えたくもないのに、頭の中には昔の彼等の絵が浮かんできた。

 ローラと過ごすのと同じように、オリビエはかつて彼女と2人の時を過ごしていた。

 彼女と話しながら、彼女の作るものを食べ、彼女の部屋でくつろぎ、愛の言葉を囁いたのだろうか――。


 ”ずっと…あなたが好きでした”


 何かを振り切るように、ローラは固く目を閉じた。何があったとしても、過去のことだ。そう言い聞かせても胸の中の嵐は止まず、涙が出そうになるのを必死で堪えた。

 そしてその場から逃げるように寄宿舎へと戻って行った。



 寄宿舎の廊下では、デイジーがローラのかわりにその場を掃除していた。

 戻って来たローラに気付き、「あ、居た」と呟く。


「ごめんなさい。ちょっと頼まれごとがあって…」


 ローラは言いながら、デイジーの手から掃除具を受け取った。


「じゃ、私窓拭きます」

「うん…」


 デイジーが桶に入った水で雑巾を絞る。ローラはぼぉっと突っ立って暫くそれを眺めていた。明らかに気もそぞろなローラを、デイジーが不審気に見返す。


「…どうかしました?」


 ローラは我に返り、「あ、ううん」と手を動かし始めた。

 デイジーも窓拭きにとりかかる。

 全く仕事に身が入らない自分を感じながら、ローラはふと手を止めて、デイジーを振り返った。


「…デイジー」

「はい??」


 デイジーはくるっと顔だけ振り返る。ローラは躊躇いつつ、思い切って口を開いた。


「…前に、言ってたじゃない?オリビエの…」

「オリビエさんの??」

「…えっと、昔の…」


 はっきり口に出せないローラの言いたい事を察し、デイジーは「あぁ!」と声を上げた。


「シンシアさんですか??」

「…シンシアさん…?」


 名前が出てくると、また胸が騒ぐ。デイジーはローラに向き直ると、「金髪の長い髪の人ですよね」と確認した。ローラはこくりと頷いた。


「シンシアさんとかいう人ですよ。その人がどうかしました?」

「…さっき、来たの。小麦を取りに」


 だからどうしたと言われると、何も言えない。ローラもどうして自分がそんな話を出してしまったのか、よく分からなかった。

 デイジーはそんなローラの様子を訝しげに見ている。


「なんか言われました?」


 胸が苦しくなる。ローラはそれを誤魔化すようにちょっと笑った。


「オリビエと付き合ってるって、誰かに聞いたみたいで。…親近感湧いたんだって」

「へぇ~」


 デイジーは気の無い返事を返して言った。


「確かにそういう噂にはなっちゃってますけどね。誤解されるの、無理ないと思いますよ」


 意外な言葉に、ローラは目を瞬いた。


「誤解って…?」

「え、だって、ただのお友達なんですよね?」


 デイジーが首を傾げつつ問いかける。ローラはとっさに首を横に振っていた。


「ただのお友達じゃないわよ!」

「はいぃ~??」


 デイジーが呆れたような声を上げる。


「マーシャさんにはお友達だってゆってたじゃないですか」

「そ、れは…」


 返す言葉も無く、ローラは口籠った。確かにそう言ったし、それが現状は事実なのだ。――でも…。


「寝てないんですか?オリビエさんと」


 不意にデイジーが核心を突いて言った。そのはっきりとした物言いに、ローラの顔は一気に紅潮する。


「そ、そんなことはしてないけどっ…」

「そんなことぉ??」


 デイジーが眉をひそめる。


「信じらんないっ!オリビエさん、可哀想~!」

「なんでよっ!オリビエだって、そんなことしたいなんて言わないもの!」

「したくないわけないじゃないですか!ローラさんがそんなんだから、遠慮してるだけですよ」

「そんなんって…」

「――男、知らなすぎ!!」


 びっと顔の前に人差し指を突き付けられ、ローラは目を見張って固まった。

 5歳も年下の子にそんなことを指摘されるとは思わなかった。……が、間違ってはいない。

 ローラは何も言えず、目を伏せた。


 確かにローラは過去に一度も男性と深い関係になったことがなかった。それがどういうものか知識として知ってはいるが、自分の身に振りかかることを考えると怖いという思いしかない。

 以前勢いでキースの部屋に押しかけたときにも、全身震えていた。結局、追い返されてしまったが…。


 オリビエはローラに体を要求しない。それだけではない。同じ部屋で2人で居ても、必要以上に近寄ったり触れたりしてくることは絶対にない。それでも心は、いつもローラに寄り添ってくれている。

 そんな関係が心地よくて、自然と何も無いまま月日を過ごしてしまっている。


「本当は、したいのかな、そういうこと…」


 ローラは困惑しながら呟いた。

 デイジーが「当たり前ですっ!」と即座に返す。


「女の子と寝たいというのは男の本能です!その相手が好きな子なら、なおさらです!オリビエさん、ローラさんのこと大好きなのに、我慢してるなんて奇跡ですよ!!」

「そんなぁ…」


 ローラは両手で顔を覆った。

 聞かなかったことにしたい。できれば今のままでいたい。

 そんな勝手な想いが湧き上がる中、ローラの頭にはまた、先程見たばかりの女性の姿が甦った。


―――あの人とは、そういう関係だったってこと…?


 気付いた瞬間、湧き上がる嫌悪感が限界を越えた。


「嫌、嫌、嫌!!!」


 反射的に声をあげたローラを、デイジーが呆れ顔で見遣る。


「…何も、そこまで…」


 その声も、もうローラの耳には届かなかった。

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