5. たび重なる 地震
ぐらぐらと揺れたあとに、まだ細かい振動が 残っている。
今日一日で、すでに 四回目だ。
フレストルの 勤める 《魔法院》には、住民からの 《嘆願書》が、数日前から あとを絶たない。
すべて、最近 急激に増えた地震を 《何とかしてくれ》というものだった。
「第五・部門長! 入口に、住民たちが押しかけてきております!」
「またか …… わかった、僕が 直接 話に行こう」
「助かります!」
若いながらも、ある部門の 《長》へと就任した フレストルは、山積みの 嘆願書を残して、部屋を出た。
長といえば 聞こえはいいが、設けられた部門の中でも、一番の 格下。
つまり、《苦情処理》の部門なのは、人事の クソジジィたちの、悪意しか感じられない。
魔法の実力なら、自信はある。
実家だって、名門・コランドール家。 申し分ないはずだ。
それでも、そんな部門しか 与えてもらえない背景には、フレストルの 《性格》というのも、大きく影響していたのだ。
《違う》と思ったことは、すぐ 口に出す。
相手が 誰であれ、その 《権利》は誰にでも平等であると。
法で定められている通りに、昔から 行動してきた。
そんな、ある意味 《融通の利かない》ところが 煙たがられて、《出世街道》からは はじき出されている現状。
「まったく …… そろいもそろって、ろくでもない輩め」
フレストルは 気付いていない。
ユニシスの 口癖と、似てきていることに。
「はっ、いかん いかん。 少々、言葉が乱れたな」
名門の生まれとして、誇り高く、清く 正しく、品よく 生きるのが 信条なのだが。
あの、《ひねくれ娘》と関わり合っていると、どうも 調子が狂う。
「まったく ……」
直系の生まれなのに 魔法が使えないのは、ユニシス本人のせいではない。
それを、よってたかって、一族 そろって 彼女を吊し上げ、あげく 追放するなんて、フレストルにとったら、《正気の沙汰か》と 言いたい。
ようやく、誰かの 強力な 《暗示》によって、彼女が 孤立するように 《仕立てられた》ことを掴んだが、世間に公表するには、まだ 証拠が不十分だった。
一族に 疎まれ、住民からは蔑まれ、幼い心は ボロボロに傷ついただろうに。
恨んで、憎んで、呪い殺したい気持ちを 内面に秘め。
それでも 一族の掟に 素直に従って。
普通なら、自分を見失って ヤケになるか、未来をあきらめるか。
なんにせよ、気が狂ったって おかしくはなかったのだ。
それを、ユニシスは しなかった。
その道は 選ばずに、耐え抜いた。
生活の落ち着きとともに、今では すっかりと ひねくれて、可愛げのない少女へと 《進化》してしまったが、これまでの 経験を考えると、仕方がないのかもしれない。
『どうして、私だけが ちがうの?』
魔法が使えるようになるまで、一時 地下に 幽閉されたこともあった。
誰もが 恐怖する、最悪の 《お仕置き場》。
一族の者しか知らない、秘密の 地下。
捕まえてきた 《魔物》を 檻の中に放つという、人でなしの やり方だった。
下級の魔物にとって、人間は エサのカタマリ ――― 喰われたくなければ、戦うしかない。
まして、小さな子供が 素手で 魔物に敵うはずがなく、生き残りたければ、魔法を使って 敵を倒すしかない。
魔法が使えないのを わかっていて、ユニシスは 放り込まれた。
危険をキッカケにして、能力が 開花するかもしれない…… と、そんなバカげた 考えのせいで。
ユニシスが、一族を恨むのは、当然だ。
事実、あのとき 死にかけたのだから。
「はあー …… ウチに限らず、魔法使いというものは、どうなっているんだ?」
誰もが 使えないからこそ、魔法使いは 気高いのではなかったのか。
憧れの 《魔法院》でさえ、いざ 中に入ってみると、権力の奪い合いばかりで、中身が 何も無い。
唯一、そんな 状態に心を痛め、公正を 掲げていた ウェルスラー副院長でさえ。
何かを、企んでいるなんて。
「くっそ …… こんなことで、いいわけがない!」
こんなモノのために、自分は 厳しい修行を積んできたというのか。
こんなモノのために、ユニシスは 苦しめられてきたというのか。
「僕たちは、魔法使いなんだ!」
剣では 解決し難い案件を、住民に代わって 解決する。
それこそが、本来 あるべき姿。 魔法使いの 存在理由。
優れているチカラを利用して、特権を貪ろうなんて、あってはならない。 言語道断だ。
「他の誰が許したって…… この、フレストル・コランドールは、決して許さないぞ!」
肩をいからせながら、廊下を ズンズンと歩く青年の背後で、魔物は ため息をついた。
「…… あんな風に 本音を隠さないから、煙たがられて 追いやられるのだ」
ユニシスの命で、密かに フレストルを護衛している、上級魔物・イグニスだ。
「人間というものは、もう少し 賢く生きられないのか?」
ここは、人間の 魔法を結集した、魔法院。
間違っても、魔物などは 入り込めないように、厳重な 《結界》が張られているのだが、そんなもの、イグニスにとっては 足止めにもならない。
入り込めるのだから、隠れることも 朝飯前。
誰にも 気付かれずに、うまく フレストルのあとを追って歩いているが ――― 本当に、この男ときたら、要領が悪いというか、なんというか。
「つまりは …… バカなのか?」
主さまは、なんで こんな男を、見捨てないのであろう。
血のつながりなど 関係のない魔物にとったら、理解しがたい 感情だった。
それでも、命じられれば、言うとおりに 動く。
自分は、主の 下僕なのだから。
主の 役に立つならば、文句はない。
自分が 指名されたことに、優越感さえ 覚える。
『フレストルは…… アホだから』
だから 憎めないと言っていた 主の言葉が、理解できるようになるとは。
基本的に、人間など ゴミみたいにしか認識していない イグニスにとっては、初めての経験だった。
「バカというより、確かに アホだな、あれは……」
律儀にも、住民の怒りを静めようとして、見事 住民たちに押しつぶされているフレストルの姿は、笑いを通り越して、呆れるしかなかったのである。
※ ※ ※
フレストルが 住民につぶされているとき。
ユニシスは、魔法学校での 《授業》のために、廊下を歩いていた。
次の 授業は、気がラクだった。
受け持ちの学級の中でも、一番 年少の組 …… ほとんどが、十にも満たない年齢の、子供ばかりだったのだ。
この組の子供たちは、ユニシスに対しての態度が、割と 《普通》だというのも理由ではある。
説明をすれば 熱心に聞くし、褒めてあげれば 素直に喜ぶ。
悪意のこもらない 《挨拶》というものは、心を 穏やかにしてくれる 一番のモノといえよう。
授業開始の鐘と同時に、教室の扉を開ける。
「はーい、みんな。 席に着いて ――――」
そこまで言いかけて、部屋の中の 違和感に気付く。
なぜだか、全員が きちんと、イスに着席しているなんて。
「?」
こんなに お行儀がいいのは、未だかつて ない。
しかも、子供たちの顔は、心なしか 青い気もする。
「どうしたの、みんな? 今日は、やけに静かで ……」
疑問とともに 見渡した教室内で、あるはずのない 《存在》に目がテンになった。
「なっ……」
子供たち用の 小さな机とイスに、不釣り合いな。
その、大きな体。
「…………… 気にせず、授業を始めてくれ」
黒髪の騎士、カイ・タチバナ だったのである。
※ ※ ※
「…… 君は さっきから、何を 怒っているんだ?」
授業は なんとか無事に終えられたものの、怯えまくった子供たちの表情に、この男は 気付かなかったとでもいうのか。
「…… 騎士さま、本気で わからないんですか?」
「だから、何が?」
「騎士さまのような 大きな男性は、子供にとったら 《怖い》存在なんですよ!」
「??」
正確には、体の大きさだけではない。
身を包む 雰囲気だとか、鋭い 目つきとか、とにかく そういうものすべてだろう。
都の騎士は、気さくな人が多い。
ユージーンなどは 論外だが、《話しかけやすい》のが 騎士の特徴ともいえる。
それに比べて、この騎士さまは どうだ。
無口。 不愛想。 目つきが怖い。
太陽の下で出会っても、思わず 目をそらしたくなるのは、ユニシスだけではないはずだ。
「俺に …… 何か、問題でも?」
「あのですね……」
自分の 外見に、自覚はないのか、この人は。
今だって、廊下を歩く間、魔法学校の教師たちが こぞって道を開けていくというのに。
「騎士さま…… 北の国境にいらっしゃったそうですけど、都へは?」
「ああ、一度も無いな。 元々、国境付近の 生まれだから、その場から離れたことはない」
もしかして、北の生まれの人というのは、みんな このように、不愛想なのだろうか。
彼とは 正反対に、都から出たことが無い ユニシスは、地方の事情は あまり詳しくなかった。
「騎士さま…… どこまで ついてくるおつもりですか?」
「…… 君は、まだ授業があるのか?」
「あと一つ 残ってます。 だから、もうお戻りに ――――」
「………… そうか」
「…… ちょっ ……」
冗談ではない。
先ほどの 子供たちと違い、今度は 一番 年上の学級だ。
しかも、先日 騎士に 放り投げられた生徒がいる、あの問題の組なのだ。
「騎士さま、お待ちください!」
ユニシスの 制止の声など、まるで無視なのか、男はさっさと 教室の扉を開けてしまう。
「ひっ……」
「だ、誰だ、アレ……」
「あー! てめぇ、あの時の!」
「そうだ、コイツだ!」
「おい、どうせ騎士なんだ! 魔法で 一発っ……!」
悪ガキと評するには 少々 年齢がいきすぎている 生徒たちに、あっという間に 囲まれてしまう。
「こら、授業の時間です! 各自、速やかに 自分の席に……」
「うるせぇよ!」
「コイツを やっつけてからだ!」
「やめなさい!」
ああ、こういう展開が 予測できたからこそ、止めたというのに。
チカラという、《威力》でいえば、当然 魔法に敵うものはない。
ただし、呪文の 《詠唱》には時間がかかるという弱点もある。
たいていの魔法使いは、詠唱中は まったくの 丸腰だ。
呪文を唱え終わる前に、凄腕の騎士ならば、相手を 倒すことは可能である。
あながち 騎士が一方的に不利だとは いえない。
「はー ……」
あの セラスティア王子が、わざわざ呼び寄せたことを考えると、この騎士さまは、もちろん 《凄腕》なのだろう。
床に転がるのは、間違えなく 生徒の方。
教師として、悪ガキであろうと、一応 護る 義務がある。
「…… やめなさい、あなたたち」
「んだよ、うるせぇな!」
「引っ込んでろって、言ってる…… うわっ!」
音もなく 背後に近づき、生徒たちの腕を ねじ上げてやった。
「いっ …… いててててっ!」
「見境なく 相手にケンカ売ると、痛い目に遭うんですよ?」
激痛の ツボなら、ユージーンから 習得済みだ。
どんなに屈強な男でさえ 悲鳴を上げる、一点を正確に 押してやる。
「ぎゃあぁぁぁっ!」
「まったく、情けない…… はい、次!」
「ぎゃあぁぁっ!」
根本的には お坊ちゃま育ちの彼らには、こんな荒療治も いいだろう。
「さあ、開始が少し 遅れましから、早く授業を始めますよ!」
黒い騎士のせいで、とんだ 労力を払うことになってしまったではないか。
出て行かない 様子の騎士に向かって、ユニシスは 思い切り、目で 訴えた。
『頼むから、おとなしくしていて下さい』と。
※ ※ ※
向かってくる敵には、容赦はしない。
剣を教えられたときに、骨の髄まで、叩き込まれてきた。
半端な 同情などは、結局 命取りにしかならない。
誰かを 背にかばっているときには、護る相手さえ 危険にさらしてしまうから。
さきほどの、少女の行動は、明らかに 生徒を護る行為だとわかった。
自分が まともに相手をしたら、魔法使いの卵など、話にならない。
呪文を唱え終わる前に、気絶させることなど 造作もない。
誰を 想って、彼女は 自ら 行動したのだろう。
教師としての、責任感から?
自分が襲われたという 相手なのに?
それとも ―――――― 。
「………………」
授業が終わるまでの間、ずっと。
騎士の 漆黒の瞳は、 真っ直ぐに ユニシスの姿だけを とらえていた。
そのせいで。
黒板に向かう 彼女のチョークが、普段よりも ボキボキと折れていたのだが。
「?」
騎士には、その意味が まったく わかっていなかったのである。