3. 奇妙な 三人組
セラスティア王子の 命に従い、ユニシスは 大急ぎで支度を整えた。
コド火山へは、王都から歩くと、二日はかかる。
移動用の 《飛竜》なら 半日で行けるが、飛竜は 王族専用のものしかなく、使えば 行動がバレてしまう。
誰にも 知られずに、火山に行って 様子を見てくること。
王子の命で動いている者がいることを、知られずに 行動することが、今回 最も重要な 課題だといえた。
それには、ユニシスの チカラ無しには、不可能なことであり。
「…… ここで、待っていてください、騎士さま」
裏道を使いつつ、王都の 町はずれへ出た ユニシス、フレストル、騎士・タチバナの 三人は、草むらに 屈んで、身を隠していた。
一応、フレストルが 《姿を隠す魔法》や 《気配を消す魔法》をかけたのだが、用心するに こしたことはない。
何せ、この国には 魔法使いが溢れている。
いつ、どこに、魔法使いが 潜んでいるのか わからないのだ。
念には、念を。
セラスティァ王子が、正式に 王に就くまでは、何が起こっても 不思議はないのだから。
「…… ヴァーラ」
ユニシスは、草むらの 真ん中まで 匍匐前進で進み、小さな声で 《魔物》の名を 呼ぶ。
「…… 何用だ?」
返事は、すぐに 返ってきた。
「急用なの。 コド火山まで、三人。 誰にも見つからないように、飛べる?」
「…… お主は、人使いが荒いな」
「他に 頼めるところがないんだもん。 ね、お願い?」
「ふん…… 《接吻》二回。 それなら 手をうとう」
「わかった」
ユニシスが答えると同時に、体が ふわりと浮かぶ。
「!」
「あー …… 待て待て。 大丈夫だから」
黒騎士が 慌てて ユニシスの後を追い、草むらから 飛び出そうになったところを、フレストルが 止める。
浮かんだユニシスの 目の前には、うっすらと 竜の姿が 見え始めた。
「!」
「あー はいはい、今度も 大丈夫だから。 アレ、一応 ユニの 《使い魔》だし」
王族が 飼育している 《飛竜》にも劣らない、気配は禍々しいが、立派な 竜が現れる。
「騎士さま、北にいたってことは、魔物を見るのは 初めてか?」
「あぁ……」
北では、剣での争いしか 起こらない。
話では 聞いたことがあるが、実際に 目にしたのは、これが初めてだった。
「不気味ではあるが、魔物の中でも アレは ユニに 《従順》だ。 まぁ、要求する 《対価》が、どうにも 気に食わなくはあるがな」
魔物が、ユニシスに対して 要求するのは、いつも 《接吻》と決まっている。
接吻により、ユニシスの 《生気》を吸い取っているのか、ただの 趣味なのかは わからないが。
嫁入り前の 《乙女》に要求するあたり、《卑劣》だと フレストルは思っている。
所詮は、魔物。
だいたい、それを 簡単に許す ユニシスも、ユニシスなのだ。
「…… 何を 怒ってるの、フレストル? ほら、準備できたから、行くよ?」
いつかは、ユニシスに やめさせなければ…… と、考え込んでいたフレストルは、腕を 引っ張られて 我に返る。
「騎士さま、魔物ですけど 心配いりません。 飛竜よりも 格段に速いし、ヴァーラは 姿を消すこともできるので、コド火山へ これで向かいます」
「…… わかった。 竜殿、失礼する」
「あんた …… ヘンな 騎士だな」
これには、ユニシスだけでなく、魔物・ヴァーラも 驚いた。
不愛想で 無口。
表情も さっぱり 読み取れないが、騎士の精神なのか、礼儀正しいところは 評価できる。
魔物に対して 挨拶をするなんて、魔法使いでも なかなか いない。
「飛ばすから、しっかり つかまっておけよ!」
竜に乗る時は、背中の コブを掴んで、飛ばされないように 乗る。
宣言通り、ヴァーラは 速度を上げて 飛行した。
慣れている ユニシスでも、途中 風の強さに 飛ばされかけ、フレストルにいたっては 半分落ちかけた。
フレストルの方は、ヴァーラが 口に咥えて 回収したのだが。
ユニシスの方は。
なんと。
「…… き、騎士さま?」
「危険だから、この方が いい」
自分の前に ユニシスを移動させて、背後から 抱きしめるという ――― とてつもなく 恥ずかしい状態での 空の旅となってしまったのだ。
※ ※ ※
「ヴァーラ、貴様! 僕を 口に咥えて 飛行するなんて…… なんて、非常識な!」
「仕方ないだろー。 別に、主が落ちても 我は困らんが、ユニシスが困るから、回収してやったのだ」
「ぬぉぉ、なんて 言いぐさだー!」
なんとか 無事に、予定よりも早く コド火山へと到着できたのはいいが。
「…… フレストル、うるさい。 そんなに興奮したら、《気》が乱れる」
せっかく 姿や気配を 《魔法》で消したのに、気が乱れると《効果》も半減してしまうではないか。
「…… ユニシス、おまえは よく飛ばされなかったな」
「そりゃあ、慣れてるから」
ヴァーラの口に咥えられていた フレストルは、知らない。
まさか、騎士さまに 抱きしめられていたなんて、言えるわけないではないか!
ユニシスは、ちらりと 黒い騎士を うかがった。
飛行中も、ずっと 同じ表情をしていたが。
降りても、それは変わらず ――― こんなに動揺しているのが、自分だけだということが、納得いかない。
仮にも、花も恥じらう 《乙女》と接触したというのに。
その、《無反応》は、いったい どういうことなのか。
恥ずかしさも どこかへ吹き飛び、だんだんと 腹が立ってきた。
「…… 行くよ、フレストル!」
「な、なんだ? 何を 怒ってる?」
この先は、コド火山の入口。
これ以上は、魔物は 入れない。
「おう、行ってこい。 我は ここで、寝てる――― 」
ヴァーラは そう言いながら、完全に 姿を消した。
「………」
「騎士さまも、行きますよ?」
若干、声に トゲトゲしさを含みつつ、ユニシスは 先頭に立って、火山への入口へと急いだ。
※ ※ ※
アストリア王国は、もともと 火を司る神竜・アストレイアの加護を受けて、発展してきた国だ。
そして、ここ コド火山は、その 神竜さまが暮らしている、神聖な 火山であり。
神竜に 《許された者》しか、火山の入口は、開かない。
早い話が、本来ならば、《王族》しか 入ることは許されない場所なのだ。
けれど、セラスティア王子が 外出となると、他の人の目に つきやすい。
あくまでも、誰にも知られずに、火山内を 調査することが目的なのだ。
そこで、ユニシスの出番となる。
「アストレイア ―――」
崇め奉る 神竜を、《呼び捨て》にしてもいい、唯一の 人間であり。
王族以外で、特別に 入ることが許されている ――― それが、この ユニシスなのだ。
名門・コランドール家の 《恥さらし》として、周囲から 侮蔑の目で見られてはいるが、ユニシスには 《特殊なチカラ》が、いくつか 備わっている。
ひとつは、魔物などに 異常に 気に入られること。
魔物の方から 近寄ってきて、ユニシスに尽くす様子が、他の魔法使いからしたら 《不気味》に映るのだろう。
そのため、《魔物憑き》として 忌み嫌われている部分も、認めざるをえない。
「アストレイア」
そのチカラの 延長なのか。
幼いころ、セラスティア王子に連れられて、こっそり 神竜に会いにいったユニシスは、あっという間に 気に入られてしまったのだ。
それからというもの、王族がいなくても、ユニシスには 火山の入口が開かれる。
侵入者を阻む 入口の 《結界》は、彼女がいれば、入ることが可能になるのだ。
ユニシスの声と 気配に反応し、何も無かった空中に、隠れていた 《扉》が出現する。
「今日は、三人で 来たの。 お邪魔します、アストレイア」
入る前に、同行者を 申告しておかないと、あとで ヒドイ目に遭うのは、過去の経験で知っていた。
ちなみに ――― その昔、ヒドイ目に遭ったのは、そこのフレストルである。
うす暗い 洞窟を、ひたひたと進む。
「もう少し行けば、上まで直通の 《階段》があります。 とりあえず、神竜さまに 挨拶をしてから、火山の調査を始め ――――― 」
「!」
「!」
内部を知らない 騎士に、説明しながら歩いていたユニシスは、最後まで 言うことができなかった。
突如、岩場の陰に連れ込まれ、口もしっかりと 手で覆われていたのである。
もちろん、フレストルではない。
やったのは、騎士さまだ。
フレストルはといえば…… 騎士さまに 突き飛ばされ、運よく 別の岩陰に隠れたはいいが、顔から派手に転んだらしい。
倒れたまま、痛そうに 震えていたが ――― そこは、さすがコランドール家の 魔法使い。
倒れたままでも、きちんと 《魔法》をかけ直すことを、忘れてはいない。
彼は、特に 結界や、姿を消す魔法を 得意としている魔法使いなのだ。
《熟練》の魔法使いでなければ、見破られることはないだろう。
『顔、大丈夫?』と、ユニシスは 《手話》で尋ねた。
その手話は、ろうあ者が使用する 公共のものではなく、セラスティア王子が 考え出した、いわば 《仲間内だけの暗号》のようなものだ。
『大丈夫ではない!』と、案の定 フレストルは 痛かったらしい。
それでも、奥から こちらへ向かってくる 《ご一行》の顔に気が付くと、急に 顔つきが変わる。
何で、このような場所に、あの人が ――― と。
魔法院に勤めている フレストルならば、当然、信じられなかったに違いない。
魔法使いたちを束ね、魔法に関する 不正や 悪事を取り締まる、魔法の 《番人》。
どの派閥にも属さず、ひたすら 公正を唱える、この国の 《憧れ》。
魔法院の、副院長・ウェルスラー、その人だったのだ。
※ ※ ※
「ふむ …… それは 妙だな。 我は、そなたしか 会ってはおらぬぞ」
一行は、ユニシスたちに気付かずに、ぞろぞろと 火山を出て行った。
ただし、本当に 気付いていないのかは、疑問が残る。
フレストルの魔法は 強力だが、あちらは 熟練魔法使いだ。
気付いているのに、知らぬフリで 出て行ったことも考えられるのだ。
「ここは、王族しか 入れぬ。 特別なのは、ユニシスだけじゃ」
「でも、確かに さっきのは 副院長だったよな。 王族も連れずに、ただの 魔法使いが、この火山に侵入することは不可能なはずなのに」
「さよう ――― なのに、その者たちが 勝手に侵入していたのであれば……」
考えられるのは、結界の 《弱体化》しかない。
「バカを申すな、我は ピンピンしておるぞ」
「でも…… アストレイアが 気付かないところで、院長たちが 何かを 《細工》しないと、火山内には入れないでしょう?」
「いっかいの 人間ごときが、我のチカラを 抑え込むことが できると思うか?」
「…… そうなんだよねー」
こんなに、気楽に 会話してはいるが。
相手は、神竜。
魔力など、人間が とうてい 敵うことのない、まさに 神の領域の存在なのだ。
神竜は、ユニシスが来ると、必ず 自ら 肩の上に 彼女を座らせて、話す。
本来ならば、火の化身である アストレイアの周囲には、真っ赤な炎が吹き荒れ、それだけで 人間は 近付くことができない。
しかし、ユニシスは どういうわけか、その炎が 害にはならなかった。
ぽかぽかと 暖かい、温泉に浸かっているような 心地さを感じるほど、人体には 影響がなく、気に入られたのも それがキッカケである。
《正しき炎》は、《悪しきモノ》だけを 焼き尽くすという。
その炎に 焼かれないということは、ユニシスの心が、それだけ 清く澄んでいることを表しているらしいが。
本当は、こんなに ドロドロしているのに………。
ユニシスは、火山に来る度に、強く 思う。
自分は、そんなに キレイな存在ではないと。
周囲から さんざん 蔑まれて生きてきた自分が、誰かを 憎まない日なんて、無かった。
憎んで、恨んで、呪って。
そんなことをしても、どうにもならないと 気付いても、なお。
心は、そう簡単には 浄化できなくて。
いっそのこと、この 正しき炎で 焼かれてしまえばいいと、ずっと 思ってきた。
けれど、炎は いつまでたっても、自分を 飲み込みはしなくて。
安心する反面、残念に感じていることを、きっと 神竜は 気付いているだろう。
鋭い ツメを持つ 大きな手が、ユニシスに近づく。
固いウロコで覆われた、頑丈な 皮膚で 傷つけないように、注意を はらいながら。
神竜は、ユニシスを 撫でてくれる。
「…… アストレイア」
「この結界に 無断で侵入されたからには、黙っては おけぬ。 好きなだけ、この中を調べていけ。 我も、もう一度 くまなく 探してみよう」
「うん、お願いね?」
神竜のチカラが 弱まっているのか。
何か、今まで なかったような、とんでもない魔法が、仕掛けられたのか。
いずれにしても、危険なのは 間違えない。
世界の 均衡を、人間が たやすく 崩してはいけないのだ。
「さあ、もう 行くがよい。 内部を調べて、朝までに 王子へと報告をせねば、他のものに 怪しまれよう」
ユニシスには、魔法学校が。
フレストルには、魔法院が。
それぞれ、自分の職場に遅れると、夜中に 何をしていたのだと 怪しまれてしまう。
人間の、そうした暮らしぶりを 熟知している神竜は、三人を 神竜の間から 追い立てた。
「またね、アストレイア」
「ああ、またな、ユニシス。 周囲に 気を抜くでないぞ」
「うん…… ?」
少しだけ、アストレイアの言葉に 違和感を感じながらも。
ユニシスたちは、神竜とは別れて、火山の内部を 探索することにしたのである。