2. 黒の騎士
「い、いつまで笑ってるのさ!」
「そんなこと言ったって、おまえ、おまえっ …… ぶはっ」
「くっそ、ユージーンなんか、こーしてやる!」
笑いが止まらない 幼馴染み ――― ユージーンの体を、ユニシスは 遠慮なくポカポカと殴った。
「いてっ、いてっ、コラ、わかった、悪かった、オレが悪かったってば!」
「そう言いつつ、顔はしっかり、まだ笑ってるじゃないかー!」
「おい、ユニ、やめろ、おまえ、シャレにならん!」
魔法が使えないことで 周囲から見下され、その反面、その身に流れる 《血》のせいで、狙われ続けてきた 悲運の少女・ユニシス。
幼馴染みで アニキ分のユージーンは、そんな彼女に、護身用として 《体術》を教えてくれた、いわば恩人でもある。
「まーったく、ほい、終了!」
さすがというべきか――― 簡単に 手足を拘束され、動きを封じられてしまえば、睨むことしかできなくなる。
「悪かったって、そんなに睨むな。 せっかくの可愛い顔が、台無しだぞ?」
騎士として優秀で、家柄も そこそこ、顔の造作も悪くない ユージーンは、その社交的な性格も手伝ってか、男女ともに 人気があった。
幼馴染みというより、ユニシスのことを 《妹》として扱ってくれるのは、ありがたいのだが――― 正直、妹というより、親バカの 父のような感じといえる。
「まったく、お前が 絡まれたと聞いて、オレは飛んできたんだからな? ほら、よく顔を見せろ? 本当に、何もされてないんだな?」
幼児に対して接するような、ベタベタ、甘々の、若干 気色悪い顔は、仲間内しか知らない。
いつもの 明るくて頼れるアニキ…… しか知らない人が見たら、多分 多くの人がドン引きするだろう。
「あー、もう、うっとうしい! あんな野郎どもに負けるほど、私は ヤワじゃないよ!」
「それなら いいが…… それにしても、セラ? 王子の 《御触れ》が出てるっつーのに、何で ユニが、いまだに こんな思いしなきゃなんねーんだ?」
しっかりと ユニシスを腕の中に閉じ込めつつ、ユージーンは 魅力的な緑色の瞳を 別の男へと向けた。
それは、この部屋の主 ――― 否、この部屋だけではなく、いずれは この国を統べる王となる、王子・セラスティアに向けてである。
第二王子でありながら、その能力と 人望を評価され、王位継承者に最も近いと噂されている青年だ。
「おおかた、第一王子サマが関係してるんだろうけど、ユニのことなんだから、オレも黙っちゃいないぜ?」
王子はユージーンの親友であり、同時に ユニシスの幼馴染みでもある。
特に、ユニシスに対して 様々な援助を惜しみなくしてくれる、心強い味方だった。
彼らがいるから、ユニシスは 辛くても、王都に居続けた。
王都から、離れなかった。
自分のことを 誰も知らない田舎へ行けば、もっと 気楽に生きられると、知っていても。
「本当に、返す言葉が無いな。 すまない、ユニ。 権力を持ちながら、大切な人を守れないなんて…… 王子として、失格だな」
「そ、そんなことはないよ!」
ユージーンに 捕獲されたままの体勢で、ユニシスは 慌てて否定する。
「セラは…… いつだって、私に いろんなことを してくれるもん」
「でも、君の 《地位》が いまだに不安定なままでいるのは、隠しようが無い事実だ」
「それは………」
ある意味、仕方のないことだとも、いえる。
魔法使いの 名門・コランドール家の 直系の生まれでありながら。
なぜか、いっさい 魔法が使えないという、厳しい現実。
いくら 魔法学を学んでも、実技だけは どうしてもできない。
チカラの無い者は、排除すべき。
一族の 非常な掟は、直系のユニシスにも 例外ではなく。
十二歳になっても 役立たずなら、一族から 抹消すると――― 宣告されたのは、確か 五歳のときだったか。
宣告の通りに、ユニシスは 一族から除名され、家を放り出された。
彼女の事情を知っていた セラスティアと ユージーンは、自分の家に引き取ろうとしたのだが。
コランドール家が 裏で手を回し、すぐには 実現できなかった。
当時、王子も ユージーンも、その行動には 常に監視がつけられ、身動きが取れなくなっていたのだ。
子供の意見など、家では なかなか通らない ――― 王族・貴族の家なら、なおのこと。
そのせいで、家を追い出されてから 二年間、ユニシスは たった一人で 耐え凌いだ。
すでに、彼女の噂は 王都中に広まり、周囲から 《恥さらし》と罵られながらも、生きることを選択したのだから、進むしかない。
王子や ユージーンが チカラをつけ、ようやく 自由に行動ができるようになったとき ――― ユニシスは、すでに 一人で生きる術を あらかた身に付けていた後だった。
昔から、いつかは こういう展開になると 予想していたのも、大きかったのかもしれない。
身を潜めて 生活しながら、秘密裏に手に入れた 魔法学の 《書》を読み漁り、誰にも負けないほどの 《知識》を手に入れた。
結局、自分には 魔法しかないと わかっていたから。
それ以外に、できることなど 何もなかったから。
苦しめられたはずの 魔法を、誰よりも詳しくなり、その知識をもって 《博士》の資格を手に入れ。
そして、ようやく再会できた 王子の協力のもと、王都・魔法学校の 臨時教師という、きちんと 給料のある職にまで、就くことができたのである。
ユニシスには 手を出すな ――― という、王子の命が下っているにも関わらず、事態は あまり変化がない。
町のウワサは相変わらずだし、ゴロツキには 絡まれるし、しまいには 《王子の寵愛を受けて、いい気になっている》と 陰口を叩かれるという始末。
人気の高いセラスティア王子の、唯一の 《汚点》とまで言われてしまうほど、ユニシスに対しての 印象は最低なままなのだ。
「やはり、強引にでも、王宮で暮らすようにした方がいいな」
「な、何言ってんの、セラ? そんなことしたら……」
「王宮がイヤなら、じゃあ オレん家だな」
「バカじゃないの、ユージーン! そんなことしたら、あんた、お嫁さん 寄り付かなくなるよ!」
彼は 二十二歳 ――― そろそろ結婚しても、いい年齢だ。
昔から モテまくっているのに、いまだに 結婚できずにいる。
その原因は、考えなくても わかる…… ユニシスに、関わっているから。
「もう、充分だよ、二人とも。 私だって、十七歳になったし、お給料だって 貯まってきたしさ」
「ユニ?」
「おまえ…… なに、言ってんだ?」
離れたくなくて、必死に 残った、王都であるが。
本当は、このあたりが 潮時なのだと、わかっていた。
これ以上、自分が ここに留まれば、二人の将来に 影を落としてしまう。
そんなのは、絶対に 嫌だ。
「いろいろ考えたんだけど、私ね、そろそろ 王都を離れ ―――― うにゃっ」
「んー? なにか言ったか?」
それ以上 しゃべらせないようにと、ユージーンは 《究極技》を出してくる。
「うひゃっ、うはっ だめっ、それ反則!」
くすぐりに弱い ユニシスの体など、知り尽くしている相手に 敵うはずもなく。
「はー、はー、はー」
「ふははは、オレ様の実力を 思い知ったか!」
ぐったりとした ユニシスの前に、更なる 強敵が現れた。
もの凄く 笑顔の――― セラスティア王子だ。
「!」
彼は、神話の神様のように美くしく、性格も温和で、常に にこやかな表情を崩さない、誰もが憧れる 王子様であるのだが。
こういう顔のときは、めちゃくちゃ 怒っているときなのだと、幼馴染みなので知っている。
「ユニ……… 今の話は、聞かなかったことにするね?」
「うぅぅ」
これは、立派な脅しだ。
彼は、すでに 様々なチカラを手に入れた王子なのだ。
意に反する行動を取れば、それこそ 強制的に 王宮に連れ去られるだろう。
そうなれば、困るのは、誰か。
もちろん、ユニシスでは、ない。
「だって、セラ。 このままじゃ―――」
「もちろん、このままじゃ いけないことは、百も承知だ。 だから、もう少し…… あと少しでいい、待っていてはくれないか、ユニ?」
「でも……」
必ず。 ユニシスの地位を、回復させる。
何年も 実現できなかった 《難問》を、この王子様は 解いてみせるというが。
そんなことに、労力を使ってほしくはない。
幼馴染みだからこそ。
二人には、迷惑は かけたくはないのだ …… もう、これ以上。
がっちりと、ユージーンの腕に捕えられたまま、ユニシスは 俯いた。
「でも……」
「お、お、おまえら……」
少し離れた先から、地底から響くような 唸り声が届いて、はっと我に返る。
ここは、王宮・セラスティア王子専用の、客間。
この場にいたのは、自分たちだけでは なかったということに―――。
「おまえら、いい加減にしろぉぉぉ!」
とある魔法使いの絶叫が、部屋の外にも響き渡ることとなる。
※ ※ ※
「まったく、お前ら 三人ときたら …… 顔を合わせれば、いつも いつも、ベタベタ ベタベタしやがって……」
雄叫びの主――― フレストルは、王子の御前であるというのに、堂々と 文句をつけるような青年だった。
「おっ、悪いな、フレストル! すっかり、お前らのことなんか、忘れちまってたぜ!」
「きぃぃ、貴様、ユージーン! 毎度 毎度、僕のことを見下しやがって!」
「すまなかったね、フレストル。 ユニのこととなると、我々は 周りが見えなくなるものでね」
「まったくですよ、王子! 次期・国王とまで 言われる方が、こんな 《ちんちくりん》ごときで…… ぐはっ」
最後まで 言えなかったのは、ユニシスの肘が、フレストルの脇腹に 直撃したからだ。
「ユ、ユニシス……」
フレストルは、ユニシスの親戚 ――― つまり、コランドロール家の青年で、今は 魔法を扱う役所 《魔法院》で働く、そこそこ優秀な魔法使いだ。
周囲と同じく、魔法が使えないユニシスのことを バカにもするが、彼の場合、それ以上のことは しない。
ユニシスの、人間としての 《尊厳》までは、決して 傷つけない…… そんな男なのだ。
だから、一族の中で 唯一、いまだに 会話もするし、王子が 個人的に使用する部屋でも、入室が許されている。
ある意味、貴重な人材だった。
「まあまあ、二人とも 落ち着けって」
「君にも、すまなかったね。 着任早々、わざわざ ユニを迎えに行ってもらって……」
「―――― いいえ」
騒がしい男しか 周囲には存在しない ユニシスにとって、その無口さは、かえって胡散臭く 映った。
魔法学校で 生徒に絡まれていたときに 現れた、見たこともない、黒髪の騎士は ――― 実は、王子が遣わした 《お迎え》だったわけで。
「紹介するよ、ユニ。 彼の名は、カイ・タチバナ。 騎士の名門・ランドルア家の ご当主に見込まれて、一緒に 今まで 北の地で 《護り》の職に就いていたんだ」
アストリア王国は、東と南は 海に面しているが、北と西は 他国と面している。
そのため、北と 西には 《国境》が設けられ、それぞれ 《門》を守るというのは、国にとっての 重要な任務だといえた。
北に接するのは、武力重視の国・バラドュゥ。
騎士として名高い・ランドルア家を筆頭に、選りすぐりの騎士たちが 国境の守りについていたはずだ。
そこにいたということは、この 黒い騎士さまも、相当な 手練れだと推測できる。
けれど、そんな騎士さまは、セラスティア王子の命で、今日付けで 王都に 赴任することになったというが。
ユニシスのカンが、これは 《何かある》と、告げていた。
「彼は、ずっと 外にいたから、王都は初めてでね。 少しでも 王都に慣れてほしくて、手始めに、ユニを迎えに行ってもらったんだよ」
その際に、王子が 教えた情報は、数少なく、ユニシスの名前と、年齢と、職場のみというから、いい加減な話だ。
「…… 先ほどは、失礼した。 申し訳ない」
深々と、案外 律儀に 謝ってくれることには 感心するが……。
勘違いしたとしても。
本人の姿を目の前にしたら、そこで 女と 気付かないのだろうか。
「髪も短いし、体形は お子様だしなー、間違えてもしかたないって!」
明るく 助け舟を出すユージーンには、頭突きを食らわしておいた。
頑丈な 騎士の彼ならば、それくらい どうってことないだろう。
「…… 直球に 聞くけど、何かあったの、セラ?」
呼び戻された、騎士。
この場に 居合わせた。魔法使い・フレストル。
何もないなんて、言わせない。
ユニシスの問いかけに、王子様は 綺麗な笑顔を向けた。
この顔のときは ――― 何かを 企んでいるときと決まっている。
「単刀直入に言うよ、ユニ。 君には 今すぐに ―――― コド火山に向かってほしい」
「!」
行き先と、そこから連想できる その内容が。
これから起ころうとしている 《巨大な何か》を 暗示させているような気がした。