6輪 快活なムラサキツメクサを見つけて
中間テスト。
も、無事終わり、私は南花と一緒に駅に向かって歩いている。歩きながら私は南花に、テスト前に奥秋先輩と交わした話の内容を伝えた。南花は私の話を聞くと、やや驚いた表情を浮かべるも、すぐににやりと笑みを見せた。
「私の知らないところで、随分距離縮めてるじゃない」
「いや、まぁ、うん」
何やらうきうきとそんな言葉をかけてくる南花に対し、私のテンションは低い。
「咲のその様子だと、テストはいまいちだったの?」
「そう、そうなの!てか、最後大問まで行き着かなかったの…」
最後の大問には小問が3つ。
配点は分からないが、仮に1問5点だったら9割を取るなんぞ無理な話である。そのことが、悔しくて仕方ない。分からなかったならばまだしも、時間がなかったために点数が取れなかったなんて。情けなさすぎる。
「先輩にせっかく教えてもらったのに…」
「はいはい。終わったことをくよくよしない」
ネガティブモードまっしぐらな私の背を、南花はばしんと音を立てて叩く。ぱしんではなく、ばしんである。手加減してほしい。結構、いやかなり痛かった。
「ほら、お店見えたわよ」
「…あ、あのお店?」
ちなみに今、私と南花は可愛らしい雰囲気のお店の前に立っていた。
それは、最近この辺りだけで話題のケーキ屋さんである。お店の前には、小さなプランターに色とりどりの花が飾られている。このお店は結構前からあり知っていたのだが、私も南花も訪れたことはなかった。そのため、この中間テストが終わったら1度行ってみようと話していたのだ。
私たちはお店に入り、ショーウィンドウに並ぶケーキを見つめる。
定番のショートケーキからチーズケーキ、モンブランから、ちょっと洒落たケーキまで結構種類豊富に置かれていた。私と南花は、1つずつケーキを選んで、私がお金を行う。小さい店だが、店内で食べられるスペースがあり、私たちはお店で食べていくことにした。
「で?」
「え?」
店に付き、さぁケーキを食べようとしたところで、南花は私にそう短く問いかけてきた。その南花の言葉に、私も短く疑問の言葉を口に出した。
「咲が唐突に奢るときは、何か相談したいことがあるときでしょ?」
「え?私ってそう言うふうに見られてるの?」
「じゃあ、何も相談はないの?」
「…すみません。あります」
話を聞いてもらうために奢ったつもりはない。しかし、全くの下心がないというわけでもない。南花の言う通り、私は南花に相談したいことがある。ただし、そんな仰々しいことでもない。
「実は、先輩のことなの」
「でしょうね」
私の言葉に、南花は知ってたとばかりに頷く。
私の奥秋先輩の相談言とは、勉強を教えてもらったことへのお礼についてだ。自分から頼んだことなので、やはりささやかであろうとお礼はするべきだし、私自身したいと思っている。しかし、生まれてこの方、異性へ何かをプレゼントしたことなど、父親以外経験はない。そこで、経験豊富そうな南花に、何をプレゼントすると良いか相談したのだ。
「言っとくけど、私も男に何か上げるなんて経験多くないわよ」
「そっか。貰う方が多いもんね、南花」
「間違っちゃないけど、何か腹立つわね」
あからさまにがっかりしている私に、眉を寄せる南花。そして、項垂れて頭頂部を見せる私の頭を、ぱしりと叩いた。結構いい音がした。
「私に頼ってるくせに偉そうよ」
「すみません」
別の意味で頭を下げる私に、南花は軽く鼻を鳴らす。
すでにケーキを食べ終えている南花は、私がケーキをつつきながらちょびちょびと食べる様子を腕を組んで見てくる。私は何も言わずに、南花をじっと見つめる。言葉はなくとも、南花は私のへるぷみーという声が聞こえているだろう。現に、軽く苦笑を漏らしているところを見ると、私の気持ちはちゃんと通じている様子である。
「全く、私も甘いわね」
「ぜひ。ぜひ私に南花様のアドバイスを…!」
「はいはい」
拝むように手を合わせた私に、ますます苦笑を深める南花。南花は組んでいた腕を解いて、その腕をテーブルの上で組み直す。そして、ぐいっと私に顔を近づける私に、私もそろそろと顔を近づける。
「去年から同じ委員会と言えど、咲と先輩との関係は1カ月程度」
「い、いえす」
「なら、最適なプレゼントは1つ」
「そ、それは一体…?」
まるで推理するかのような南花の言葉に、私は引き込まれるように真剣に耳を傾ける。そんな私の様子に、南花の顔に笑みが浮かぶ。
「ずばり、手作りお菓子」
「お菓子?」
「ま、手作りでなくても良いけど。でもやっぱり、女が男にお菓子をあげるなら手作りが1番でしょ」
南花の言葉に、なるほどと頷く私。しかし、なぜお菓子が1番良いのかと私は首を傾げて見せる。すると、南花はやや呆れた表情を浮かべてみせた。
「1カ月程度の関係の男に、女から形が残る物を贈るなんて重いでしょう」
「そ、そうなの?」
「えぇ。その点、お菓子なら手軽だし、形も残らないし、気が軽いもんよ」
南花のその内容に、私はほほうと感嘆の息が漏れる。
委員会ちょっぴり、勉強会ちょっぴりの関係である私と秋海先輩。そんな、ちょっぴりな関係の私から、奥秋先輩へ何か形の残るプレゼントを渡しても、奥秋先輩にとっては迷惑この上ないことかもしれない。てか、迷惑そのものかも。そう考えると、お菓子作戦は良いかもしれない。
「ただ1つ、問題点があるわ」
「え?」
答えが得られて満足げにしていた私に、南花からそんな言葉が向けられる。その言葉に、きょとんと私は南花を見つめる。
「先輩の口に合う物が作れるかどうかね」
「…うん?」
「ケーキ作って甘い物が嫌いなら意味ないでしょう?」
南花のその言葉に、はっと私は息を呑む。
確かに、甘い物が嫌いな人に甘いケーキを贈るなんて、嫌がらせに等しい。つまり、奥秋先輩の好みを知っている必要がある。最悪、嫌いな物が何かを知っているべきである。しかし、私は奥秋先輩の好みの物も嫌いな物も分からない。
「み、南花どうしよう!私、奥秋先輩の好き嫌い分かんない…!」
「でしょうねぇ」
慌てだした私に対して、南花は極々落ち着いている。落ち着いているどころか、優雅に紅茶を口に運んでいた。相変わらず、南花のペースは変わらないようである。悔しいような、羨ましいような、何とも言えない気持ちになる。
「クッキー数枚くらいでいいんじゃないの?」
何やら投げやりとも思える南花の言葉。その言葉に、私は南花に恨めしげに視線を向ける。すると、南花は軽く肩を上げてみせた。
「クッキーくらいなら、そんなに好き嫌いは分かれないと思うわよ」
「なるほど」
「けど、嫌いじゃないけど好きでもない場合、量が多いと嫌になるでしょ?」
再び、私は南花の言葉にうんうんと頷く。
考えてみると当たり前のように思える内容だが、それすら思い浮かばなかった私。そして、思い浮かぶ南花。なんか、頭の良し悪し以上に、越えられない壁的なものを感じる。
「よっし!クッキー作り頑張るよ!!」
「それが良いわね。頑張って」
意気込む私に、南花はそう労いの言葉をかけてくれた。その南花の表情は柔らかく、そして綺麗な笑みを浮かべている。
「南花に相談してよかった。ホントに、ありがとね」
綺麗に、とはいかないながらも、私は南花に満面の笑みを浮かべる。持つべきものは友である。どんなときでも、どんなことでも、心置きなく相談できる人。私にとって、それが南花なのだ。
「どういたしました。さ、そろそろ出ましょう」
「うん、そうだね」
お店を出た私と南花は、また来ようと会話を交わす。そして、私たちは並んで道を歩き出す。
私は1度、軽く目線をお店へと向ける。すると、お店の前のプランターにある花々の中から、私の視線には何気なく小さくて丸っぽい紫色の花が目に入る。
「どうかした?」
「うん」
綿っぽくも見えるそれに、私の頬が緩む。
「ムラサキツメクサ、綺麗だなって」
ムラサキツメクサ。
この花を見て、私の気分はより明らむ。
意気込む私を、ムラサキツメクサが快活にする。