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4輪 チャンスを運ぶゲンペイカズラの元で


 5月。春の麗らかだった日差しが強まる時期。

 私と先輩の関係は、全くもって何の発展もなかった。そもそも、ジャーマンアイリスの植え替えをした日以来、打ち合わせのために委員会のメンバーが集まったときの1回しか先輩には会っていない。そのときも、4月に活動をした生徒から何か変わったことや気づいたことがあれば話し合うというだけで、私と先輩は別段会話を交わしてはいなかった。


 積極的にいくにしても、一体何をすればいいのか、私には何の策もなかった。そんな今の状況に、私は自分の席で頭を抱えていた。


「何もしてないのね」

「だって、何をすればいいのか分かんない」


 そんな私に、南花から言葉がかけられる。私はその言葉に、非常に言い訳じみた解答を返す。

 私は花に恋していても、人に恋心を抱いたのは初めてなのだ。そんな私が、恋した人に振り向いてもらうために素晴らしい行動を取るなど、できようもないことなのだ。


「大体、学年が違うし、委員会の活動も別段会話はないし…」

「あ、そっちの話?」

「え?」


 私の口から紡がれる言葉に、南花が気づいたとばかりに声を上げる。そんな南花の言葉に、私は疑問の声が漏れる。

 先輩のこと以外、一体他に何があるというのか。そんな思いが私の顔に出ていたようで、南花は少し呆れた表情を私に浮かべて見せた。


「私が言ったのは、テストのことよ」

「テスト?小テストする教科なんて、今日あったっけ?」


 そんな私の言葉に、南花はさらに呆れた表情を深める。そして、1つ溜息を吐き出した。


「中間テストよ」

「中間、テスト…」

「そう、中間テスト。咲、いつもこの時期は時間がある限り勉強してたでしょ?だから、何もしてないし珍しいなって思ってたんだけど」


 「そういうことね」と言って、南花は納得したように頷く。しかし、私は南花の言葉にぴしりと固まってしまっていた。

 南花は理解力は高い。そのため、学校のテストなどはテスト前にちょろっとノートを見れば8割、9割はしれっと取れてしまう。しかし、私はそうではない。テストの1週間前からは必ず試験勉強を始めている。授業の始まる前の時間や、授業と授業の合間、授業後から下校時間までは私のテスト勉強時間。そこまでして、ようやく平均点よりちょっと高いくらいの点数を取れる。


「わ」

「わ?」

「忘れてたぁぁあ」


 そう声を上げ、先程以上に私は頭を抱えた。そして、私は慌ててノートやら教科書やらを取り出し、テスト範囲を確認する。そして、いつも通りに勉強を始めた。


「今からやるの?もう授業始まるけど」

「やる。やらねばならぬ、ホトトギス」

「意味分かんないわよ」


 歴史の教科書を見つめながら、謎の発言が私の口から飛び出す。そもそも、なぜ私がこんなにテスト勉強に必死なのかというと、単に頭が良くないからではない。


 我が家の主こと、お母様との約束があるのだ。その約束とは、テストで平均点以下を取ったらアルバイトを止めるというもの。

 学生の本分は勉学。その勉学を疎かにしてアルバイトをするなど、言語道断。しかも、学費は親が払ってくれているのだから、勉学にはある程度しっかり取り組まなければならないのは当たり前のことだ。そんな学生身分の私ではあるが、どうしても花屋でアルバイトをしたかった。それは、言わずもがな、花に関わりたいがためだ。そのため私は親、特に母親に一生懸命アルバイトをするのを認めてくれるようお願いをした。

 そのお願い期間、実に1ヵ月。

 そしてとうとう、母親は私の熱意という名のしつこさに折れ、条件付きでアルバイトを認めてくれたのだ。


「授業を始めるぞー。まずはせっせと勉強中の植水、先週の公式の解説しろ」

「え、ちょ、先生待って!」

「ほれほれ、さっさと前きて解説」


 そう言って、私を急かす江蒲先生。

 にやにやと腹の立つ笑みを浮かべる先生を、力の限りど突きたい。そんな思いを胸に留めつつ、私は黒板へと向かった。


 そんなこんなで、私の怒濤のテスト勉強期間が幕を開けた。

 基本的に、私は書いて覚えるタイプだ。そのため英語、古文漢文、歴史は自分が分かりやすいように改めてノートにまとめ直すという勉強方法を取っている。手間はかかるが、勉強とは時間がかかってしかるべきであると自分を納得させている。ちなみに、現代文は得意なので漢字を押さえる程度である。

 問題は、理系教科。特に数学。

 私は文系クラスにいるだけあって、文系の人間である。そのため、理系教科にはどうしても苦手意識が強い。化学はまだ良いが、数学とかはもう謎だ。因数分解とかベクトルとかっていつ使うのさ。


「はぁぁ」


 私は下駄箱で盛大に溜息を吐き出した。

 本日も、下校時間まで図書館でテスト勉強をしていたのだ。文系教科は一通りまとめ直したので、少し余裕はある。対して、理系教科、というよか数学はどれだけ教科書やノートを見てもいまいち理解できない。2年生になってからの数学は、より難しくなっているように思える。


「はぁぁ…あ」


 再び溜息を吐いたところで、私の目に入り口横に置かれている鉢植えが映る。その鉢植えには、袋状になった白いガクの先端から鮮やかな赤い花が咲いていた。その花に引かれるように、私の足はふらふらと鉢植えへと向かう。その鉢植えの花は最近咲き始めたようで、まだ数輪しか花を咲かせてはいなかった。


「そういえば、去年はこの鉢なかったような…?」

「今年の3月に、校長の知人が置いて行かれたそうだ」

「そうだったんですか…て、え?」


 独り言で呟いたはずの言葉に、まさかの返答。その返答を流しそうになるも、いやおかしいぞと短く声を上げる私。そして、返答を寄越した人物へと視線を向けた。そこには、奥秋先輩が立っていた。


「せ、先輩!何でここに…あ、や、違っ。お疲れ様です」

「…あぁ」


 どう見ても帰宅する様子の奥秋先輩に、何でここにはないだろう私。下駄箱の先の玄関口を通らずして、帰宅などできるわけないのだから。そんな思いで、慌ててかける言葉を変えた私に、奥秋先輩は短く返事をしてくれた。

 その後、沈黙が私たちを包み込む。その沈黙が、何となく居心地の悪く感じ、私は何か奥秋先輩に話しかけようと口を開く。しかし、言葉をかけたくてもかけれなかった。


(何て話しかければいいの!?)


 「お疲れ様です」。いや、さっき言った。

 「いい天気ですね」。いや、流れがおかしい。

 「先輩、好きです」。いや、無理。絶対無理。


 そんなことを考えている間も、相変わらず沈黙が続いている。このままでは奥秋先輩が帰ってしまうのではと考えると、さらに焦ってしまい考えがまとまらない。

 まさに、悪循環。


「植水はこの時間今まで、何をしていたんだ?」


 悶々と考え込んでしまった私に、そんな言葉がかけられる。その声の主は、もちろん奥秋先輩からだ。

 問いかけられたこともだが、何より名前を覚えてもらえていたことに驚いた。そして、その驚きと同時に、嬉しさが私の心を占めた。


「あ、えと、来週の中間テストの勉強を」

「順調か?」

「や、その、ぼちぼち?」


 「ぼちぼちは返答としてないだろう!」と、自分を心の中で殴り飛ばす。せっかく奥秋先輩が話しかけてくれているのに、もっときちんとした返答をしたい。しかし、生憎と緊張に凍り付いた今の私では、これが限度だ。


「あ、えと、私、文系で、理系教科がなかなか…その、難しくて」


 それでも何とか会話をしようと口を開くも、出てくる言葉はなかなか要領を得ない。自分の発言に情けなくなりがら、落ち着けと私自身に言い聞かす。そして、花の植え替えで先輩と2人っきりになったときのことを思い出そうとする。そのときと同じように、奥秋先輩へ接すればいいと思ったのだ。


(…て、あのときこんな感じだったわ!)


 植え替えのときのことは、あまり役に立たないことが分かった。


「せ、先輩は理系ですか?文系ですか?」


 私は話をリセットしようと、今度は私が奥秋先輩に問いかけた。緊張で上手くできていない笑顔を浮かべ、私は奥秋先輩へと顔を向けた。ちなみに、今まで視線だけ奥秋先輩に向けており、顔は植木の方へと向いていた。

 しかし、奥秋先輩へ顔を向けたのは失敗だったかもしれない。なぜなら、夕日の光を浴びてたたずむ奥秋先輩は、それはもう本当に格好良かった。そしてそんな姿を見てしまえば、私の鼓動は煩く高鳴るに決まっている。案の定、奥秋先輩にも聞こえるのではないかと言うほど、私の鼓動は高鳴った。


「俺は理系だな」

「り、理系ですか!凄いですね」


 そんな幼稚な言葉で私は返答した。もっと言いようがあるだろうに、やはり今の私にはこの程度の言葉が限度のようだ。自分のアドリブ性のなさに、私はがくっと肩を落とす。しかし、私はそこである考えが頭に浮かんだ。その考えはひどく図々しいような、けれども大きな機会でもあるように思えた。


(ハイリスク、ハイリターン)


 駄目なら、大きなダメージ。主に私の心に。

 しかし、成功すれば大きな一歩である。


「あの、先輩…」


 私は意を決して、先輩へ言葉をかける。鉢植えの花を見つめていた先輩は、私の方へ顔を向ける。そして、何だといった様子で視線を細めて見せた。


「も、もし先輩がよろしければなんですが…その」


 言葉を紡ぐにつれて、どきどきと胸打つ鼓動。耳の奥から聞こえてくるその鼓動に、私の緊張はさらに高鳴る。尻込みしそうになる気持ちに活を入れ、私はぐっと手に力を入れる。そして、先輩を真っ直ぐに見つめた。


「わ、私に、数学を教えてもらえませんでしょうか…!」


 そう言い切ってから、さらなる緊張が私を襲う。どきどきなんて可愛らしいものではなく、太鼓を叩くかのようにどんどんと私の心が胸打っている。奥秋先輩からの返事を待つ間、手に汗が浮かぶ。実際に待っている時間なんて、数分どころか数秒も経っていない。しかし、私にとってはその待ち時間はひどく長いように感じた。


「数学ぐらいなら、別に構わない」

「そうですか、やっぱり駄目で…え?」


 きっと駄目だろうと思っていた私にかけられたのは、全く反対の言葉だった。奥秋先輩のその言葉に、私は思わず間の抜けた声を上げてしまう。そして、ぽかんとした表情で、奥秋先輩を見上げた。


「いつが都合良い?」

「あ、あの、先輩の都合が良いときで…」

「なら、授業後でいいか?」

「は、はい!」


 何という、とんとん拍子。

 信じられない思いで、私は奥秋先輩と日程について話し合うを。1年生や私たち2年生は1日6限目まである。それに対して、奥秋先輩3年生方の授業は1日7限目まであるため、1時限分の時間は遅くなるということだった。


「全然大丈夫です!図書館で待ってますので」

「分かった」


 そんな会話を交わして、明日から授業後の図書館でテスト勉強することに決まった。

 その後、私と奥秋先輩は校門の前で別れた。生憎と、帰り道までは同じ方向ではなかったのだ。それでも、私が奥秋先輩に勉強を教えてもらえることになったのは事実だ。そのことに、私は大いに興奮し、そして歓喜した。それもこれも、この鉢植えに花が咲いてくれていたお陰だ。


「…ありがとう、ゲンペイカズラ」


 ゲンペイガズラ。

 この花の前で、私は手に入れた。

 それは進展せぬ私の恋に、ゲンペイガスラが与えた大きなチャンス。



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