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3輪 恋の便りはジャーマンアイリスから


 4月中旬。所属する委員会が決まってから、初の顔合わせ兼の委員会活動。活動といっても、集まって先輩からの話を聞くだけである。

 その委員会の集まりで見た顔は、昨年度とさほど変わりはなかった。強いて言うならば、昨年度3年生だった先輩たちがおらず、変わりに新入生である1年生がいる点と、あのぶりっ子ちゃんがいないという点だけだ。

 そして、今年度の園芸委員会委員長は、なんとぶりっ子ちゃんを自信喪失に陥れた例の先輩だった。この先輩が委員長になったことよりも、この先輩が今年度も園芸委員をやることの方がちょっと驚きである。なにせ、私はてっきり、先輩は仕方なく園芸委員になってしまったと思っていたから。いや、今も仕方なく園芸委員会委員長をしているのかもしれない。しかし、他にやってくれそうな人もいたように思う。不思議だ。


「以上が、今年度のローテーションだが。何か質問はあるか?」


 ほぼ新入生のための委員会活動の内容の説明と、仕事の割り振りを発表した我らが園芸委員会委員会長。その名を、奥秋海棠先輩。ちょっと読み難い名前というのが、私の第一印象だった。だって、海棠でかいとって、中々読めないでしょう。


「質問はないようなので、今日はこれで解散」


 その言葉に、ぱらぱらと人が散っていく。私も帰る準備を整え、打ち合わせを行っていた部屋から出た。ちなみに、園芸委員会の打ち合わせは3階の視聴覚室である。

 私の園芸当番は、来月までない。少し残念な気持ちになりつつ、私は今日はもう帰ろうと足を玄関に向ける。

 廊下をゆっくりと歩きながら、私はふと窓の外を覗く。今、私がいる方面の窓の下には、とある花壇があるのだ。規模は小さいが、この時期になるととても綺麗な花を咲かせる。


(もうそろそろ、咲き始めてるかな?)


 そんなことを思いながら、私は窓から下を見下ろした。私の視線の先に、ばっちりと花壇が映る。しかしその花壇は、なぜか薄暗い。その場所はなかなか日当たりのよい場所のはずなのに、なぜ。


 その答えは、今年度からできたプレハブの存在。

 なんと、花壇の場所は、新しく作られたプレハブ小屋のせいで影となっていたのだ。その事実に、私はぎょっと目を見開いた。


「日陰はよくない!」


 それだけ口にして、私はその花壇へ急いだ。だって、あの花は地植えなら、日当たりが良すぎるくらいのところで育てた方が良いのだ。日当たりが悪いと、最悪花を咲かせなくなってしまう。

 かといって、私に何か打開案があるわけではなかった。プレハブ小屋をどうにかするとか、植え替えるとか、少しは考えた。けれども、すでに完成しているプレハブ小屋をどうこうするこのとなど、できない。植え替えるにしても、どこへ植え替えるかが問題である。しかしとにかく、そこへ行かなければという思いが先に立った。


 そんなことをぐるぐると考えている内に、私はその花壇の元までやってきた。そしてそこには、予想外の人物がたたずんでいる。

 奥秋先輩だ。


(さっきまで教室にいたんじゃ…?)


 つい先程まで、視聴覚室で私たちと打ち合わせをしていたはずの奥秋先輩。その奥秋先輩が、私が目指した花壇の前に立っている。いつ、私を追い越してここにきたのかはさておき、なぜ奥秋先輩がこの場にいるのか。私は首をひねった。

 そんな私に気づかず、奥秋先輩は一歩花々に近づくと、膝を折った。そして、そっとその花に手を向け、優しげに一撫でした。


「っ!」


 その光景に、私の心がきゅうっと締め付けられる。それは、ひどく甘い締め付けだった。


(て、え!?何、何なの私)


 花を見つめる奥秋先輩の視線は、見たことないほどに柔らかい。その視線には、愛おしみ慈しみが伺えた。そんな奥秋先輩の様子に、私は驚きを隠せない。


 初めて先輩を見たとき、凄く綺麗で神秘的な先輩だと思った。その姿は、夜にのみ花を咲かせる神秘の花、月下美人のようだとさえ感じた。

 しかし、実際のところ先輩は、そんな奥ゆかしい花ではない。他人にも自分にも先輩は厳しく、そのまとう態度はどこか威圧的で近寄りがたい。そして、本人の意図するところかどうかは分からないが、奥秋先輩から発せられる雰囲気はとても冷ややかなのだ。


 そんな先輩が、花を見つめながら穏やかな表情を浮かべている。驚いてしまうのも、無理ないと言わせていただきたい。しかし、何よりも驚いているのは、先程から煩いくらいに鼓動する私の心臓にだ。


(何で私、こんなに動揺してるの…!?)


 落ち着こうと深呼吸をしても、心臓は一向に暴れるかのごとく鼓動している。それに加え、私の視線が奥秋先輩を捉えると、身体の芯からかっと熱が発せられる。その熱は、私の顔を赤く染めるには十分なほどだ。


「ちょ、まさか私…」


 自分の症状に、1つの考えが浮かぶ。


(…先輩に、恋した?)


 ありえない。あの奥秋先輩に。

 確かにすこぶる格好いいが、他人を寄せ付けない雰囲気わまとう人である。格好いいけど好きにはならないだろうなと、ほとんど確信的に考えていたのは、何を隠そう私自身である。


 それなのに。

 そんなことを考えていた私なのに。

 たった1度、奥秋先輩が優しげに花を見つめている姿を見てしまっただけで、私は先輩に恋してしまったというのか。そんなの、一目惚れと言っても過言ではないではないか。


「…っ」


 奥秋先輩の一挙一動に、心臓が暴れる。

 あぁもう、認めよう。私は十中八九、奥秋先輩に恋をしてしまった。きっと、ギャップ萌的な効果で。冷たそうな人が、穏やかに花を見つめる姿を見て、きゅんと来てしまったのだ。そして、こよなく花を愛する私が、そんな光景を目の当たりにしまったが故に、先輩への想いが好印象を一気に通り越して好意にまで到達したに違いない。


(私って…超、単純だ)


 自分の単純さに、思わず肩を落としてしまう。それでも、私が奥秋先輩に恋をしてしまったのは事実だ。そうでなければ、この鼓動の高鳴りも、顔の火照りも、説明がつかない。

 人生で初めて、私は恋をした。


「で、そのまま一緒に植え替えを?」


 翌日、ぐてっと机の上に倒れ込む私に、そんな言葉が降り注ぐ。その言葉の主は、私の前の椅子に座り、私を見下ろす南花だ。南花は呆れたような、驚いたような表情で私を見ていた。


「…うん、した」

「じゃ、何でそんなに落ち込んでるのよ」


 委員会の集まりの後、奥秋先輩も私と同じ考えであの花壇にいたのだ。そして、奥秋先輩は、プレハブ小屋により日を遮られた花壇の花を、別の場所に植え替えするために足を運んでいた。


「先輩、植え替えのためのスコップやバケツも準備してて…その上、植え替える場所までばっちり用意してたの」

「用意周到ね」


 そう、奥秋先輩は花を植え替るための準備を完璧に整えていたのだ。植え替える場所も用意していたことから、その日に思い立って行動したのではないということが用意に想像つく。つまり、前々からジャーマンアイリスの状況に気づいていたということだ。


「私、花好きを自負していたことが恥ずかしい」


 きっと私1人では、何もできなかったと思う。しかし、奥秋先輩は自分1人で解決策を考え、そのために行動していた。そしてたまたま、そのとき私もあの花の状況に気づき、植え替えを手伝わせてもらったのだ。

 その間、私は自分が情けなかった。

 好きだ好きだと言っているくせに、1人ではその花のために何もできない。そう、思わずにはいられなかったから。


「そんな深く考えること?好きになった先輩と、その日の内に2人っきりで花の植え替えできてよかったじゃない」

「それは、まぁ…」


 確かに南花の言うとおり、2人っきりで作業ができたことはよかったと思う。素直に嬉しかったし、どきどきもした。

 そして何より、ちょっとだけ先輩のことが知れた。先輩が実はかなり、花に詳しいく、本人も花が好きということ。そのため、園芸委員には自らの意志で所属し、委員長を名乗り出たことなど。

 しかし、それとこれとは別なのだ。


「やっぱり、自分が許せないー!」

「はいはい」


 割と真剣な私に、南花は素っ気なく相槌を打つ。そんな南花に不満たらたらな視線を送ると、南花は私に挑発的に笑みを浮かべる。


「先輩よりも花を取るなら、私が先輩のこと頂こうかしら?」

「え!?」


 南花の言葉に、私は大きく声を上げる。自分では見えないが、きっと絶望的な表情を浮かべていたことだろう。


 なにせ、南花は誰がなんと言おうと綺麗だ。そんな南花なら、たとえ奥秋先輩でもその心を射止めることができるように思う。そしたら、私のこの恋はあっけなく幕を引く。

 そんな思いから抜け出せず、蒼白になる私に南花が小さく吹き出す。そして、軽く苦笑を浮かべた。


「冗談よ。確かに奥秋先輩って格好いいだけど、私のタイプじゃないわ」

「あれ?南花って、顔が良けりゃ誰でもタイプじゃないの?」

「…良い度胸ね、咲」


 私の言葉に、小さく拳を作った南花。そんな南花に、私は慌てて謝り、その拳が私の頭に落ちることを回避する。合気道だったか、空手だったか、柔道だったかをやっていた南花の力は、見かけに寄らず強いのだ。そのため、その拳の威力は半端ない。

 ただ、合気道も空手も柔道も、拳は使わないと思うが。


「とにかく、先輩とどうこうなりたいなら、花と同様に咲の想いを先輩へ向けなさい」

「え、や、でも…」


 花と同じよう積極的に先輩へ想いを向けるなんて、正直恥ずかしい。そんな思いをもごもごと口にする私に、南花が身を乗り出して私に詰め寄る。驚いた私は、反対に身を仰け反らせた。しかし、そんな私に構うことなく、南花は私に言った。


「本当に好きなら、そのくらいできるはずでしょ?できないって言うなら、先輩への想いは所詮その程度ってことよ」


 南花のその発言に、私は言葉に詰まる。

 確かに、南花の言うとおりだ。本当に好きなら、どんなことをしてでも関わりたいと思う。現に、アルバイト禁止のこの高校で、私は花屋のアルバイトをしている。それもこれも、好きな花に少しでも携わりたいという想いからだ。本当に好きだからこそ、例えバレたら反省文を書かなければいけないといえども、私は花屋のアルバイトをすると決めたのだ。


「南花の言うとおりだね。私、頑張ってみるよ」


 今度は私が拳を作り、そう南花に宣言する。そんな私の言葉を聞き、南花は頷き笑顔を見せてくれた。やはり、南花の笑顔はとても綺麗だ。内に毒を含んでいるとは言え、その笑顔は花がぱっと咲いたように美しい。


「ところで、植え替えしたのは何て花なの?」


 南花のその問いに、私は自然と顔に笑みができる。花について聞かれたり、説明したりするときには、必ず私の頭に花の映像が浮かぶ。その頭に浮かぶ花にさえ、私の顔は綻んでしまうのだ。

 そんな、ついつい弛んでしまった表情のまま、私は南花の問いに答えた。


「ジャーマンアイリスって花だよ」


 ジャーマンアイリス。

 この花から、始まった。

 私に芽生えた恋心は、ジャーマンアイリスが運んできた恋の便り。



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