1輪 威厳なるシャクナゲの友と
春、新学年。
学年が上がり、クラスも変わる。となればもちろん、クラスメイトも変わる。
クラス表が張り出された掲示板には、多くの人だかりができている。そして、「また一緒だねー」やら「別々か、残念」などの声が飛び交っていた。かくいう私も、そんな声を上げる生徒の1人である。
「あ。南花、クラス一緒だよ」
「みたいね。また1年、よろしく」
私の隣にいる南花こと、白石南花に声をかけると、南花は私に頷いて見せる。そして、綺麗な笑みを浮かべながら、私にそう言葉をかけた。パッと見、清楚系美少女の南花は、この高校のアイドル的存在である。愛称を『いしみな』。しらいしの『いし』と、みなかの『みな』で『いしみな』である。安直と言うなかれ。
南花とは、幼稚園の頃からの幼馴染である。通称、腐れ縁。そんな腐れ縁の関係でもなければ、南花は繊細で華麗な少女と見えてしまうだろう。見目はとても美しく、凛と通る声は聞いていて心地好い。何気に良家のお嬢様なだけあり、立ち振る舞いも常人にはない気品がある。そんな南花を例えるならば、『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』とでも言えよう。
しかし、騙されてはいけない。この南花という少女は、気に入らない者は躊躇なく切り捨て、自分の思う道のためなら周囲の障害など容易く蹴散らしてしまうような人物だ。
小学生のときに、こんなことがあった。
小学校高学年の頃、南花が好きで好きでたまらない男の子がいた。その男の子は南花の気を引こうと、ちょっとやりすぎと思えるほどに南花に付きまとった。しかし、南花にとっては鬱陶しい以外の何者でもなかったようで、南花はその男の子にこう言った。
「私の横を歩くのに、アンタじゃ役者として最低よ。ありえない。近くにいられたら恥ずかしいから今後一生、私の前に現れないで」
さらに、中学生のときには、こんなことがった。
南花と良い雰囲気になり、付き合いだした男子がいた。その男子は正に、ドラマや漫画などに出てきそうなほど、絵に描いたようなモテ男子だった。なんせ顔良し、頭良し、運動神経良しという、スリーグッド男子だったのだ。それはもう、女子から絶大な人気を誇っていた。
当然、そんな男子に恋人ができるなど、世の女子にとっては気に入らないことだ。その恋人が、学校1美人と評判だった南花でも。そのため、女子たちが南花を標的にいじめを始めたのも、ある意味それは自然な流れだった。
しかし、いじめを甘んじて受ける南花ではない。
南花は厭らしくない程度に、恋人の男子に自身のいじめを伝えたのだ。もちろん、誰からいじめを受けているかも。そして、恋人の男子が、その女子たちに敵意を示すよう言葉巧みに誘導した。南花にいじめを行えば、好きな男子に敵意を示される。そんな状況に陥れられた女子たちは、とうとう諦めていじめを止めたのだ。
つまり何が言いたいかというと、南花は決して芍薬でも牡丹でも百合でもないということだ。
美しい見た目とは裏腹に、毒を有している。それは例えるならば、美しい花を湛えながらもその葉に毒を持つシャクナゲと言えるだろう。
「何よ?そんなに見つめて」
南花を見つめながら、昔を思い出していた私。その私に、南花が怪訝そうな顔を向けてくる。私はそんな南花に苦笑を浮かべ、何でもないと首を振って見せた。
「そ、まぁいいけど。それよりさっさと教室に行きましょ」
そう興味なさげに言葉を吐き、南花は私に背を向ける。
素っ気のない態度も、もう慣れたものだ。幼稚園児の頃から現在、高校2年生までの間、幼馴染をやっているのだから。年数に換算すれば11年間、今年で12年目の付き合いとなる。それだけ一緒にいれば、南花がどういう人間なのかは、ある程度分かってくるものだ。
「ちょっと、何ぼんやりしてるのよ?」
動かない私に、南花は立ち止まって私を呼ぶ。少々キツイ性格や物言いだけれども、何やかんやと友達には甘いところがある。今だって、置いて行っても良いのに、わざわざ立ち止まって私を呼んでいるのだから。そして、私が動くのを待ってくれているのだから。
「ごめんごめん、考え事してたや」
「まったく、マイペースなんだから」
呆れた様子を見せつつも、声色は優しい。
そう、南花はとても優しく、友達思いなのだ。
一例として、先程の中学時代に南花と付き合っていた男子を挙げよう。
この男子とは、今はもう付き合っていない。高校が別々になったから別れたとか、そういう生易しい理由ではない。まず、別れたのは南花が振ったからだ。しかも、かなりこっ酷く。
その理由が、私の悪口を言ったから。
私は南花とは違い、極々普通の存在だ。顔も普通だし、立ち振る舞いも庶民そのもの。そんな私が南花の傍にいることを、その男子は嫌がった。そのため、ある日私は、人気のなくなった教室に呼び出され、私では南花と釣り合わないから付き合いを止めろと言われたのだ。その物言いは傲慢そのもので、正直、怒りや悲しみよりも呆れが真っ先に訪れた。そして、私は南花と付き合いを止める気はないと告げると、その男子は逆上した。つまり、逆ギレというやつだ。
その後、男子は私を罵る言葉を次から次へと吐き出した。しかし、そのときの私には、その言葉はあまり聞こえていなかった。というのも、男子の後ろに、般若の如き顔をした南花がいたためだ。その顔は決して私に向けられたものではなかったが、今でも思い出すだけで身震いしてしまう。それほどまでに、南花は激怒と憎悪に満ちていたのだ。南花はつかつかと男子に近づきその肩を握ると、自身の方へ振り向かせて腕を振り上げた。
そして、拳で男子の顔を殴った。
平手ではなく、拳である。ここ大切。
真正面から顔面で南花の拳を受け止めた男子は、当たり前ながら後方へ倒れ込む形となる。つまるところ、私の方へ倒れ込んできたのだ。そして私は、思わずというか、咄嗟にというか、反射的にというか、とにかくその場から飛び退いた。そのため男子は、それはもう強かに床へ頭を打ち付けることとなった。
恋人に突然殴られ、頭を床に打ち、そして鼻からは血が垂れる姿は、モテ男子の面影は一切なかった。そして、散々な目に合っている男子に、南花はトドメを入れた。
「釣り合わないのはアンタよ。ちょっと付き合ってあげただけで私をアンタの物にしたつもり?馬っ鹿じゃないの?アンタみたいな塵屑みたいな奴が、私の親友にどの口聞いてんの?この勘違い男が」
そのときの男子は、涙目どころか泣いていた。情けない表情を浮かべ、別れないでくれと南花にすがっていた。しかし、そんな男子を南花は一蹴していた。私の悪口を言ったことが、南花には許せないことだったようだ。
「女々しいわよ。私たちの前から消え失せなさい、塵屑」
その姿はまるで女王様でした。
そんなこんなで、南花は付き合い1カ月にも満たずしてモテ男子を振った。南花なりに、その男子のことは好きだったそうなのだが、私の件で完全に嫌いになってしまった。余談ではあるが、この事件以降、南花はその男子のことを塵屑と呼ぶようになったいた。閑話休題。
「南花は優しいね」
「は?何よ突然」
廊下を歩きながら、不意に私の口からそんな言葉が漏れる。脈略なく出たその言葉に、南花は首を傾げる。そんな南花に、私は何も答えずに教室まで走り出す。急に走り出した私に、南花も文句を漏らして後を追いかけてきた。
この高校へ入学し、今年で2年生に進級した私は、南花と一緒に変化のない平々凡々な日々を過ごすのだろう。そのときの私は、そんな確信にも似た思いを持っていた。しかし、それは少し間違っていたことに気づくのは、もう少し先のこと。
別に、大事件や大惨事が起こるわけではない。
ただ、私の生活に一輪の花が添えられるだけのこと。
ただしその花は、私の心を掴み、私の気持ちに大きく影響してくることになる。