最終話:ハナと花
32、最終話:ハナと花
ひと冬越してようやく春を迎えたと思ったらあっという間にゴールデンウィークも終わってしまった。
実はハナは休学期間の都合上とっくに復学していて、この5年間ずっと独学で勉強していたからか試験のみの学科は単位をとっている。やっぱりあたしなんかとは頭の出来が違う。
こないだ予備試験とやらを受けていたし。何の事だかわからないが、毎朝早起きして勉強するのに付き合っている。
今朝は新緑が太陽の光を反射してキラキラしている。まだストールが一枚必要なくらいの気温。今の時期だけ思うこと。新緑色って素晴らしい!
少し高めのヒールのかかとを音高く鳴らして歴史のある建物の2階へ階段を駆け上がる。
「あれ花香ちゃん寝不足?」
「所長、どうしてですか?」
「だってクマ、できてる」
あちゃー、隠し切れてなかったか。
今度の所長も、前所長の同級生だけあって、セクハラまがいなことは平気。しかも女性だし。
「なに、夜更かししちゃった?」
うししと意味ありげに笑う所長。
「所長、女同士でもセクハラで訴えますよ」
「そうだった、お付き合いしてるのは弁護士の卵だったわね~」
やばい、やばいと笑いながら所長のデスクに戻って行った。
仕事終わりに、所長が叫ぶ。
「飲み行くよ~」
全く、毎晩毎晩よく飲むこと。あたしの周りにはやっぱりお酒好きが多い。
「所長、今日はちょっと用事がありまして。失礼します」
「あっ、花香ちゃん、あなたいつもじゃない!ちょっとくらい」
続きを聞くことなく、事務所を飛び出した。
もう、夕暮れ。いつもなら、買い物して自宅に直行するとこだけど、今日はヒトちゃんのところに行かなきゃ。
混雑した電車にゆられていると、ハナからメールが来た。
『場所変更、半兵衛で。ハナ』
見つかっちゃったか。たまに帰る時は、お店で晩酌したいんだけど、たまに大将に見つかっちゃうんだよね。ヒトちゃんがお世話になってるし、しょうがないか。
電車を降りると商店街はそろそろ店じまいで、半額になった生鮮品が、仕事帰りの人たちに買われていく。いつも通ってた道も、もう住んでないというだけで、違った街に見えちゃうのは不思議。
少しずつ変わっていくはずの風景も、突然変ったように見えるし。もうここに住んでないんだっていうさみしさは来るたび感じる。
事務所の前を通っても、もう誰もいない事務所は見覚えのない場所に見える。
「こんばんは~」
半兵衛ののれんをくぐると、大盛り上がりだった。その中心には前所長と所員の面々。
「はなかー!よくきたなあ」
所長はすでにろれつが回っていない。
「めでたいのだよ。なあおくだくん」
「どうしました?」
この展開はあれしかないでしょう。
「これがこれで、ですか?」
小指を出して大きなおなかのジェスチャー。
「そうなのだよ。なあおくだくん」
「所長もういいですよ」
心なしか引きしまった表情で奥田が照れていた。
「奥田良かったね。おめでとう」
「ありがとう」
照れる奥田に、照れてもかわいくないんだよと肩パンして、ハナとヒトちゃんのほうに向かった。
「はなかあ」
後ろで所長がなんか言っていたが、もう記憶はないだろうから無視して。
「お待たせえ」
「盛り上がってるね所長さんたち」
「さっきからうるさいんだよ」
「で、ハナはどうだった?」
「よくわかんない」
「わかんないって、手ごたえとか、、名前書いた?」
「うん、書いた。それはもう何度も確認した。でも問題解いてる最中は夢中過ぎてあっという間に終わった」
「じゃあ、大丈夫だよ。あんなに必死に勉強したんだもん。もともと頭いいし。クレープ屋の合間にも勉強してきたんだし」
「落ちてもまだチャンスはあるし」
「落ちるとか言うなあ!」
「そうそう、今日は前祝いでぱあっと行こう」
話してる間に、ヒトちゃんが生ビールを頼んでいてくれていた。
「では、ハナの司法試験合格を祈念しまして。カンパーイ」
しばらくすると、大将がタイの尾頭付きを出してくれた。
「これはサービス。見て、やっぱり花香ちゃんが来ると満席だよ」
大将は満足気に笑って、太鼓腹をたたきながらカウンターの奥に消えた。
「今日は泊っていかないの?」
大将と違ってヒトちゃんは少し不満気だ。
「うん、根つめすぎて目をつぶっても六法全書が出てくるんだよ。慣れたベッドでゆっくりしたい」
ハナにとっても、もう慣れたベッドは今の家なんだ。実家じゃなくて、あたしたちの家。
「また今度、お酒でもゲームでも付き合うから。今日はそろそろ帰る」
財布からお金を出すとヒトちゃんに渡した。
「次は近いうちに来るから、じゃね、ヒトちゃん」
あたしたちは、飲み足りないというヒトちゃんを店に残し外に出た。
「早くあたしたちの家に帰りたい」
ハナはあたしの手を取り囁いた。
「なんか意味深」
「そのつもり」
「その前にさ、少し回り道しない?」
「えー」
いいから、いいからと手を引っ張って小川のほうに行った。
ハナんちから帰る時によく通った道。いつもひとりで帰るのは平気と思ったけど……
「やっぱりさ、ひとりよりふたりがいいよね」
「うん」
見上げる今日の月は下弦の月。
「ハナはどうしてあたしだったの?」
「一目ぼれだよ」
「それってホントにあるのお?」
「あるの」
とない胸を張る。
「へえ、そっか」
「花香は?」
「いつも一緒にいてくれて、笑っていられたから」
「だれでもよくない?」
「よくない。ハナじゃなきゃダメなの」
「そんなもん?」
「そう。だから、早く帰ろう」
「さっきからいってるじゃん!」
駅に向かって走り出す。笑っちゃって息が苦しい。
おうちに帰って、笑ってるみたいな月の下で、仲良くしよう。
とうとう、最終話となりました。お付き合いいただいた皆様本当にありがとうございました。
はじめて、このようなお話を書きました。そしてはじめて投稿してみました。
はじめてづくして、要領も得ずにひたすら、1日1投稿をしてまいりました。ギリギリ間に合ったような日もありますし、短くない?という日もありますが、私にとっては、楽しい、楽しい経験でした。(8/7の2話連続投稿は無謀でしたが)
夏休みの日記のようなイメージで始めたのですが、ハナも花も春日女史も奥田も勝手に動き出して日記のように簡単ではありませんでした。
が、予想外にうまくはまってくれて、彼らにグッジョブしたいと思います。
最後に初期に感想を書いてくださったお二方と、お気に入り登録をしてくださった数名の方、23話あたりで息切れしていたところに高評価をくださった方。大変励みになりました。
そして読んでくださった方に。
ありがとうございました。
これにて、完結!
下総みずき




