退院の日には
28、退院の日には
「太田さーん、検温でーす」
夜勤明けの看護士さんは妙に元気だ。
彼女はまだ寝ぼけた顔の私に手際良く体温計を渡す。
自分で脇に挟めるようになってよかった。他人にやられるとくすぐったくて。
脇に挟むと、すぐに測り終りの音がする。体温計を自分で取って、看護士さんに返す。
「36.4度、平熱ね」
手慣れた様子で表に書き加え、血圧計をセットされた。
体温計は、電子式なのに血圧計は水銀式なんだよね。こんど世間話のときに聞いてみようっと。
「85の58。相変わらずの低血圧ね」
「はは、寝起きなもんで」
「調子はどうですか?」
「もう、だいぶんいいです」
「そうだ、今日から、重湯が出てるから、がんばって食べてみてね。最初はあたしが付き添うから、朝食が来たら、ナースコールしてくれる?」
「はい」
話をしながらも、いろいろメモを取り続ける看護士さんは、働く女!って感じでかっこいい。
あたしも早く働けるようにならなくちゃ。
「おはよう」
看護士さんと入れ替わりに入ってきたのはヒトちゃん。
「おはよ」
「これ、お見舞い」
両手にもっているのは、あの日の夕焼けとおんなじ色をしたマンゴー。
「ありがとう、とってもおいしそう」
「さっき市場で買ってきた、ちょっと置かないと甘くないかも」
「じゃ、ちょうどいいや。あたし今日から重湯が出るんだって」
「重湯って何?」
「お粥のもっと薄いやつ。しばらく食べてないから内臓のリハビリなんだって」
「ふーん」
「はやく、クレープ食べたいな」
ヒトちゃんは浮かない顔で丸いすに座った。
「花ちゃん、ムリしてない?」
「無理?してないよなんで?」
「いいんだ。おれ仕込みあるからいくね。がんばって重湯食べてね」
「ありがとう」
黒づくめのお店の服を着て颯爽と出て行った。
無理、か。ハナにあんなこと言った手前どうしたって無理しちゃうよね。
これから、どうしたらいいのか。
あたしの周りは一見、以前に戻ったようで決してそうではない。
辞表は返って来たけど、もうあそこでは働けない。春日女史のもっているあの写真は、ヒトちゃんやハナには絶対に見られたくない。
そしてハナに想いを告げた以上、もう友達には戻れない。ハナの優しさに付け入るようなことはしたくないんだ。
毎日、お見舞いに来てくれるし、バカな話もするけどどうしたって前と同じではいられない。
やっぱり、退院したらこの街とサヨナラしよう。
「太田さーん朝ご飯でーす」
「はーい」
そうと決めたら早く元気にならなくちゃ!
思いっきりナースコールのボタンを押した。




