記憶が飛ぶほど……
17、記憶が飛ぶほど……
やばい、久々に出た。
「何も心配する事はない。あたしはあたし。ゆっくり、ふかく……」
手がしびれてきた。
「大丈夫、大丈夫……」
ああ目の前が白い。
「あたしはラッキー。バッチリついてる」
足までしびれてきた。ダメかな?
こんな時に電話する相手は決まってハナ。
時刻は深夜2時。
呼び出し音がなる。荒い息が少しでも収まるように胸を撫でる。
「花香?どした?」
「はあ、久々、でた」
「大丈夫、大丈夫、今から行くから。着くまでおしゃべりしよ。」
「ん」
「今日は何曜日だっけ?」
「にちよび」
「今日の占い何位だった?」
「にい」
「すごい、ラッキー、ラッキー」
「は、は」
頭がぼーっとしてきた、
「ごめん、ハナ」
「なんの、なんの」
聞き慣れた鍵を開ける音が、深夜の静けさの中に響く。
「花香さん!」
思わぬ落胆が胸に広がる。
「ヒトちゃん……」
「あ、ついた?あとは人司にまかせる。じゃ」
きれた電話を握りしめて、目をぐっと閉じ涙をこらえる。
鍵を閉める金属の音の後に聞こえるのは、あたしの荒い呼吸とひそやかな足音。
おずおずと肩に触れる手に身体がビクッとする。ヒトちゃんは床に座り込むあたしの横に座り、背中をなぜてくれる。
「大丈夫、大丈夫だよ」
低い声。温かい手。
止まらない涙と、震える身体をその胸にすがらせて。
一人は辛いと、思い出すのは嫌だから。
あたしにはハナがいれば大丈夫。
……違った、今はヒトちゃんがいてくれる。
どの位時間が経ったのか記憶はとびとびで、薄明るい外に夜が明けた事を知る。
あたしはといえば、ヒトちゃんを布団がわりに横になっていた。未だに背中をなでつづけてくれている。
「おさまった?」
安心したようにたずねるヒトちゃんは、にこにこ笑っていてハナと一緒。こっちが申し訳なくなるほど迷惑そうな顔も怒った顔もしない。
「ん、ありがと」
ずりずりとヒトちゃんから這い下りる。
「ゴメンね、びっくりしたでしょ?」
「少し聞いてたけど、驚いた」
「ここ何年もでてなかったんだけど、突然であたしもびっくりした」
時計をみると、2時間半も経ってる!
「新記録だ。今までの最高40分だったのに」
「何が?」
「記憶が抜けてる時間。時計をじっと見てても、次の瞬間パッと表示が変わってるの」
「へえ」
「あたし寝てた?」
「いいや、ずっと辛そうだった」
「そっか、覚えてないや。ヒトちゃんの上が気持ちよかったのかな?」
……言ってから後悔する。なんでこういう事言っちゃうんだろう?
ほら、びっくりした顔してるじゃん!
二人して顔を真っ赤にさせてると聞きなれない着信音が聞こえた。
「あ、おれ」
起き上がりメールを読んでいる。
「もう身体は大丈夫?」
「うん」
あたしも起き上がる。
「今日仕入れの日なんだ。残念だけど、帰るよ」
「うん」
残念だけどってそうだよね。あたしもそんな気がしないでもない。