迷える子羊たち その2
9、迷える子羊たち その2
「ここはどこだ」
『化粧品を見てから帰る』という春日女史をデパートに置いて先に帰ろうとしたら、すっかり道を見失った。目指すビルは見えているのになかなか近づかない。富士登山に似ている……かもしれない。
道とビルを並べて見たら、あのマンションが邪魔。曲がるとここに戻る。
「なぜじゃ」
もう何周したのか……狐に化かされているのか、それともどこかでビデオに取られているのか、まさかのトワイライトゾーンか。
振り返って見ても普通の街並みだ。
駅の反対側に来ただけで、道がわからないなんて。
「情けない。この街に住んでるのに」
携帯は持っている。でも、あたしはどこ?っておかしいじゃない。聞けない、聞き方がわからない。
しかし休み時間も終わりに近い。
しょうがない……やつに聞くか。
私は格好良く片手で二つ折り携帯をひらく。
「あ、しょちょお、久々迷いました!ここはどこですか?!」
「知るか。前から言ってるが、ここはどこって聞くな」
「でも、さっきから回遊してて、おんなじ場所をぐるぐると」
「このマグロめっ。ここを出たところから、説明しろ!」
「ええと春日女史と徳川デパートへ行って、別れて、迷いました!」
「全然わかんない。あ、ちょっと待て」
電話のむこうで春日女史の声がする。『なんでえ』とか『うっそお』とか。
先についたんですね、まじですかあ……
「もしもし、春日もわかんないって。なんか目印ないのか?」
「でっかい、茶色のラブラドールが散歩してる」
「違う!いくらでっかくても茶色のラブは目印じゃない!」
「ひいいい」
鼓膜が破れそう!
「ん?クマどん?本当かよ、花、茶ラブに向かってクマどんて叫べ」
「はい、クマどーん。あ、振り返った。え?あ?ちょっとちょっと……やめてーきゃあー」
「花?どうした?」
「襲われましたあ。どうもすいませんゴメンなさい」
「襲われた?!それで誰に謝ってんだ、言うならありがとうって言え!今迎えがいくから、動くなよ!絶対動くなよ!」
「はいい!」
思わず敬礼したけど、今私はクマどんにヘコヘコされている。飼い主さんも必死に引っ張るけど、クマどんも必死だ。そして私も。
「は〜な〜し〜て〜」
ヘコヘコし続けるクマどんを、飼い主さんが斜めになりながら引きずって行ってから十数分。ガードレールにもたれる私の肩を叩くのは、
「犬の次は、ゴリラか」
「誰がゴリラだ」
同期奥田だった。
ポケットに両手を突っ込み、少し前を歩く奥田。私は気まずくて、なにも言わない、言えない。
沈黙と距離を保ちながら歩く。
もう自分のいる場所がわかり始めた頃、奥田がぼそりと言った。
「お前さあ、目が霞んで見えないってどういうこと?まさか泣いてるとか?」
「ん?ああ、昨日のメモ?あれ疲れ目。見えざるに掛けようとおもったんだけど、うまくいかなくて」
「あ、そ」
「そういえばクマどん。どうしてわかったの?」
「経験者。散歩してるところ俺んちの前から商店街まででよく見かけける。巨大茶ラブだろ?」
「奥田も襲われたの?」
「いや、友だちが」
「ふーん………………ないよ」
「あ?」
「チャンスないよ。だって婚約してるじゃん。そんなこと言っちゃいけないよ」
「……」
「きいてる?」
「聞いてない」
なんで返事できるのさ!
「あたし、こまる。ちゃんとしてよ」
「わかった」
良かった、わかってくれたみたいで。全くしようのないゴリラだ。
「じゃ、あたし行くから」
「おい!」
「ありがとね〜」
そうだ、あたしは逃げたんだ。




