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シン達と待ち合わせのパン屋に入る。シン達は既に椅子に座っていて、俺のためだろう、1つ椅子が空いていた。
「おーい、格闘家試験終わったよー」
こっちに気付かせるために、シン達に向かって声を出す。それがまずかったのだろうか、店の客が俺を見てくる。
「え、あ……」
多くの視線に驚き、一歩後ずさりしてしまう。と、そこへ緑色のローブを着た青髪の男が話しかけてきた。マジシャンだろう、手に杖を持っている。身長は……、180くらいだろう、元の俺より低いくらいだ。
「ちょっと、そこの君、『格闘家』って……? マジで?」
「は、はい」
そう返事をすると、青髪の男はあちゃーっと、手を顔にかける。『格闘家』が珍しいのだろうか。いや、たしかシンが言っていたな、『格闘家』は――
「『格闘家』って超地雷職だよ。変えるなら今の内だよ」
――忘れていた。俺のセンスの内3つは地雷なのだ。地雷と言うのは、役にたたず、足を引っ張り、他人に迷惑をかける――そんな意味を持つネット用語だ。
このまま話を勧めれば芋づる式に、無刀流であること、拳センスであることがバレる恐れがある。どうしよう……、と額に汗を浮かべていると、先ほどの声で気付いたであろうシンが近寄ってきた。
「ああ、そいつ俺のツレなんだよ。初心者でね、やりたい事は好きにやらせる方針なんだ」
「お、【エディ傭兵団】のシンか。いやなに、あの『格闘家』と聞いてね。……しかし、初心者の『格闘家』となれば二重苦なんじゃないか?」
「ステータスポイントも振り間違って三重苦だな。まあ、方針だ。気にしないでくれ」
ステータスポイントも振り間違ったと聞いて、また店内がざわめく。ごめんなさい、それに『拳』と『無刀流』も加わって五重苦です。……しかし方針なんて初耳だ。ハッタリか?
「ちなみに、どういう感じで無駄になったんだ?」
「気付いた時点でSTR20、それ以外14で10ポイント余りだな。どうやったって20にすることができるのは2つだけだ。そんでAGIに10振らせて、STR20、AGI24、それ以外14だ。無駄になったポイントは28」
「壊滅的じゃないか……明日朝一番に作り直す事をオススメするよ」
そういえば、作ったキャラクターは24時間経たないと削除できないんだったか。確かに、こうまでなっていると明日には作り直した方がいいのかもしれない。
「だから、方針だって。ついでに削除もさせない。あのままで行ってもらう」
「……後悔する事になるかもしれないよ」
そう言って、青髪の男は立ち去った。
◆
その後、パンを食べてFOODゲージを満たして、店を出る。
FOODゲージというのは、ローグライクゲームでよく知られるような満腹度で、100%あれば全力を出せるが、50%を切れば能力値が半減して、0%になれば餓死して復活ポイントに戻る。というもので、15分毎に1%減る。
つまり12時間と30分でFOODゲージは50%になるので、だいたい12時間毎に食料を食べて回復する、ということだ。
ちなみに死ぬと経験値が3%減る。レベルが下がる事は無いが、苦労して集めた経験値であれば悲しみも大きいだろう。低レベルであればリスクは小さいが、効率は落ちるので死なないように注意して狩るのがいいと思う。
さらに、復活しても食料ゲージは50%に戻るだけなので、このゲームを一週間も放置すればそこには何度も餓死したPCが!という事らしい。半月も放置すれば99%たまっていようが0%近くになってしまうのだ。普通のプレイヤーは旅行などで長く放置する場合は、飯が出される宿屋に泊るようだ。その宿屋に泊っている間は金が続く限り、食べものが満たされるらしい。
……シン達廃人プレイヤーは飯も出されない一番安い宿に泊まるらしいが。
「じゃあ、飯も食べたことだし、リアルでも飯食うか」
そう言って、俺たち4人はゲームをログアウトする。俺はログアウトできたことに、少し安心する。
◆
VR機を出ると、そこにはハム兄さんと心太郎と茜がいた。
「おつかれ、崇君。初めてのVRMMOはどうだった?」
「いやー、けっこう楽しかったです」
「だろ、だろ。まったく、デスゲームなんて都市伝説だっていつも言ってるだろ? 心配しなくていいって!」
俺がいままでVRMMOをやらなかったのには2つほど理由があり、それを心太郎に話していた。
1つ目は、これまでのVRオンラインゲームのほとんどが月5000円等、月額課金制だったためで、手を出せなかった。というものだ。バイトはしているが、月5000円というのはさすがにキツい。
しかし、このSaMoは違った。一昔前のオンラインゲームによくある、『基本無料のアイテム課金制』なのだ。
しかし、クローズドβ、オープンβの間は課金アイテムなど無く、ただのテストプレイで、正式に始まってからそういった物を取り入れるのだ。
俺もこれを知ったからには「金が無いから」という理由で断り辛く、仕方なく2つ目の、『本当のやりたくない理由』を心太郎に話した。
その2つ目は、俺が『デスゲーム』というものを信じているから、という理由だ。
『デスゲーム』――その話のほとんどは、オンラインゲームに取り込まれた人達が協力して魔王を倒す、原因を見つける、というものだが、その過程の中には『登場人物の死』というものが織り込まれている。
だから俺は、ログアウトボタンが押せて、ログアウトできたことに安心したのだ。
もし、ログアウトできない事になって、デスゲームが始まったらどうしよう。そう朝から思っていた。しかしそれは杞憂に終わった。ログアウトできたのだ。
「ああ、そうだな、俺の取り越し苦労だったようだ」
「ま、それはともかくとして、飯食いに行こうぜ。どこ行く?ファミレス?」
「私はコンビニ弁当でも可ですー」
と、食事の話題になったが、ハム兄さんが入ってない事に気付いた。ハム兄さんは苦い顔をしている。ああ、ひょっとして、『また』だろうか。
「あー、それに関してだけどね、実は、『また』出たんだ、あの人」