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「うわあ……」
道具屋に入ってまず目に入ったのが赤色の液体である下級回復POTだ。赤色と言っても血のように濃いものではなく、向こうが透けて見える程度に薄いものだが。
俺が声を出して狼狽えたのはその数に圧倒されての事だ。その量は一つの棚が埋め尽くされるほど。そして赤髪でサイドテールの男性店員がそれを片手に棚の陰から見てる辺り、これがこの棚から無くなる事は無いと言っていい程かもしれない。
その隣の棚には、緑色の液体である中級回復POTがある。回復量は下級回復の3倍で、値段は5倍の500ゴールド。一度に多く回復できる分、値段は高いって事か。
その隣の青色の液体、高級回復POTは回復量こそ中級の5倍もあるが、値段はその10倍の5000ゴールド。いくらなんでもこれは高すぎると思うが、下級を15本も一気飲みできる気がしないから妥当なのだろう。
「あなた、冒険者よね?」
「え? そうだけど」
回復POTについて色々と考えていたら急に後ろから声をかけられた。振り返って見ると、赤いツインテールで……今の俺より背の高い少女が居た。
その少女は俺が返事をするや否や、俺を左右上下を舐めまわすように見る。
「こんな小っちゃくても冒険者ってできるものなのね……あたしも目指してみようかしら」
「いや、危ないからやめといた方がいいよ」
この口ぶりからすると、この少女はNPCか。PCとNPCの違いが冒険者であるかないかというのは、分かりやすいのか分かりにくいのか……それはさておき、俺は本当ならお前より背が高いんだぞ、チビめ。
「あなた、魔法使い? ……でも杖持ってないわね、ひょっとして新入り?」
「いや、これでもLv38の『格闘家』なんだけど――」
そう言うと、急に少女は俺の肩を掴んで前後揺さぶる。
「格闘家!? 格闘家と言えばあのハゲダルマでマッチョな男共の職業じゃない! あなたなんでそんな職業なの!?」
物凄い誤解をされていますよ格闘家転職試験官さん。
◆
「いや、これには訳があるんだけど――」
訳と言うのは、まあ……新入りって事になるんだけど。『無刀流』で武器を持てず、武器を持っていないと転職できないと教えられたためだ。しかしその情報は古く、今は武器を持っていなくても転職できるそうだが。
「まさか借金の返済!? それで武器も取り上げられて…………酷い、何もこんな女の子にそんなことさせる奴が居るなんて……それに普通は冒険者なら登録したらまず、武器屋か防具屋の前か後には道具屋に顔見せるはず……そんなだから来れなかったのね……」
しかも少女は何やら誤解まで始めた。大丈夫かこの店。それとすみません、多分俺それ無視してます。
パッと肩を掴む手を離すと、その手を顎に持ってきて少女はうなって考え込む。
「うーん、登録して間もない冒険者には下級回復POT5個くらいは無料で配れるんだけどなー……お兄ちゃーん! この子に回復POTあげてもいいかなー?」
少女は店の奥に向かって声を上げる。すると棚の陰に居た赤髪の男性店員、もとい少女の兄がこっちに来る。
「お兄ちゃんまたその棚見てたの? 飽きないねー」
「下級回復POTはこの店の人気商品、初心者から上級者まで買い求める物だから切らしちゃまずいからね」
その視線は下級回復POTの棚を見ている。本当に大丈夫かこの店。……いや、まだ店長がいるはずだ、この兄妹の親とか。
「で、このちびっ子に下級回復POTをあげるかだが、ダメだ。冒険者になって一週間かそこらなら分かるが、Lv38の中堅冒険者にやる薬は無いね」
下級回復POTを貰えないのは残念だが、それよりもちびっ子という言葉が俺の心に突き刺さる。確かに俺は今は低い、しかし元はお前らよりも高い身長なんだぞ。……少々弄ったけど。それに一週間かそこらなら分かると言うが――
「一応まだ登録して3日なんだけどな」
つい口から言葉が漏れる。小さかったから聞こえなかったと思ったが、少女は見事に拾っていた。
「嘘!? 3日でLv38まで上げてるの? あなたどれだけ無茶してんのよ!」
確かにリザードマンの群れや恐竜なんかに突っ込んで行ったりしたな。特に恐竜なんかは自分でも無茶をしたと思う。ゲームだからとか、死んでも大丈夫とか思ってつい突っ込んで行ってしまったが、よく考えてみるとあれは無いと思う。
しかし、俺だけがこんな無茶な事していると思われるのは心外だ。なんせ、俺はつい3日前にゲームを始めたばかりなんだから。
「いや、周りの人もそれぐらい上げてるから――」
「その周りが異常なのよ! 冒険者でも普通は一週間でLv20、それからまた一週間でLv30。それから二週間でLv40になるのが……まあ、一般的な冒険者のはず、なんだけど……」
確かに自分でも育つのが早いとは思うが、普通はそんなに遅いものなのか。それともPCはNPCよりレベルが上がるのが早い、とか。
しかしさっきからこの少女は俺の話を遮りまくるな。それに誤解も多分にしている。そろそろ声を大にして本当の事を言わないと、俺が借金をしている少女という誤解にさらに尾ひれ背びれがついてしまいそうだ。
「ところで、さっきから誤解しているようだから言っておくが、俺は高身長だ!」
狭い店内に俺の高い声が反響する。……言う事間違えた。