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宿屋の外に出ると、早朝だと言うのに辺りは人で賑わっていた。隣ではエレアが手で日光を遮りながら辺りを見回している。
「今日も良い朝やねー」
「……廃人ってのは、こんな朝早くから行動するもんなのか?」
「睡眠時間削って夜通しやる人も居るけど、このゲームじゃ夜は良い事無いから基本は早寝早起きやで。ただ吸血鬼とかは夜の方が出やすいから、それ狙うなら夜やな」
吸血鬼もいるとは、本当にファンタジーな世界だな。既にリザードマンやら恐竜やら見てるから、再認識した感じになるけど。これがアカリの言っていた夜限定の敵ってやつか。
「ちなみに吸血鬼を倒せば『吸血鬼』のセンスボックスが入手できるはずやで」
「エレア、タタりんにレクチャーしたいのは分かるけど、もうすぐ別れるんだからそんなドマイナーな事教えなくてもいいじゃん」
そうリンゴが言ったのを皮切りに、皆が俺の方を見る。少々遅れたが、別れの時が来た。
「まずは私からだね。短い間だったけど、楽しかったよ。お金の無駄遣いはほどほどにね」
「……ああ、大丈夫だ。買うような武器も防具も無いしな」
武器や防具は修理するのにもお金がかかる。値段は素材やどれだけ損傷してるかによるらしいが、俺は『無刀流』で武器を持てないし、魔法少女服で防御も十分足りている。それに布製の外套くらいなら安く済むはずだ。
「次は私から。約束は、次に出会ってお互い暇があったらになるようだ。それじゃ、また今度」
「その時はお互いに強くなってるから捗りそうだな」
約束というのは、竜の洞窟に向かう前に交わしたやつだろう。実は精神的に少しきついが、まあ許容範囲内だ。次に出会う時にはどんな敵でも狩れるように『拳』を鍛える必要があるな。……肝心の堅さの方は今の所レベルを上げる他無いけど。
「ワイからは、そやなあ……困ったら相談に乗ったるで。気軽にメッセージ送ってきな」
「ああ、そうさせてもらうよ」
なんだかんだ言って、エレアは普段はふざけているが、いざとなったら頼れる兄貴分だ。困ったら遠慮無く頼らせてもらおう。
「最後は俺だな。俺達はcβでは初心者支援レギオンだったんだ。俺達はこれから金を貯めて、cβと同じようにレギオンを作るつもりだ。それでだが、俺が思うにタタリはまだまだ初心者だ。エレアも言っていたが、困ったら頼ってくれ。……俺からはそれだけだ、頑張れよ」
「ああ、そっちも頑張ってくれ」
「勿論だ。それじゃあ、また今度会ったらよろしくな」
そう言ってギガントは人ごみの中へ消えていった。それにリンゴ、エレア、ウィンディが続く。きっとまた俺と同じような初心者を探すのだろう。
気持ちを切り替えて、早速防具屋に言って外套の修理と、道具屋で回復POTの購入だ。このレギオンに加入できなかったら早々にギガント達にメッセージを送る事になるかもしれないし、準備は念入りにしておかないといけない。
◆
「これの修理をお願いします」
防具屋の店主にそう言って、穴だらけの外套を渡す。昨日はリンゴに任せていたから知らなかったが、防具屋の店主はスキンヘッドであごひげを蓄えた大男だった。
「新顔か。……これはうちの外套だな。ってことはどこぞの冒険者のおさがりか。これくらいズタボロだと新調した方が良いかもしれんが、どうする?」
実はLv38の『格闘家』なんだが、さすがにこの外見からそれを連想するのは無理があるか。
「いえ、それの修理をお願いします。一応思い出の品なんで」
これが無ければ沼地で全裸を晒していたからな。別にこれじゃなくてもいいが、つい先ほどリンゴから金の無駄遣いを注意された身としては、使い捨てるのは気が引ける。
「思い出の品か。悪かったな、野暮な事聞いちまって。そうだな、半壊だから……3000ゴールドだ」
「はい、3000ゴールドです」
昨日お金を使い果たしていたから、晩にエレアから10000ゴールド貰わなければ足りていなかった。しかし、先に道具屋でリザードマンの素材を換金してからの方が良かったかもしれない。
「金は修理が終わったらでいい。このくらいなら30分くらいで終わるだろうから、道具屋でも行ってくるといい。駆け出し冒険者に防具と薬は必需品だからな」
そう言って店主は後ろにいる女の人に外套を渡す。そして続いて俺の方を見る。
「嬢ちゃん、いつまでもそこに居られると邪魔だからよ、さっさと道具屋に行ってくれ。30分後だったら夜でも明日でもいいから来てくれればいいからよ。勿論、開店時間中に限るが」
「す、すみません!」
そういえばカウンターの前にいるんだった。追い出される前に店の外に出る。
さて、30分後だと道具屋に少し長居するか、他で時間をつぶすか、はたまたレギオンに加入した後で寄るか……試験中に服が破けたらがまずい事になるだろうし、道具屋に少し長居することにしよう。道具屋に寄るのは初めてだし、色々楽しめるかもしれない。