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『砂の大海原の攻略情報まとめ板』を見れば、平均的な堅さは30で奥地でも同じくらいみたいだ。この程度なら『剛拳』を使えば十分足りる。注意事項として、巨大なサソリや芋虫が出ると書かれている。サソリはともかく芋虫は虫が苦手でなくてもトラウマになりそうだ。
あと、そろそろ木製の武器から石製の武器に変えた方がいいらしい。と言っても、俺は武器を持てないが。
「あ、そういえば釣竿買ってなかったな。買っておくか」
大海原の名前は伊達じゃなく、砂に釣竿を使えば湖や海と同じ感覚で釣りができるらしい。鱗が鉱物でできた魚もいれば、海で釣れるようなイカとかも釣れる所がファンタジーだ。俺の『釣り』が活かされるかもしれないから、釣竿は購入しておいて損は無いはずだ。
ついでに包丁も買って、釣った魚を刺身にすれば『料理』も上がって一石二鳥、食べれば腹も膨れて一石三鳥だ。ハンバーガー同様、不味くなりそうだがそこは仕方ないと割り切ろう。レベルが上がるまでの辛抱だ。
◆
続いて『レギオン募集板』を確認して、募集しているレギオンにメッセージを送る。これはレギオンに加入するのに必要な事であり、手は抜かない。テンプレートに沿って、抜けている所は無いか、間違ったところは無いか、推敲を繰り返す。
「頼むぞー」
出来が良いと思った文をレギオンに、「頼む」だの「お願いします」だの言いながらメッセージを送る。これを繰り返す事数十。帰ってきたのは僅か5通。内4通は断りのメッセージで、「格闘家だからダメ」だの「地雷を入れる余裕は無い」等手厳しいものばかりだ。
「よし!」
そして残る1通には「明日の朝9時、砂の大海原にて入団試験を行う」と短い文が書かれていた。入団試験を受ける事ができた。これには思わずガッツポーズをしてしまう。
しかし入団試験に落ちてしまったら、また『レギオン募集板』を確認してメッセージを送る事になる。入団試験が何かは分からないから、準備は怠らない方が良いだろう。例えば外套を直したりとか、回復POTや食糧を多めに持っていくとか。もしかしたら格上のモンスターと戦わされるかもしれない。
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そしてここからが問題だ。これから俺は魔窟に自ら飛び込む。これは別に飛び込まなくてもいいのだが、例えそれが悪評でも、自分がどう言われているか知りたいという好奇心には勝てない。
そしていざ、たった一日でPart30にまで続いた『パン屋の幻影少女雑談板』を見る。最新のコメントはどうやらエレアのものみたいだ。俺の擁護をしてくれていると助かるのだが。
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703 名前:EREA
ダメージを受けると服が脱げる仕様
※確認済み
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そっと画面を閉じる。
そして布団を抜け出す。
目の前にはニヤニヤして画面を操作するエレア。
気付かれないように『剛拳』もかけず、『強打』も使わずに、後頭部目がけて拳を叩きつける。
◆
頭から血を流してるエレアに『ヒール』をかける。
「『ヒール』」
回復したエレアは起き上がって抗議する。
「急に何すんの!?」
「雑談板、704」
するとエレアの顔が急に青褪めていく。思い出したら『強打』って言ってあったし、さらには掲示板に書き込まれている。これにはさすがの俺も『剛拳』かけてもいいと思う。
「じゃあ、『強打』いくぞ。上手くいけばオーバーキルだ」
「ひいいい」
エレアは情けない声を出して俺から遠ざかる。オーバーキルがどういう感じかは分からないが、痛みを感じる間もなく復活の神殿送りになると思う。そこへギガントが横槍を入れてくる。
「おいおい、宿屋で殺人は勘弁してくれ。フレダさんに何て説明すればいいのか分からんぞ」
「じゃあこの拳はどこに向ければいいんだよ」
「俺にはやめてくれよ」
そう言うとギガントは両手を上げて布団に潜る。……マジでこの行き場のない握り拳どこに向けよう。と言ってもエレアしかいないわけだが。そこへリンゴが声をかけてくる。
「ねー、タタりん」
「ん? なんだ、リンゴ」
「さすがに勘弁してあげなよ……10000ゴールドくらいでさ」
「あのー、10000もあげたらワイの分の分け前が0になるんちゃう?」
考えてみれば、明日は色々金が必要になるだろうから、殴るよりも金を貰った方がいい。エレアが何か言ってるが、聞こえない。
「よし、じゃあそうしよう」
「ワイに拒否権は無いん?」
さっと拳を顔の前で握りしめ言う。
「『強打』の方がいいか?」
そう言うとエレアは無言で交換画面を出して10000ゴールドを差し出してくれた。
「はー、せっかくの臨時収入が……」
交換(と言っても俺が一方的に貰ったが)を終えると、エレアはぶつくさ言って布団に潜っていった。臨時収入ってなんだ?リザードマン狩りで得たゴールドとかか?
そうこうしている内に、ふと窓の外を見れば太陽が少し出ていた。どうやら、最後の晩もいつもと同じような感じだったようだ。
肝心の渾名の方はまだ見てはいないが、別にわざわざ見るほどのものでもないかもしれないから、また後日見ようと思う。