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――始まりの都『アガレス』 復活の神殿
気が付いたら復活の神殿にいた。『竜の洞窟』で頭から丸のみされた事を思い出すと、吐き気が込み上げてきた。
……今の俺は、きっと顔も真っ青の全身真っ青魔法少女なんだろうな、とくだらない事を考え、込みあがってくる吐き気に従って胃の中の物を吐こうとする。しかしいくら待ってもゲロは出ない。吐き気はするが、出せなくてもどかしい。
吐き気のことは諦めて、さっさと神殿を出て日の光を浴びようと足を動かそうとするが、足に力が入らない。壁伝いにゆっくりと神殿から出ようとして、壁にもたれかかりながら立ち上がり、神殿を見渡してしまう。
神殿内には色んな人がいた。口の中に手を突っ込んで吐こうとしている青年、膝を抱えて体育座りしながら震えてる女の人、俺と同じように、壁伝いに神殿から出ようとしてる人。……みんながみんな、死の体験をしてここに居るようだ。
神殿から出て、そのまま近くの壁にもたれかかりながら、そういえば、死んだらお腹も一定量までしか回復しないんだったな。と思いだし、道具袋の中のパンにかじりつく。ハンバーガー用に、と買って余ったものだ。パンを飲み込んで腹を膨らませる。吐き気のせいでなかなか飲み込めなかった。
アガレスに着いたことと、宿屋に向かう事を伝えるためにギガントにテルを送る。
「アガレスにつきました。C級宿取っときます」
「早いな。こっちはあと1時間ぐらいかかりそうだ。その間道具屋で次回の狩りに必要になりそうな物とか、パン屋でパンでも買っといてくれ」
「今すぐにでも休みたい気分なんだ。悪いが、宿取っとくよ」
「……そうか、こっちこそ悪かった。ゆっくり休んどけ」
思わず口調が荒くなる。しかし了解はとれたので地図を見ながらC級宿に歩いて向かう。ああ、道具屋で吐き気止め売ってるかもしれなかったな……。まあいいや。
◆
――始まりの都『アガレス』 C級宿屋
宿屋の受付ではフレダさんが受付をしていた。他の冒険者の相手が終わり、入口にいる俺に気付くと、手招きしてきた。
「嬢ちゃんか。泊りかい?」
「はい。5人部屋でお願いします」
「まだ昼だから止まるなら追加料金貰うけど……いいかい?」
フレダさんに追加料金――一泊するのに必要な代金の半分と、一泊の代金を払う。勿論5人分。
「ほら、部屋のカギだよ。昨日と同じ部屋だから勝手は分かるね?」
「はい、大丈夫です」
「ああ、それと」
部屋のカギを受け取って部屋に向かおうとしたところでフレダさんに呼び止められる。
なんだろう。こっちは早くベッドで休みたいというのに。
「顔が青いから、風呂入って温まってから寝たらいいよ」
「……ありがとうございます」
ああ、そういえば風呂に入って汚れも落とさないとダメか。心労で気付かなかったが、服の中は泥でベチャベチャだ。どうやら、死んでも汚れはそのままらしい。心配してくれた事に対し礼を言い、改めて部屋に向かう。部屋は3階の5号室。階段を上るのが一苦労だが、体力は風呂やベッドに入れば回復できるので我慢する。
◆
部屋に入ってすぐに脱衣所へ向かい服を脱いで道具袋に入れる。服の中は泥でベチャベチャに汚れていた。恐竜に丸のみされるというのは普通なら失禁モノだが、現状は吐き気もそうだが一部の生理現象は無いようで、喜んでいいのか悲しんでいいのかわからない。
まずお湯で泥を流し、リンゴ達に教えてもらった洗い方で体と頭を洗う。この行為に羞恥心は無い、というよりも今はそんなこと意識していられるほど余裕は無い。
リンゴも言っていたが、俺の髪は短くて洗いやすくて良い。お湯で頭と体についた泡を流して、浴槽にゆっくりと入る。ベッドとはまた違った気持ち良さが緊張した俺の体と心をほぐしていく。
「ほふー」
気の抜けた声が口からもれる。すごく気持ちいい。こんなに幸せな気持ちになれる風呂なんて、現実ではどこを探しても無いと思う。『VR機で楽しむ温泉旅行』とか売れないかな……。いや、感覚を繋げるのって結構高度な技術が必要なんだっけ。じゃあ無理かな……。売れると思うんだけどなー。
道具袋から魔法少女服と外套を出して洗おうとしたが、付いていた泥はお湯で流したらすぐに取れた。材質は布じゃないのかな。表面を触ってみてもぬれておらず、いつも通りの手触りだった。……よく見れば外套にところどころ穴があいているようだ。明日、防具屋で直してもらおう。そして魔法少女服と外套を道具袋にしまい、ゆっくり風呂を堪能する。
30分かそこら経つと、心も体もだいぶリラックスできたようなので、頭と体をふいて、肩にタオルをかけて風呂場を出る。そしてそのままベッドに向かって倒れ込むように横になる。風呂も良かったが、ベッドもまた違う良さがある。ああ、気持ちいい……。
派手に動かなければ倒れ込んでいるだけで布団に潜らずとも休めるという新発見に心を震わせ、ギガント達が帰ってくるのを目を閉じて待つ。