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ピンポーン。
朝っぱらから鳴り響く機械音。
近所迷惑にならないのだろうかとヒヤヒヤしている俺をよそに、心太郎はわくわくしながら扉からちょっと離れたところで待つ。
しばらくすると玄関から一人の青年が顔を出してきた。肩まで伸ばした茶髪、目を開けているかわからない細目。「漢魂」とよくわからない言葉書かれているシャツを着ている。この人がこの家の主、ハム兄さんこと岡本公彦だ。
「やあ。おはよう、崇君、心太郎君、茜ちゃん」
「おはようございます!」
「おはよーございまーす」
「はよっす」
心太郎は朝だというのに大きく挨拶し、茜は間延びした感じで、そして俺は色々略した挨拶をする。
「うんうん。みんな元気良いね。それじゃ、あがってあがって。10時まで計画を練ろう」
計画とはついさっき心太郎と茜が話していた事だろうか。一体何を企んでいるのやら、と、そんな事を思いながらハム兄さんの家にお邪魔する。玄関から入って、最初に見える部屋にはVR機がチラッと見えた。
◆
「さ、好きな所に入って」
早速1番機に入ろうと扉を開けようとするが開かない。内部から鍵をかけられているようだ。ガチャガチャと開けようとすると中から声が聞こえてきた。
「悪いな祟る。1番は俺のものだ」
「なんで密室なのにお前が入ってんだよ」
1番機にはいつの間にか心太郎が入っていた。テンションの高さは高位の瞬間移動まで可能にするのだろうか。俺は諦めて2番機に入る。いや、どこでもいいんだけどさ。
3番には茜が、4番にはハム兄さんが入る。会話は専用の会話ソフトを使っているので、わざわざVR機を出る必要は無いらしい。
中に入ってVR機を起動すると、狭いVR機の中から一転、会議室のような空間に立っていた。さすがVR機、リアルだ。
「じゃあ、早速Wikiを見て、今後どう動くかを決めよう。茜ちゃんや心太郎君はcβテストに参加していたから分かるだろうけど、崇君は参加していなかったからね」
ハム兄さんによれば、茜もcβテストに参加していたらしい。心太郎のような異常ではないようだが。
Wikiと言うのは、攻略サイトのようなもので、色んな人が情報を書いているウェブサイトだ。
色んな人の中には荒らしも含まれ、攻略情報を見ようとしたら出会い系サイトに繋がった、というものもある。……俺も何度かひっかかったことがある。それにしてもVR機の中でパソコンをするとはどういう仕掛けなんだろう。企業も採用してるらしいが、何かおかしい気がする。
「ハム兄さん、崇がWiki見てる間公式掲示板見てていいか?」
「んー、まあ僕と茜ちゃんが崇君に説明してる間ならいいよ。ただし、後でちゃんと参加してね」
「はい!」
そういうと心太郎は公式掲示板を開いたんだろう、食い入るように見ている。時折、パソコンにキーボードを打ってなにかを書き込んでいる。
「じゃあ、早速このゲームについて説明しようか。このゲームの名前はSense And Madness Online。Madnessなんて恐ろしい名前が付いてるけど、実際は剣と魔法のファンタジーなゲームだ。まあ、そう時間も無いし、世界観についてはゲームをやりながら触れるとしよう。人間の時間は有限だからね」
ハム兄さんは会議室の壁にかかれている時計を指さす。今は8時30分。家を出たのが7時30分だから、もう1時間も経っている事になる。そして残りは1時間と30分。その間に計画とやらを練って、10時のプレイに備えるというわけだ。
◆
「じゃあまず【初心者のススメ】のキャラ作成のススメという項目を見よう。30分もあればだいたいわかるはずだ」
ハム兄さんの指示通りに【初心者のススメ】という項目を見る。
ずらりと並んだ文字列にちょっとばかり驚くが、スクロールして見ると意外と少ないようだ。不必要な情報は削っているのだろう。
キャラ作成のススメという項目を見ると、"センス"という見慣れない単語が書かれていた。例を見れば、『大剣』のセンスがないと大剣を器用に扱えない、力任せに振る事しかできないといった感じらしい。職業も公式では"職業センス"という呼び名のようだ。
プレイヤーはキャラクター作成時に3つのセンスを選んで、それで職業の方針を決めるらしい。
近接物理職は戦士志望なら『大剣』、『重装備』、『スタミナ』のセンスがオススメのようだ。特に『スタミナ』の所には「※重要※」と書かれている。解説には技を連発するのに無くてはならないSPの量を増やすと書かれている。スクロールしていくと、ほとんどの物理職に『重装備』と『スタミナ』が書かれていた。
魔法職も似たような感じで、『重装備』が変わらず書かれているが、武器の欄は『杖』、『スタミナ』が書かれていたところには『マナ』と書かれている。『マナ』も「※重要※」と書かれていて、魔法を使うのに必要なMPの量を増やすと書かれている。物理も魔法も何か消費して戦うってのが一般的なのかな。
生産職は項目さえあれど、初心者にはオススメできないという理由で書かれていなかった。
「それにしても、なんかやたら重装備押しじゃないですか?」
「重装備は重いけど、その分堅いからね。軽装備や標準装備は防御力の倍率が低く設定されてるから、完全に重装備の劣化って感じだからね」
cβではフルプレート着た戦士がそこらじゅうで大剣振り回していたらしい。動きが鈍くなるとかそんなデメリットありそうなのにな。
「……ゲームとは言え、魔法使いが重装備っていうのはおかしくないか?」
「うん、まあ、ゲームだからね。でも、オープンβではどうなるかわからないよ。噂では、重装備にデメリット追加と、軽装備にメリットが追加されるらしいからね」
「それじゃあWikiより公式ページ見た方がいいんじゃないですか……?」
「まあ、前のテストの情報とはいえ、役立つこともあるさ。……そうそう、センスは3つまで選ぶことができるんだけど、ランダム選択ってボタンを押せば5つまで取得できるんだ。ただし、ランダムだから死にセンス5つとかも有りうるけどね。それでオススメはされてないんだけど」
つまり堅実に3つのセンスを選択するか、運試しも兼ねてランダム選択を選ぶかってことだ。ランダム選択の中には通常では選択できない希少才能というものもあるらしい。希少なだけで役に立たないセンスもあれば、公式チートと呼ばれるような凄いセンスもあるそうだ。
◆
「次にステータスの説明だけど、時間も無いから自分で調べといてくれ。うん、丁度1時間前だね、心太郎君、そろそろこっちにきてくれ」
そう言ってハム兄さんは俺が使っていたパソコンに手で触れると、何かしたのだろうか、パソコンがふっと消える。……不思議だ。
会議室の壁にかけられている時計を見ると、丁度9時になっている。たしかに丁度1時間前だ。
「は、はい。ちょっと待ってください。あと30秒……」
心太郎は何か書き込んでるようで、若干興奮しながらキーボードをカタカタしている。何か気にする事でもとか言われたのかな。時刻は9時1分だ。