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求婚≠ロマンチック!? 【グラオベン大陸恋物語 短編集】  作者: straightree
第四章 〜仮面のゴンドリエール〜
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 オルテンシアは木箱の影に身を潜め、溜め息を吐いていた。

 ――なんで乗って早々に会っちゃうの……。

 まだ出航もしていない。ガンヴィッロの港と定期船を繋ぐ渡し板さえかけられたままだ。

 向こうを窺っていた身体を戻し、木箱に背を預け座り込む。立て膝のまま膝の間に頭を落とし、我が身のツキのなさを嘆いた。

 何故この場にいるか説明を求められたら、答えに窮する。正直に言わせてもらうなら、まずオルテンシア自身が自分の嘘に振り回されてしまっているのだから。

『……そろそろ潮時だよ、オーリ』

 昨日、トマソに助言と忠告を受けた最後にそう言われた。思わず櫂で水を押す手を止め、トマソを見下ろす。

『もう一年が経つ。いくら低い声を出しても胸元を隠しても、君は女の子なんだ。成長することは止められない』

 そんなことはオルテンシアにもわかっていた。胸にも尻にも脂肪がついてきて、アルベロと一対の彫刻のようだった身体は変化を早めている。声に艶だって出てきてしまったし、反対に喉仏はいつまでたっても出てこない。

『わかっているだろう? それに俺は君がゴンドリエールになりたかったことも知っている。最近の君は、自己満足のためにゴンドラに乗っているような気がしていた』

 耳を防ぎたい衝動を抑え込み、オルテンシアは聞いていた。実際どこか欲望の部分がそれを真実だと高笑いしながら告げていた。

『約束してくれ。この件が片付いたら、ゴンドラを降りるんだ。君はアルベロじゃない。君の人生を生きなければアルベロに失礼だよ』

 そう言いながらもトマソは協力してくれる。

 何となく鬱々としながら船に乗り込んで、荷物を置いてすぐに甲板に上がった。

 三日間、船底の船室に身を潜めていれば良かったと思っても後の祭。

 オルテンシアはガンヴィッロを出るのもこの船に乗るのも初めてで、仮面祭カーニバルとは違う別の、知的好奇心を満たす楽しさに逆らえなかったのだ。

 ……なんであいつ大人しくしてないのよ!

 自分を棚に上げ憤ったオルテンシアは目にした光景にはぁっと深く肩を落とす。

 コラッジョーゾは何故か船員に混じって働いていた。

 心底面白そうに荷物を運んでいるのを目の当たりにし、驚愕したのだ。彼は貴族の筈だった。

「まぁトマソだって働いてるけど……って見咎められたら何て言えばいいの?」

 なお悪いことに船底へ降りる階段はコラッジョーゾが動き回る甲板の向こうにある。頭を抱え、オルテンシアは悩み――。

「何をしてるんだ?」

「放っておいて。考え事を……っ!?」

 頭上からかけられた声に生返事をして、途中で言葉につまった。聞き覚えのある声に身体が一瞬で硬直する。

 恐る恐る見上げ、オルテンシアは蒼白になった。

 背後に映る曇った冬空よりも明るい空色をした瞳と目が合う。そこに訝しさよりも興味深そうな煌めきを見出だし、狼狽した。

「そんなに俺と離れがたかったか? 男は趣味じゃないんだが」

 にやっと引かれた口角に、一瞬で頭の中から指の先まで血が巡って来た。

「馬鹿を言うなっ! 僕は――」

「アルベロ、密航じゃないよな」

 すっと瞳を強く光らせ、コラッジョーゾはオルテンシアを見据える。思わぬ強さに身が震える思いを味わいながら、それでも真っ直ぐに見返した。

「ちゃんと通行証もあるし、別に密航なんてしてない。ちょっと用事でルチェーナに行くだけだよ」

「その通行証を見せてくれるよな?」

 伺う形の言葉に抗えない力を感じて素直に頷く。

「下の、船底の部屋にあるよ。取ってくる」

「一緒に行こう」

「疑ってんのか?」

「まぁ、平たく言えばそうなるな。こんなに急にルチェーナに向かうんじゃ疑ってくださいと言わんばかりだ。昨日俺が言った話と何か関係があると思うくらいにはな」

 ぐっ、とつまったオルテンシアには構わず、コラッジョーゾは木箱を回り込んだ。強い力でオルテンシアの腕を掴むと立ち上がらせる。

「ちょっ! 離せよっ!」

 腕を振りほどいて顔を背けた。

 そうした態度を取れば疑いを深めることは頭では理解していたが、意識すればする程ぎこちなくなってしまう。指先まで操り人形になってしまったかのようだ。

 意思に反する身体に不意に泣きそうになる。

 ここで定期船から下ろされてしまえばおしまいだ。アルベロがゴンドラから落とされた詳しい理由も犯人の顔も見られず戻ることになってしまう。

 折り合いをつけられないまま時が経つことを甘んじて享受出来る程、オルテンシアは大人ではない。

 ――こ、怖がることなんてないわよっ!

 震える膝に内心文句を言いながら、オルテンシアは顔を背けた格好で言い訳を口にした。

「ぼ、僕は、トマソに通行証を貰ったんだ。ルチェーナで……その、用があるんだけど。目の離せない患者さんがいるし」

「トマソ殿が?」

 用があるのはオルテンシアだ。けれど、その理由を話すにはまた嘘を吐かなければならない。

 通行証兼身分証明書をガンヴィッロ卿から貰ってくれたのはトマソだし、母ジェンマを見ていて欲しいと頼んだ以上彼はきちんと世話をしてくれる。

 しかし、これ以上嘘を広げて何になる。だから問いを否定も肯定もしないでいると、コラッジョーゾがいぶかしむように眉を寄せた。

「別にだから僕はやましくなんかないし、あんたにはそもそも関係ないだろ? 通行証は見せるから僕を放っておいて」

「……ともかく、見てからだ」

 仕方なく連れ立って歩きながら、横目でコラッジョーゾをちらりと見た。

 厳しさの垣間見える凍えるような冬空の瞳は、よく晴れた日がとてつもなく寒いのを現しているかのようだ。背が高く、横顔は程よく整っていて、詰襟の隊服が嫌みなく似合っている。

 ……っていうか二面性ありすぎやしない?

 少なくともトマソの診療所で姿勢を正すまで、切れ者という噂が信じられなかった。先程のように、笑えば全くの別人にしか見えない。

 ――笑っててくれればあたしも話しやすいんだけど……あれ? えと、別に話したいわけじゃないわよ。周りにこんな怖い人いなかったから……。

 オルテンシアの親しい男性はどちらかといえば柔和な者が多い。アルベロはそもそも同じ顔だし、トマソは穏やかだ。父はその中でも厳しい方だが、でもゴンドリエールの仲間内では人当たりが良いと言われていた。

 オルテンシアはそもそも男性と親しくすることに慣れていないのだ。

 十四年間、隣は常にアルベロの居場所だった。仮面の交換すら毎年アルベロとしてきた。

 大切な、今はどこに居るのかわからない、オルテンシアの半身。

 ……そうよ! ここでコラッジョに怯えて引き返すわけにはいかないわ!

 何故アルベロは水路に投げ込まれなきゃいけなかったのか? それを知る機会を逃してなるものか。

「――ベロ? アルベロ!」

「え、あ、なに?」

「ぼうっとしてると階段から落ちるぞ」

 既に階段を一段二段降りていたコラッジョーゾが同じ目線の高さから覗き込む。苛烈な瞳に尻込みしかけた己の足を叱咤し、オルテンシアは持ち前の性格を取り戻した。

「僕は落ちても無傷だ。あんたが下にいるからな」

「下敷きにされるつもりはないぞ」

 小さく、凝視していなければ見過ごす程、本当に小さく笑って、コラッジョーゾはまた階段を降り始めた。

「――僕は貴族が嫌いだからな。絶対に道連れにしてやる」

 そのささやかな笑みに一瞬気をとられ、オルテンシアの返答が一拍遅れる。壁に手をつき、コラッジョーゾに応じると、足早に降り追い越した。

 その背に懐疑そうな声が降る。

「お前、二言目にはすぐそれだな。貴族が嫌いならトマソ殿はどうなんだ?」

「トマソは別だ」

 間髪入れずにオルテンシアは答えた。

 ――トマソを他の貴族と一緒にしないで!

 煮えくり返った内心を隠さず、振り返ったオルテンシアの目をコラッジョーゾが覗き込む。

「だったら……何故貴族が嫌いなんだ?」

 ――アルベロが貴族に水路に投げ込まれたからよっ!!

 理由は至極簡単だが、それを言うのは難しい。

 まず第一にコラッジョーゾはアルベロのことを知らないし、オルテンシアがアルベロ本人だと思っている。

 第二にコラッジョーゾは貴族だ。それだけで信用に値しない。

 何より、これから犯人に会いに行くのだ。ポロッと溢して疑いを持たれたり、拒否されては元も子もない。

「貴族と何かあったのか?」

「……あんたには関係ない」

 オルテンシアの様子から何かを感じ取ったのか、コラッジョーゾが口にした疑問を肯定も否定もせず、固い声で応じる。

「ま、関係ないのは事実だが……」

 呟いたコラッジョーゾを見事に無視し、再び階段を降り始めたオルテンシアは心中で自らを罵った。

『秘密を抱え込むにはオーリは素直に顔に出し過ぎるから、気を付けるんだよ』

 そうトマソに忠告された。しかも先程、船まで見送ってくれた時に。

 ――特にこの男には注意しなきゃだめよ、オルテンシア。

 陽気さはゴンドリエールをする上で悪いことではない。だからといって、誰彼構わず話をするのは避けたほうが無難だ。

 船底に降り立ったオルテンシアは幾つかある船室のひとつの扉を開ける。どの船にもあるような一部屋に四人を収容する船室だ。狭い二段の寝台の上段がオルテンシアに宛がわれた三日間のささやかな居場所になる。

 いくらトマソが許可証をくれたからといって、金もないのに広い部屋を傍若無人に使うつもりはオルテンシアにはなかった。

 だから空いていた一番粗末な部屋に入れてもらった。オルテンシアとコラッジョーゾと、たった二人が入るだけで窮屈に感じるような船室だ。

 背にコラッジョーゾの視線を感じながらも、梯子に手をかけ、機敏に登る。

 梯子に身体を寄せたまま、がさごそと色褪せたザックを探り、目当ての物を取り出した。身体を半分捻って、オルテンシアはその手に持つ物をコラッジョーゾに渡そうとし――。

 途端、揺れが変わる。

 オルテンシアは常にゴンドラの上にいる。平衡感覚は良い方だ。

 梯子から落ちかけたオルテンシアは咄嗟にぐいっと寝台のカーテンを掴んだ。間一髪、どうにか落ちずに済み、息を整えて下を見る。

 コラッジョーゾが両腕を受け止めるように構えたまま、気恥ずかしそうに咳払いをした。

「……落ちるかと、思ったからな」

「下敷きにしそこね――っ!!」

 からかいを最後まで口にすることが出来なかった。

 ビリッビリビリッ、と嫌な音をたててカーテンが裂ける。まさか、と思った瞬間にはオルテンシアはコラッジョーゾを潰していた。


「船が出たみたいだな」

 胸に抱くオルテンシアに頓着せずに、コラッジョーゾが呟いた。

 成る程確かに船が波を分ける気配がする。ゴンドラよりも波を殺せない船は揺れが激しい。

「ご、ごめん! どこもぶつけてないか!?」

 慌てて起きたオルテンシアはたたらを踏んで梯子を掴み、コラッジョーゾを見下ろした。

「特には。――……お前が軽くて助かった」

 別段痛みを感じる風でもなく立ち上がったコラッジョーゾは、腰を屈めると揺れにあわせて転がった巻き紙を拾う。するするとそれを伸ばし、怪訝な顔をした。

 空色の瞳が鋭いものへと変化する。

「これは、通行証でも身分証でもないようだが」

 翻された紙はあろうことか、牢内の囚人への面会許可状だった。

 顔からさぁっと血の気が引く。

 間違えた、と悟ってももう遅い。

「どういうことか説明してもらえるんだろうな?」

 詰め寄られた訳でもないのに冷や汗が背中を伝うのがわかり、粟立った。

 ――ど、どうしよう! なんて言えば……!?

 思考は無駄に空転し、良い考えどころか助けにならないくだらないことばかりが切れ切れに浮かぶ。視線をあちらこちらに飛ばし、逃げ道を探すも、そもそもここは船の上だ。ガンヴィッロならば水路を駆使してまけただろうが、退路を断たれたも同然の船で、コラッジョーゾから三日間逃れるのは不可能に近い。

 しかも、牢はコラッジョーゾが長を務める公都警ら隊の牢なのだ。万が一、逃げ切ったとしても、牢を押さえられては意味がない。

 ――なんとかごまかさなきゃ!

 瞬きよりも短い時間で思い至り、オルテンシアは薄らと微笑わらった。

 まさか微笑まれるとは思わなかったのだろう。軽く空色の瞳を見開いて身を引いたコラッジョーゾの手からオルテンシアは素早く面会許可状を取り上げる。

「アル――っ!」

 だが、伸ばされた手は何故か虚空で躊躇うように止まった。

 その隙を逃さず、梯子に足をかける。ザックをかき回し、今度こそ目当ての物を手に慎重に足を降ろしかけ――。

「危ないっ!!」

「うわっ!?」

 踏み外した。


 動揺していたのは間違いない。

 ……だからって二度も落ちるなんて!

 しゅん、と項垂れたオルテンシアは自分が下敷きにした人物のことを完全に忘れていた。

「……アルベロ、どいてくれ」

 心底呆れきった声音で呟かれる。恐る恐る顔を上げると苦く顔をしかめた衝撃吸収材コラッジョーゾと目が合った。

「えっと……わざとじゃないんだ、ごめん」

「いいから、どいてくれ」

 辛抱強く繰り返したコラッジョーゾは、オルテンシアが上から退くと一瞬引きつったような動きを見せる。

 怪我をしたのだろうか。

「ごめん! どっか打った!? 骨とか折れてない!?」

 おろおろとオルテンシアは声をかける。狼狽え、思わずコラッジョーゾの肩に手をかけた。

「……いや、脇を打っただけだ。心配するようなものじゃないが、気を付けろ」

 その手をやんわりと払われる。

 ドンッ――と心臓が強く音をたてた気がした。


本物の水の都、イタリアのヴェネチアでは実は女の人もゴンドラを操船しているらしいですよ。彼女たちはゴンドリエーラと呼ばれるそうです。ちなみに男の人はゴンドリエーレです。受け売りです、笑。九月(だったかな?)にはゴンドラのレースも開催されているみたいです。見てみたいですね! では、恒例ですが、お気に入り登録ありがとうございます! ユニークもあとちょっとで2000人に……っ! 嬉しい! では次話もよろしくお願いします。


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