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求婚≠ロマンチック!? 【グラオベン大陸恋物語 短編集】  作者: straightree
第四章 〜仮面のゴンドリエール〜
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お気に入り登録ありがとうございます。第三話です。どうぞ!

 トマソの診療所は市街地に近い裏町にある。オルテンシアの家とも近い。

 ……だったら乗っけたところの方が近かったのに。早く言ってくれれば。

 ゴンドラで逆走は出来なくもないが禁じられている。仕方なく大運河を行き交う舟の間を縫って、隣の水路に移動した。途中すれ違った知り合いのゴンドリエールに片手を上げて挨拶し、オルテンシアは水を押す。

 コラッジョーゾが物珍しそうにきょろきょろと周囲を見回しているのに内心笑っていると――。

「で、なんでお前は昨日ドレスなんて着てた?」

 視線だけは周りへと飛ばしながらコラッジョーゾが心底不思議そうに疑問を投げ掛けてきた。まさかあれが本来の姿だとは言うわけにはいかず、オルテンシアは迷う。

「ふ、双子の――……」

 ついそう言いかけ、口ごもった。

 最初のように関係ないと切り捨ててしまえば良かったのだ。

 余りに無邪気に聞かれたので答えてしまった。自分の迂闊さに腹が立ち、嘆息することも出来ない。

 勢い良く振り返ったコラッジョーゾは、驚きもあらわに瞠目する。まじまじと見つめられ、オルテンシアは言葉をなくした。

「双子? お前は双子なのか。そのきれいな顔が二つあるとは驚嘆だな! 実に興味がわくね」

 先を促すように首を傾げられ、仕方なくこの一年使ってきた言い訳にちょっとした変更を加えて口にした。

「双子の姉と入れ替わってみただけだ」

 オルテンシアと始終顔を合わせている者はアルベロが、水路に生活の糧を持つ者はオルテンシアがいなくなったと思っている。通常オルテンシアは双方に、気落ちした母ジェンマの為にこんな格好をしている、と弁解していた。それは一部は確かに事実だったので、誰一人疑う者はいない。

 だが、コラッジョーゾはガンヴィッロの人間ではない。双子の片方が行方知れずとは知らない筈だし、いちいち説明する事でもなかった。まして、追究されでもして女の身でゴンドリエールをしていると知られたら、司法を仕事にしているコラッジョーゾのことだ。

 誤魔化すのが得策、とオルテンシアはあっさりと判断した。

「よく昨日のが僕だってわかったな。オーリと僕は鏡で見たみたいにそっくりなのに」

 一度言葉に出してしまえば後は脳を通すことなくぺらぺらと口上が口をつく。そもそも、普段からこうして周囲を言いくるめていたから至極簡単だ。

 コラッジョーゾに対してはさして罪悪感も感じず、オルテンシアは前方を見ながらゴンドラを操った。

「あのトマソだって最初はオーリと勘違いしたのに、一体どうしてわかったんだ?」

「俺の顔を見てあれだけ衝撃を受けられちゃな。じゃなきゃ気付くわけもないだろう? ゴンドリエールは男の仕事だし、全く女の子にしか見えなかったしな」

「…………それは褒め言葉か?」

 振り向かないまま肩を竦めたコラッジョーゾに舌を出しかけ、ふと気付く。

 もしアルベロだったら確かに皮肉でしかない。そして多分、そのつもりで口に出しているのだろう。

 だが、オルテンシアは自分の頬に昇る熱さに気付いてしまった。思わず顔に触れてしまい、ゴンドラの動きが遅くなる。

 波立つ舳先がぶれたことに目を止めたコラッジョーゾが振り向く前の一瞬、オルテンシアは水面に写るゴンドリエールに目をやった。

 ゴンドリエールは何故か微笑みを浮かべているように見えた。


  †  †  †


「――それで彼をここに連れて来たってわけかい?」

「あの……いけなかった? やっぱり、大運河に送り返した方がいい?」

 渋い顔をしたトマソにオルテンシアは不安になる。

 トマソの診療所の居間兼診察室の椅子には、コラッジョーゾが優雅に長い足を組んで座っていた。隣室でひそひそと話し合う二人を気にした様子もなく、オルテンシアが入れたお茶を飲んでいる。

 ちら、とその姿に視線をやってトマソが小さく溜め息を吐いた。

「今さらだよ、オー……アルベロ。気を付けなきゃいけないだけだ、今みたいにね」

「……だね」

 居間に戻るトマソの背を見ながら、オルテンシアは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 トマソには世話になっている。アルベロの身代わりが出来るのもトマソが全面的に協力してくれるからだ。それだけではない。悩みだって聞いてくれるし、母の主治医や元雇い主だけではなく、もはや兄のような存在だった。

 それはアルベロにとっても、だったが。

 トマソを追って居間に入ったオルテンシアは、さてどうしたものかと二人を見比べる。

 このまま次の客を探しに行っても大丈夫だろうか? 争う心配はしていないがコラッジョーゾを連れて来てしまったのはオルテンシアの責任だ。

 立ち尽くしたままのオルテンシアにトマソが気付いた。

「アルベロ、座らないか? そんな風に突っ立ってるものじゃないよ」

 鳶色の瞳を穏やかに細めたトマソに誘われるように隣に椅子を運ぶ。

 伏せていたカップを翻しコポコポとお茶を注いだトマソに笑顔を見せて、オルテンシアは一息つくことにした。実際、朝から立ちっぱなしだったから、休憩は大歓迎だ。

 ――あったかーい! 幸せ!

 両手でカップを包み込み、ほぅ、と幸福な溜め息を吐いたオルテンシアは、コラッジョーゾが自分を見つめていることに気付いた。

 空色の瞳に懐疑的なものを感じ、首を傾げる。

「なに?」

 低く聞いたつもりだったが、やや高い声になってしまった。視界の端でトマソが眉間にしわを寄せているのを見て、慌てて言い直す。

「なんで僕を見てるんだ。あんたトマソに用があるんだろ?」

「こら、アルベロ。そんな口をきくものじゃないよ? ブリストラ殿に対して失礼だろう」

 散々渋い顔をしていたことなどお首にも出さず、トマソがたしなめる。昨夜から言われてばかりだが、全て自分が迷惑をかけている自覚があったので、オルテンシアは素直に謝った。

「ごめんなさい」

 トマソに。

「俺に謝ってどうするの。ブリストラ殿にだよ」

 さらに眉間にしわを寄せたトマソだったが、オルテンシアにしたら『貴族は乗せない』宣言をしているのだから、そこまで求められてもと思う。

「……それこそ今さらなんだけど」

「ごもっともだな」

 だが、当の本人に肯定されてしまった。尻の座りが悪い状態に追い込まれ、オルテンシアはむっつりと押し黙る。

 ――やっぱ大運河で降ろして次の客を探しに行くべきだったわ。

 思いながら、半眼でコラッジョーゾを睨み付けた。それに何故か真正面からコラッジョーゾは微笑わらい、トマソに向き直る。

「貴殿のご都合も聞かず、突然の訪問をお許し願いたい。お父上からお聞き及びかとは思いますが、私はルチェーナ公都警ら隊々長コラッジョーゾ・サンドロ・ブリストラと申す者です」

 足を正し、背を伸ばし、表情を引き締める。

 ただそれだけで、オルテンシアの気が削がれた。その姿は確かに切れ者と称されるに相応しい。ちょっとした悪意は閉まっておこう、と身に戦慄すら走る。

 トマソは軽い調子で頷いた。

「ああ、聞いているよ。先週もちらっと顔を合わせたよね。俺はトマソ・ラウーロ・ガンヴィッロ・モレッリ。確かにモレッリ家の次男坊だけど、そんなに畏まる必要はないよ。ただの医者だから。普通にトマソと呼んでくれるかな」

 モレッリ家はガンヴィッロ卿を継ぐ家柄だから、どうやらコラッジョーゾよりも格上なのだ、とオルテンシアは気付いた。けれどコラッジョーゾと渡り合うのは家格だけが理由ではなく、トマソの性質だ。彼はどんなひとを相手にしても態度が変わらないことで有名だった。

「では、私のこともコラッジョと呼んで下さい」

「了解。で、アルベロに聞いたけど、俺に聞きたいことがあるって?」

 オルテンシアに一瞬視線を飛ばし、コラッジョーゾが小さく息を吸った。

「先月、公都で捕まえた男がここガンヴィッロでの犯行を自供しました。それで休暇も兼ねてこちらに。――トマソ殿は《森と泉の貴婦人》をご存知でしょうか?」

「ああ、あれは素晴らしいものだと親父が……ガッビアーノ宮に飾られてるんじゃなかったかい?」

「《森と泉の貴婦人》ってなに?」

 オルテンシアはゆっくりとトマソを見上げた。

「セトルから嫁いでらした数代前の公妃様の絵だよ。セトルのことを森と泉の王国って言うだろう? 作者はガンヴィッロを拠点にしていた異国渡りの高名な画家で、ほら、大聖堂に宗教画があるけど、その画家が描いた絵だよ。――コラッジョ殿、そうだろう?」

「その通りです。そのヨーヒムの描いた小作品を盗みだそうとした悪党がいたのですよ。失敗したらしいですがね」

「それで?」

 コラッジョーゾがふぅ、と重く溜め息を吐いた。

「犯人は三名。その内の一人が自供したことの裏付けのためにガンヴィッロに参ったのですが、それらしい事件を誰も知らないようでして。ガンヴィッロの警らにも連絡したのですが、なしのつぶてでした。――ですが、裏町にお住まいのトマソ殿でしたら何かお聞きではないか、と」

 それに苛立たった。

 何故苛立つのかわからないが、心臓が嫌な音をたてる。ずくん、と疼く音を内耳で聞いた。

 ……なんで?

 嫌な気分だ。

 ひどく嫌な気分だ。

 不安からきょろきょろと周囲に視線を飛ばし、オルテンシアはテーブルにカップを置いた。カタカタと小刻みにテーブルとカップがぶつかり、不協和に音が鳴る。

 コラッジョーゾが空色の瞳に憂いをのせてオルテンシアを見つめた。しばし後にトマソに視線を戻す。

「自供によると、どうやらゴンドラの船頭が身体を張って止めたらしく。彼らと、もめたと。年若いゴンドリエールだったそうです。男はそのゴンドリエールが無事でいるか気にしていました」


 息が上手く吸えない。

 目の前が真っ暗になる。

 唇から溢れた声は消え入りそうで、それでいて硬質に響いた。

「――それは、いつの話?」

 オルテンシアの直感は答えを聞く前から告げていた。

「男の話だと一年前のことだ。仮面祭の翌日だと聞いている」


 アルベロだと。


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