マイセルフ
僕・・・佐藤隆起(まだあまり覚えられていないだろうから自己紹介・・・さとうりゅうきです)のマイセルフ(マイセルフです。僕じゃないよ)を一応紹介しておきます。
顔は・・・なんて言えばいいんだろう?デッサンの時とかに使うマペット人形?のような頭に、二重丸の目が2つ。鼻はなくて、口は曰くみたいな顔(◎曰◎)。適当な帽子と必要なら顔にサングラスなどをかけさせているから、すぐにそれがマイセルフだとは気が付かない。
日常生活では、一応マイセルフの存在はトップシークレットなので一般の人たちにはばれないようにしなくてはならない(もっとも、動きが本当に人間に近いのでそのままの姿でも、「あの人、変な格好している」程度にしか思われないだろうが。一切しゃべらないし。むしろ、一緒にいる隆起のほうが恥ずかしいので変装させる)。ほかの特殊警察課の人たちも、普段は変装させるのが常識だ。
背丈は隆起と同じ179cm。180cmにしようかとも思ったが、それは見栄なのかなんなのかわからず、1cmマイセルフを大きくしたところで虚しいだけだと思いとどまり、やめた。同じ背丈にした。体格は若干細目に設定。細さや厚さはあまり強度に影響しないというので(それでも太いほうが強度は増し、細いほうが動きは速い)、少しでも邪魔にならないように細目にしておいた。ただ、完成して気が付いたことは、同じ背丈だと一緒に行動することが基本なので、「双子?兄弟?」と思われてしまうのがやはりネックだった。
この恥ずかしさを乗り切れれば、真のマイセルフの使い手となれるだろう(と、3か月毎の報告の際に上官から言われた)。
マイセルフを支給された瞬間から、僕は花粉対策用のメガネのようなものを渡され、それを常時、付けておけと指示された(実物の花粉用のメガネよりはスタイリッシュで軽く、柔らかく、掛けていてもほとんど違和感なかったのが幸いだ。そこは開発部も考慮してくれたようだ。というか、苦情が山のようにあったらしい。当時は・・・)。
「寝ているときもですか?」
と、隆起がその開発部の人に尋ねると、その人はぶっきらぼうにボソッとつぶやいただけだった。
「常時・・・です」
その開発部の人の名前は森永・・・(自己紹介されたわけではないので下の名前は分からない。名札にただ、開発部 森永もりながと書いてあるだけで、他は知らない)。かなり怖い。才能やひらめきに関しては右に出るものはいないそうだが、その反面、人との関わり合いは苦手とか嫌いとかでいう言葉では収まらないほど、無になりたいそうだ。事実、何かを渡す時だけ出てきて、それ以外はずっと研究室に籠っている。
渡す理由も面白い。作ったものを(テスト以外では)本人に直接渡さないと信用できないらしい。誰かに渡して「渡す前に失くし(壊し)ました」というのが嫌なんだとか。そんなことは有り得ないし、簡単に壊れるようなものも決して作らない。その意味では(穴倉好きの)まじめな天才。いい意味で。いい意味以外でまじめな天才とは普通は言わないけど。
そのメガネのようなものは、そこから着用者の思考などをマイセルフに転送する為の装置。ここから1年間かけ続けなければならないものだ。どんな時でも相棒(感情・モラルがなくてもマイセルフにとっても人間は相棒だ)の行動パターン・思考パターンを知っておく必要がある。どんな時に助ければいいか、どう助けてほしいのか、どうしてほしいのかを覚えさせる必要がある。出来ないとマイセルフは不完全なのだ。
このメガネのような装置は(マイアイと呼ぼう)、マイアイは着用者の思考などをマイセルフに転送するだけの装置ではない。マイセルフの視界もそこから着用者に送ることもできる。普通はあまり使わない機能だ。戦いの最中、マイセルフの視界まで見えてしまったら普通の人なら戦えない。あくまでマイセルフを偵察に使う時のみに使ったり、訓練中にちゃんとやっているかを確認するための機能だ(マイアイはかなりダサかったな。なんかないかな?)。
メガネ(もうメガネでいいや)は実戦でも使うが、そのほとんどの機能は使わない。近場にいるときの直感に対応するためのものだ。例えば、相手の足を撃てと、自分じゃ出来ないときなどに脳からテレパシーのように指示を送るためのものとして使われている(本当に何かいい名前ないかな)。
隆起はとにかく、本当に日常生活でパートナーになるように努めた。買い物や雑用。あえて射撃や体術は教えなかった。一度やらせてみたら、こと、戦闘においては完璧なものを見せてくれた。それ以来、毎日のように組手を日課に取り入れた。
組手の際、1日置きにメガネでマイセルフの視界を見ながら戦った。見ながら行う戦闘と、純粋なスパーリングのような戦闘を訓練したのだ。体術はもともと素人の隆起なので、マイセルフと一緒に師匠に学んだ。マイセルフのほうが確実に覚えるのが速かったが、ある程度の日も経てば、実力は均衡していた。それでも組手の時いつまで経ってもマイセルフには勝てなかった。痛みを感じないだけ、マイセルフのほうがずるい。
体術のトレーニングは警察の訓練所を使った。ついでにそこで射撃の練習もした。たまに居合わせたほかの警察官の人たちも、やはりマイセルフの腕前には舌を巻いた。隆起もそこそこの腕だが、マイセルフの前では薄れて見える。
あとは更なるコンビネーションを育てるために、2P用のゲームもしてみたが、その腕は隆起が勝っていた。それだけは、いつまでもマイセルフには追いつけなかった。むしろ、ゲームでは隆起がマイセルフをフォローしている。本末転倒でおかしいが、ゲームの話だから別にいいだろう。
隆起も初めのうちは、それなりにマイセルフに話しかけていた。意味があるのかないのかわからないし、内容も陳腐だ。
「は、はじめまして・・・」
「・・・」
「僕は佐藤隆起と申します」
「・・・」なんとなく頷いたような・・・気がする。
「き、君の名前は?」
「・・・」当然、答えなくとも・・・そういえば、名前なんて決めてなかったな。何にしようか?・・・えーと、マイセルフだったよな。マイ・・・マイセルフ。・・・マイ・マイセルフ。マイ・マイセルフでいいじゃん。マイセルフはどことなくうれしそうだ。でもこれ・・・なんかと被ったりしてないよな?
後日、その名前を使っているものはいないかと、特殊警察課に問い合わせてみると、「今のところ、一応居ませんよ」と、言われた。一応という物言いが少し気になったが、誰も呼び名を特別に登録したりしているものがいないから一応と言わざるを得ないらしい。それでも、こういう問い合わせは毎回あるようで、念のため、その時言われた名前はメモ控えておいているらしい。今のところ、そんなに名前付けのかぶりはしていない。あとで変えたやつは知らん。とのことだ。
途中から、話しかける行為は、いつの間にか隆起の独り言になってきていた。
「その技はやめてくれよ」
「そこでそれ?」
「いやいやいや」
「マジ?」
全部、隆起の独り言。たまにほかの警察官や一般の人たちから気の毒な目で見られていたが、感覚がマヒした隆起には些細なことでしかなかった。みんな、マイセルフといるとこうなるらしい。一度だけだが、同じ特殊警察課に所属していると思われる人とすれ違い、声をかけられたことがあった(隆起には特殊警察課に誰がいるかなんて知らないから声をかけることはできない)。
「順調にカオスってるねー。4~5か月ってところだな」
その声掛けに隆起はびっくりした。そんなことは初めてだったから。声をかけて来たのは男だった。名は日向純一(ひなたじゅんいち)25歳。神奈川支部の先輩だ。今さらだが、隆起も純一も神奈川警察にいる。日向純一はざっと見積もっても170cmあるかないかの身長だ。マイセルフっぽいのが横にいて、それは少し小さかった。156cmってところか?
「あ・・・あの・・・あなたも特殊警察課の方なのですか?」
そう尋ねたものの、日向は隆起の問いかけには無反応だった。例え、相手が特殊警察課の者だとわかっても、その者と話をしてはいけないのが原則だ。無視をして去っていく純一を見ながら思った。なら話しかけてこないでくれよ。と。てか、そっちから話しかけてくるのはありなのか?
隣にいたのは、よく見たら女性で、彼女なのだろうか?・・・なら尚のこと、そんな話させるようなこと言ってこないでくれよ。と、隆起はものすごく言いたかった。
マイセルフとの生活が始まってから約半年・・・2度目の報告が終わった直後辺りから、無口期間が始まる。何をしていても、何をしゃべっていても言葉が返ってこないことは、隆起から言葉という概念を捨てさせてしまった。それはマイセルフに対してだけじゃない。買い物に行っても(その間に料理などをマイセルフにやらせた。そこはものすごく便利だった)誰とも会話・・・会話どころか一言も言葉を発することなく過ごした。どっちがマイセルフなのかわからず、気が狂いかけた時期もあった(その意味でも、マイセルフの顔を人間に似せないようにする必要があったようだ)。
リストカット寸前のところで3度目の報告。そこで、こんなアドバイスがあった。
「佐藤君。大分疲れが溜まっているね」
「・・・」
隆起は答えない。必要な報告をしたから。担当の者は隆起が答えなくても、微弱な反応が見えたので続けた。
「今の時期に、君のように病んでくる者は珍しくない。むしろ、健全に君のマイセルフと向き合っている証拠だ。だから、思い出してほしい。今もかけ続けているそのメガネは、今も君の情報をマイセルフに送っている。だから、マイセルフもどっちが自分なのかわからなくなったり、君が相棒で自分がマイセルフだという認識も常に、君と一緒にしているんだ」
「・・・」ぴく。と隆起の肩が動いた。本当にぴくとだけ。
「つまり、今を乗り切れば、君も、マイセルフもより、自分の役目、役割が分かってくると思う。クリアーになると思うよ。そうすれば、あとは簡単だ。休めばいい。ただひたすら、最後の報告の時まで休めばいいだけだ。うまくいくよ。君たちはきっとうまくいく」
最後のセリフ・・・というかその他全般も、他の新人たちに言い続けてきたセリフの言い回しだ。段々と、その言い方が洗礼されてきている。大半は、そんなこと誰にでも言ってるんだろ。と思って聞き流しながらも、胸の奥や頭の端っこに留め置いておき、役立てさせるのだが、隆起は違っていた。もう胸の真のところに届いていた。
「・・・・・・」
隆起は相変わらず黙っていたが、微かに、コクリと頭が垂れて戻った。意識か無意識かは分からない(本人にも)が、今、確かに隆起は頷いた。意識か無意識か・・・それを知っているのはマイセルフだけだった。誰にも言えないが、マイセルフだけがメガネを通して知っていた。
その日はそのまま家に帰り、何もせずに寝た。マイセルフも、先に隆起の寝る準備だけして、もう休んでいた(専用の箱があり、充電しながら休んでいる。充電時間はフルで10時間だが、活動時間は24時間可能だった。だから、相棒が眠る時間に一緒に眠れば、大概は充電が終わっている)。
「お前には、なんでもわかるんだな」
「・・・」
そういうと、無言なのだが「当たり前だろ」って返されたように思えた。当たり前か。そりゃそうだな。隆起はニコッとしながら、深い、本当に深い、眠りの一番底に着くほどに深い眠りにつき、そのまま2日間眠り続けた。よほど疲れていたのだろう。起きた時、体の隅々が痛くなった。マイセルフがそっと近づき、体をマッサージしてくれる。
「ありがとう」
「・・・」
マイセルフは答えずとも、何も言わなくとも、隆起に優しくマッサージを続けてくれていた。
思考や痛みが分かるのだから、丁度いい加減にマッサージできるのは当たり前のことなのだが、隆起とマイセルフの絆は強まった。
さて、気が付けばもう1年経っていた。この報告で最後になる。これから先、一体どうなることやら。不安は山ほどある。けど、希望はそれ以上に・・・。




