第十章:持統女帝の夢
『古事記』がほぼ形を成し、藤原京の基盤が完成に近づいた、飛鳥の秋の夜。 持統女帝は、生涯で最も鮮烈な夢を見た。それは、夢というよりも、時空が歪んで現れた「真実の断片」のようだった。夢の中の色彩は、現実よりも鮮やかで、匂いまでもが感じられた。
彼女は、見渡す限りの砂漠の真ん中に立っていた。足元は焼けるような熱さだが、風は冷たい。 夜の冷気が肌を刺すが、空には見たこともないほど巨大な星々が、まるで降り注ぐかのように輝いている。そこは、物語の起源の地、あるいは終着の地であった。 目の前には、白銀の甲冑を纏い、金髪をなびかせた、この世のものとは思えぬほど美しい若き王が立っていた。彼の周囲には、知恵のオーラが漂っていた。 彼の肩には、あの八咫烏が静かに羽を休めている。
若者は、持統に向かって、見知らぬ、だが心に直接響く言葉で語りかけた。 「東の女王よ。貴女の織った物語は、時を超える強さを持っているか? 筆で築いた城は、砂漠の砂嵐に耐えられるか? 言葉は、剣よりも長生きするぞ」
「……はい。貴方の見た『光』を、私の国の血の記憶の中に、深く刻み込みました。それは城壁よりも高く、剣よりも鋭い記憶となりました。私たちは、貴方の野望の続きを、この島国で守り続けます」
「それでいい。肉体は朽ち、帝国は砂に還る。私もまた、三十三という短い歳月で燃え尽きた。だが、物語は魂の種火となり、国境を越え、言葉を越え、民の絶望を照らす灯火となる。我々が消えた後も、この八咫烏が繋いだ『意志』は、未来の若者たちの瞳の中に生き続けるだろう。貴女の国も、いつか終わりを迎えるかもしれない。だが、この物語を語り継ぐ者が一人でもいる限り、私たちは永遠だ。私たちは神話の中で、何度でも再会する」
アレクサンドロスは、満足そうに頷くと、八咫烏と共に黄金の粉となって、夜の風に溶けていった。 持統が目を覚ますと、窓の外には夜明けの金色の光が差し込み、藤原京の瓦を紅く染め上げていた。彼女の目には、涙が浮かんでいた。それは悲しみではなく、あまりに巨大な「繋がり」に触れた感動の涙であった。彼女は今、自らが担っている使命の神聖さを、改めて確信した。
「不比等……。物語は、完成した。これはもはや、ただの国家の書物ではない。この宇宙の脈動を記した聖典なのだ。私たちの国は、この瞬間に永遠となった」 彼女は、枕元に控えていた不比等に、清々しい表情で告げた。 「この物語は、我が国が、この宇宙の一部であることを証明する、真実の糸なのだ。私たちは、孤独な島国ではない。人類という巨大な旅団の、最先端を行くランナーなのだ。西の叡智を受け取り、それを和の霊性へと昇華させる……それが私たちの存在意義なのだ」




