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その5 太古の空港

 H市にある縄文時代の遺跡、環状列石はなんのために作られたものかいまだ定説がない。祭祀場、天文施設、墓地などさまざまな説があるが、荒唐無稽な説のひとつにUFOの発着場だというものがある。学会では顧みられていないが、地元民は定期的に列石の周囲で、空に輝く奇妙な球体を目撃している。

 なお、この遺跡の周囲にあるK山は、あまりに美しい円錐形をしていることから、人工的なピラミッドの可能性を指摘されている。


◇◇◇


「お話、車の中で聞かせてください」

 H市へのドライブを提案してきたのは、穂積さんのほうでした。


 穂積さんとの最初の出会いのあと、私はネットや文献にあたってK市の歴史について調べ、ある推測に達しました。専門的な知識のある人に見解が聞いてみたかった。そこでふと、穂積さんこそが相談相手にふさわしいのではないか、と思いついたのです。彼女の実家の神社を訪れたのはそんな理由からでした。

 ひとけのない社務所に声をかけると、はたして穂積さんが現れました。ラメ入りの薄手のセーターにブラックジーンズというモダンな格好に面食らってしまいます。しかし、切れ長の目は確かにあの日会った若い宮司です。

「青出さん?」

「すみません、突然」

「いいえ、ちょっとびっくりしたけど。今日はどんなご用事ですか?」笑ってつけ加えます。「また探究心?」

「そうかもしれないです。あの団地について新しい発見をしたんですけど」

 穂積さんは少し唇をつぐんでうつむき、それから言いました。

「実はあのあとから変なことがあるんです」

「え?」

「うちを留守にしてるときに、家の窓全部に灯りがついてるときがあるんです。氏子さんが教えてくれたんですけど。うちは父と私だけですが、誰かが出入りすることはないんです」

「それって……」

 背筋に冷たいものが這い上がってくるのを感じました。

 穂積さんは決意するように顔をあげ、こんなことを言い出しました。

「今日は時間あります? これからH市に行ってみません? お話、車の中で聞かせてください」

 突然の話題転換に頭がくらくらしましたが、話を聞いてもらえるなら、とためらうことなく承諾しました。

 彼女を助手席に乗せてドアを閉めると、切りたてのりんごのような香りがふわっと広がって消えていきました。カーナビをセットします。K市からH市へは同じ秋田県内といえど2時間強の距離があります。

「疲れたら運転代わりますからね」穂積さんが言います。

「いいんです。運転は好きですから」

「コーヒーでも買っていきません?」

 白い貝のような耳に小さな水色のピアスが揺れていました。女性とふたりでドライブするなんて学生時代以来だったので、白状すると多少はどぎまぎしていました。地元民の穂積さんに案内されながら、無事にコンビニエンスストアでホットコーヒーを手に入れ(ちなみに穂積さんがおごってくれました)長旅が始まりました。

 気持ちを落ち着かせるようにカーナビに映る地図を眺めていると、ふと本州は人体のようだなと思いました。東北地方を縦に貫く奥羽山脈が脊椎、心臓はさしずめ秋田駒ヶ岳でしょうか。駒ヶ岳は火山ということですから、まさにエネルギーに満ちあふれ絶えず動き続ける臓器といえそうです。私たちは脊椎を北上し、頚部へと向かっていました。

「青出さん、団地についてどんなことがわかったんですか?」

 車がK市の市街地を抜けて山道に入ったころ、穂積さんに話をうながされ、私は次のような話をはじめました。


 K市は江戸時代、城下町として栄えたようです。栄えた理由は地形でした。背後に山を配し外敵からの襲撃に備えつつ、豊かな水資源をたたえる。この地形は、さらに古くから人々に利益を与えてきました。室町、平安、奈良……遡っていくと、東北の田舎ながら住人は途切れることなくあり、独自の生活が営まれていた様子がわかります。弥生、縄文……ある郷土誌にはこう書かれていました。明治37年、何万年もの昔に建てられた巨大石柱の遺構が発掘された。それがどうも、あの団地の建っている土地らしいと気づいたのは、読み進めて5分も経たないうちでした。研究が進むにつれ、石柱が立つ前には環状列石ストーンサークルがあったらしいことがわかってきたというのです。

 なぜ縄文人たちはそこに石を置いたのか? 彼らにとって住みよい場所だったからでしょう。なぜ住みよい場所か? 川と山のために狩りに出やすく、他の部族からの攻撃をいち早く察知することができたから。また、川があるなら原始的な農業も行うことができたでしょう。縄文人たちはそこを独占したかった。だから目印を置いた。しかし、たびたび襲撃され、土地の主は移り変わっていった。時間が経ち、農業技術が発展して土地そのものの有用性は薄れていっても、そこが特別な場所であるという概念は残っていきました。やがて環状列石は土に埋もれ、気がついた住民の誰かが石柱を立て、石柱の周りに囲いがされ、塞ノ神と呼ばれるようになったのではないでしょうか。理由は忘れ去られても、その土地が特別な土地であるという意識は長く引き継がれました。

 私はこう仮説を立てます。

 縄文期、あの土地には環状列石があった。季節祭祀、太陽や星の観測、死者との交信。人がこの世とあの世をつなぐ場だった。後期縄文から弥生移行期に環状列石の一部が崩れ、代わりに石柱が立てられる。それは「結界柱」であり、部族の守護、外敵や災厄を防ぐ印として機能しました。歴史時代に至って、石柱はやがて塞ノ神として祀られ、簡素な祠や鳥居へと姿を変えます。村人たちは「ここを抜かれてはならぬ」と伝えていたはずです。そして現在、その上に団地が建てられたのです。しかし古い祠だけは残り、4号室の欠番など構造上の不自然さが、まるで封じの延長として団地に組み込まれたのではないか。

 つまりK市の団地の土地は、数万年規模で境目や封じに使われ続けてきたリミナル・スペースでした。それが今、由来を失った取り壊しで断ち切られようとしています。

 今、石が守っているものは決して高貴なものではありません。市営住宅という、いわば社会のセーフティーネットにあたる日の当たらない施設です。石は何万年も守ってきたはずのものの質が変化したことに戸惑っているのではないでしょうか。石はまさしく神だったのに、いまや町の中心部から追いやられて、しかもそれに気づいている。これこそ没落した神。


 聞き終わっても穂積さんは静かに窓外に目を向けていましたが、やがてぽつりと口にしました。

「あの祠の中をのぞいてみたんですか?」

「いいえ」

「あの中には、石柱の欠片が置かれてるんです。長さは20センチくらいかな、色は黒くて光沢があって。表面に、縄文土器の紋様のような渦や線刻が刻まれているんです」

 私は思わず息を吐きました。「ビンゴ、ですかね」

 穂積さんがこちらを向きました。

「私はその石柱を見るといつも冷たい風が漏れているように感じるんです」

「風が」

「石は泣いているんでしょうか、獣の声で」

「わかりません。でも、それで環状列石で有名なH市に行くことを思いつかれたんですね」

「ええ。K市からH市は道が通じてますから。単なるインスピレーションでしたけどね。だけど、お話を聞いて確信しました。K市のものは忘れ去られようとしてますが、かつては聖なる祭祀の場のつながりとして、古代の守りのシステムを造っていたのかもしれません。ちょっと飛躍しすぎですか?」

「いや……面白いと思います。つまり現象は団地だけでなく、もっと広範囲にまたがる可能性があると」

「青出さんは秋田県の怪異を集めてらっしゃいますけど、全部『境界』で起こっている怪異じゃないですか?」

「ああ、そういえばそうですかね」

「ひとつひとつは小さな不思議かもしれません。でも、なんだかここ半年で集まりすぎてません? 県外のあなたが気づくほどに。私の思い過ごしならいいんだけど、秋田県の境界が揺らいでいるとは考えられませんか?」

 私は息を吐き出しました。

 穂積さんの言うことが本当なら、それは浸食してきています。気づいた者、たとえば穂積さんの家までも。

 カーブの連続する山道は険しく、部外者を試しているかのようでした。舗装された道路とはいえ、対向車が来たらぎりぎりですれ違わなければなりません。時には急峻な崖下を見下ろすようなカーブや小橋があって、恐ろしいのです。どうか車が来ないようにと、願ってしまいます。茶色く朽ちかけた木の葉が窓をなでます。季節は晩秋から初冬に移行するところでした。窓が曇りかけていることに気づいて暖房のスイッチを入れました。タイヤが枯れ葉を踏む音だけが断続的に聞こえていました。

 私はやっとのことで口をひらきました。

「境界が揺らぎ続けたらどうなるんでしょう?」

「それが怖いんです。私の生まれ育った故郷がどうなるか」

「きっと考えすぎですよ」

 しかし、その言葉は空虚に車内を漂うばかりでした。

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