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その4 忌み数

 親類に宅配会社の配達員がいる、Nさんの話。親類が言うには、団地の部屋番号は階数プラス部屋順なのだが(たとえば1階の1番目の部屋なら101号室、5階の3番目なら503号室)、どの階も縁起を担いでか4号室がない。ところが、まれに104号室や404号室など、階数はバラバラだが、存在しない4号室宛の宅配物が届くことがある。念のため隣の3号室や5号室の住人に聞いてみても、心当たりがないと言われる。そもそも3号室も5号室も空き室の場合が多い。発送元はどこかの会社だったり個人だったりと同一ではない。今では4号室宛の宅配物はすぐに発送元に返送することにしている。だが、最近なんだか届く頻度が増えてきたようだ。


◇◇◇


 私は探究心が抑えきれなくなり、ついに帰り際に団地を訪れました。入り口付近の路地に車を停め、勇気を出して敷地内へ。数十年前は整然と手入れされていたであろう植栽は見る影もなく荒れ果て、今はもう使う人もないブランコがきいきいと寂しげな音を立てて揺れていました。建物の背後に迫った山は、遠くで見るより圧迫感があり、今にも団地を押しつぶしそうに感じられます。近くに川があるせいでしょうか、空気は微かによどみ、息苦しかったです。夕暮れ前だというのに、なんとなく薄暗い感じのする日でした。

 まだ何人かは住んでおられる人もいるのだからと、失礼のないようにそっと庭から外廊下を眺めると、ドア番号は101、102、103、の次は105となっており、確かに104号室はありません。ボヤ騒ぎに関しては、見える範囲での痕跡は見つけられませんでした。

 もしかすると火事は、存在しない4号室で起こった? 唐突に妙な考えが浮かび、頭を振って打ち消します。

 敷地内の奥にはひっそりと赤い鳥居の祠がありました。近づいて見てみると、よくあるお稲荷様ではないようです。なぜ市営団地にこんなものが?

 首をひねっていると、背後で地面を踏みしめる音が聞こえて、飛びあがってしまいました。

 振り返ると、神主のような格好をした若い女性がひとり、こちらをじっと見つめていました。白い着物に浅葱色の袴。

 私は面食らいましたが、勇気を出して声をかけてみました。

「すみません、僕は、えーと、こちらに住むことを検討しているんですが」言ってしまってから自分ながら白々しさに顔が熱くなります。「この祠はずっとここにあるんですか?」

 女性は呆気に取られたように見ています。よく見れば、長い黒髪をすっきりとポニーテールにし、涼しげな切れ長の目をした、秋田美人と言っても差し支えない容貌でした。私よりいくらか年上の20代後半くらいに見えました。

「昔からありますよ」銀の鈴を揺らすような声が聞こえてきました。「団地が建つ、ずっと前から。ここは取り壊す予定になっているんです。どこでここを見つけたんですか? 入居申し込みは中止になっているはずですが」

 彼女の射貫くような視線に圧倒され、私はつい白状してしまいました。不法侵入に当たらなければよいのですが……。

「そうでしたか、知らずにすみません。僕は青出といいまして、ほんとは探究心で来たんです」

「探究心?」

 私はここ数ヶ月のことをざっと説明しました。彼女の強い視線は変わりません。

「その上司のかたのことについて責任を感じていらっしゃるんですね」

「そう……そうなんです」

 自分でも秘めていた気持ちを改めて指摘されてうろたえていると、彼女はさらに重ねて言ってきます。

「でも、お聞きする限りあなたのせいじゃないのでは?」

「うん……わかってます。でも」

 そのときです、彼女の表情がふっと緩みました。

「真面目ですね。でも変わってる」

 とたんに、私もつられて口元をゆるめてしまいます。

「よく言われます。大学時代の勉強が忘れられないんだと思います。いまは全然違う職業に就いてるんですけど」

「ふふ、私と似てますね。私は情報学部出身なんですが、実家の神社の宮司をやってるんです。この祠も管轄で、最近はできるだけ見に来るようにしてるんです。あ、づみと言います」

 まさしく渡りに舟でした。


 穂積さんと並んで、小さな鳥居から祠をのぞいてみました。私はつぶやきます。

「普通の稲荷とか地元の産土うぶすながみじゃないんですね。鳥居の形が少し古い」

「わかりますか」

かさが反ってないですから。それと、がくづかがない。こういうのは道祖神系か、さいかみの可能性がありますね。しかし塞ノ神が団地の中にあるのは不自然だな。もしかすると、この土地に何かを『入れない』ためか、逆に『出さない』ためですか?」

 塞ノ神とは、日本各地で古くから祀られてきた境界の守り神のことです。村の入口、道の分岐点、峠などに置かれて、疫病や悪霊、あるいは人ではないものが境界を越えて入ってこないように見張る役目を担っています。同時に、村の子どもたちが外に勝手に出て行かないようにする役目もあったようです。東北や関東では道祖神信仰と習合して、子どもの守護や旅の安全を祈る神ともなっています。

「鋭いですね」穂積さんが答えます。「その本質は村の外と内を分けるストッパー。だから、忘れられて取り払われると『入るもの』『出るもの』が自由になってしまいます。この祠がもと塞ノ神だとしたら――住人がいないのに窓がともるのは、何かが外に出ようとしているサインなのかもしれません」

 私は体が冷え冷えとしてくるのを感じました。

「あの、さっき『この祠を最近はできるだけ見に来るようにしている』とおっしゃってましたよね。それはどういう理由で?」

 穂積さんの形のいい眉がひそめられました。

「まだ住んでらっしゃるかたから、夜になると祠から声がすると言われてまして」

「声が?」

「はっきりはしないそうなんですが、獣の鳴く声のように聞こえるそうです。調べたんですが構造上は問題になるようなものは見当たらなくて。この団地の取り壊しが決まった頃から、聞こえるようになったみたいなんです」

 もしかすると、団地と鳥居は一体の仕掛けだとでもいうのでしょうか? それなのに由来が失われてしまい、役場の新しい職員たちが、老朽化という理由で取り壊しを決めてしまった。実際には、空き室の全点灯や4号室の異状は、鳥居による抑え込みの副作用なのかもしれません。それをたまたま仕事で町を出入りしていた、境界そのものの立場にある私が気づいたということなのでしょうか。

 いや――気づかされた?

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