そして秋田になる
「京花、これもアップしといてくれる?」
私は、妻にデジカメの液晶画面を見せました。水行の動画です。お恥ずかしながら、白い着物に浅葱色の袴姿の私が、たらいの水をかぶっては祈祷している映像です。水をかぶるごとに、透けた白い着物の下に縄文紋様のタトゥーが浮かびあがります。それがほんのりと水色に発光しているようにも見えました。
「いい素材だねー。じゃあ編集して載せとくね」
京花はカメラを受け取り、社務所に戻っていきました。いまでは、宮司の勉強の末に、私が妻の実家の神社を切り盛りし、彼女は大学で勉強したことを活かして神社のホームページを運営してくれています。ありがたいことにホームページのアクセスは日を追うごとに増加し、いまではネット上でトレンドのコンテンツとなっているようです。タイトルは「秋田の神社の日々」といいます。
社務所は相変わらず光が明滅していますが、もう日常のこととなってしまいました。近隣の住居もみな同様ですが、もはや気にしている人はいません。対処法がないなら、受け入れるしかないのです。
団地は取り壊されました。鳥居と祠だけは京花が死守しましたが、もうそれだけでは怪異を止めるすべはないようです。K市の夜空には発光体が飛び交い、夕暮れの山からは獣のようなうめきが聞こえてきます。のどかだった田舎町は魔界とすら呼べる地になってしまいました。
ところが、ここに奇妙な事実があります。
人口が増加しているのです。県が行っている、いわゆるIターン政策による地縁のないかたがたの移住も増えていますし、一度県外に進学した若者も帰郷するパターンが増えているのです。東京の大学から戻った京花もそうでした。秋田県の人と結婚して根づく人も多いです。私もそうです。
先日、京花と秋田市のショッピングモールに行ったときのことです。外の広場では竿燈まつりのパフォーマンスをやっていて、大勢の人でにぎわっていました。何気なく眺めていたその中に信じられないものを見つけて、私はあっと声を上げました。演舞者のひとりが失踪した上司そっくりなのです。巨大な竹竿の底面を額で支え、両腕を広げ、一心不乱に右に左にとバランスをとっています。天高く提灯の群れが差し上がる竹竿の先を、上司は必死の形相で凝視しながら激しくステップを踏みます。
沸き立つ歓声が次第に遠くなり、広い草原に一人立ち尽くしているかのような心持ちになりました。群衆の「どっこいしょー、どっこいしょ」のかけ声に紛れて名前を叫びましたが、彼の視線がこちらに向くことはついにありませんでした。
「どうしたの?」
京花の質問に、私はつっかえながらありのままを説明しました。彼女は複雑な表情で答えました。
「あの写真は死に顔じゃなかったんだね。もしかすると兆し……だったのかも」
兆し。私もまた秋田に呼ばれたのでしょうか? 一連の出来事を通して秋田がそうさせたのでしょうか? 私も秋田の大いなる計画の1ピースでしかないのでしょうか?
私はこの文章を書き残し、発表することを憂えています。もし秋田に勘づかれたら……私は無事で済むのでしょうか?
でも仙台に帰ることはできません。京花のお腹に新たな命が芽生えているものですから……。この子も将来は秋田の高度な知性を受け継ぎ、この地を拡充させるために生きていくのでしょう。
秋田を恐れている? はい、そうかもしれません。秋田の偉大さに私はいま畏れを抱いています。私はこの地で子を育み、この地で果てるでしょう。そうなってしまいました。これを読んでくださっている皆さんに警告します。秋田が世界を浸食する前に、目覚めてください。あらがってください。そう願わずにはいられません。私はもうだめです。だめなんです。




