その1 ぽぽろーどの謎
もう一度お聞きします。
秋田は日本の首都であることを知っていましたか?
◇◇◇
秋田駅の東西連絡通路、通称ぽぽろーどは時空が歪んでいる。
早朝に西口から入った人が東口から出ると、夕方だったことがあった。また別のある人が深夜、西から東へ向かって歩いていく大名行列を見たそうだ。行列は半透明で、瞬きすると消えてしまったという。
西口は旧城下町、東口は新興地域へと通じている。
◇◇◇
私が秋田県の奇妙な噂を収集しはじめたのは、2025年の夏ごろからです。
きっかけは些細なことでした。たまたま泊まりがけの出張で秋田市を訪れた際、接待の席でこんな話題が出たのです。
2軒目のお店でした。
「こういう場所苦手なんでしょう」
隣に座ってくれた女性に優しく話しかけられて、苦笑しながらグラスを舐めていると、
「県外のかたなんですね。今日は車? 電車?」
同席している取引先や上司たちの会話の流れから、そう水を向けられたのです。
「新幹線です。朝早い時間に」
「そうなんだ! 大丈夫でした?」
「え? 何が?」
「あのね、最近噂になってるんですよ……」
そうして話してくれたのが「ぽぽろーどの怪」でした。
きっと彼女は私が居心地悪そうにしているように見えて気を遣ってくれたのでしょう。そうだとしたら、ベストチョイスだったといえます。その手の話は大好物なものですから。
話に耳を傾けているうちに、あれ、と気づきました。というのも、昨今インターネットで話題にのぼることの多いリミナル・スペースを思い出したからです。なじみのないかたのためにかいつまんで解説しますと、本来は扉、廊下、階段などの「人間の移動のための境界の空間」を指す建築用語です。転じて、人がいるはずの空間が無人である場合の不気味さや非日常性を楽しむネットミームとして好事家たちに好まれています。『8番出口』などが有名ですね。駅の東西連絡通路は、まさしくリミナル・スペースではないでしょうか。駅というのがすでに移動のための境界ですし、連絡通路もそうです。つまりこの怪談はリミナル・スペースが二重に交錯した場における怪奇現象なのではなかろうかと考えました。
お酒も入っていたせいで口がなめらかになり、そんなことを話すと、女性は笑いました。
「そんな難しい話になるなんて思わなかった!」
「失礼。大学で民俗学を専攻してたせいか、オカルトに理屈付けるのが好きなんです」
「それで変なことはなかったんですか? 写真とか撮ってたり」
「ああ、そういえば――」
私はスマホのギャラリーをひらきました。朝着いたときに、改札前で自分と上司で撮ったセルフィー写真。大きななまはげのオブジェを背景に、ふたりの顔のアップが映っているはずでした。ところが――。
「なんだこれ……」
「へえ、これだあれ?」
そこには、上司は確かに映っているのですが、私の顔があるはずの場所に見知らぬ老人の顔があるのです。それが妙に青白く、まるで死人のようなと言いますか、なにか生気を感じないのです。よく見れば、上司も上司で青白く映っています。
「知ってる人? お店に来てる人じゃないですよね?」
心なしか女性の声がわずかに震えているように感じられました。私は首を振りましたが、あることに気づき、画面を凝視しました。
「いえ……でも、なんだか僕のおじいちゃんに似てるような」
「えっ、おじいちゃん? 心霊写真じゃないですか!」
「いや、死んでないですから」
思わず苦笑して電源ボタンを押し、画面が黒くなります。
「どうしたどうした?」
酔っぱらいかけた上司が会話に割って入ってきます。私は簡単に説明しました。
「じいちゃんと似てるなら、きみの未来の姿じゃないのかあ?」
「はあ?」
「ん? それじゃあ俺の顔はなんで変わらないんだ?」
この50代の上司は大雑把な性格の一方で、たまに妙に鋭い指摘をするのです。入社以来コンビを組んでいて、仕事上はだいぶ世話になっているのですが……。
「まっ、気にするなよ!」
そうは言ってもなぜ私の顔だけが……。手の中のスマホが妙に冷たく感じられて、私は流れを打ち切ろうと、女性にほかに変な話はないかとうながしました。彼女は、自分はこの手のことに詳しいわけではないけれど、と言いながら、もうひとつだけ話してくれました。
青出インディゴ 筆
仙台市のアパートにて




