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子を抱いて炎を見た ~北条最後の女~  作者: 灰色の千代


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19/19

第19話 歴史はこう記した(後日談)

建武二年 正月

鎌倉の灰は、風に散り、雪に覆われていた。

鶴ヶ丘の山々が白く凍てつき、海からの風が灰の粒子を運ぶこの正月、新しき世は建武の新政として始まっていた。後醍醐天皇の治世の下、鎌倉は静かに再生を遂げていた。東勝寺の再建が始まり、一族八百余人の骨が弔われ、碑が立てられる。寺の僧たちは経を唱え、得宗の霊を慰める。鶴岡八幡宮の石段は雪で白く、神官たちが天皇の繁栄を祈る。市場は賑わいを戻し、商人たちが都から持ち込んだ絹や香料を並べ、民衆が新年を祝う。鎌倉の歴史は、この雪の正月に転換していた。源頼朝の幕府は灰となり、北条氏の得宗専制は忘却の彼方へ。石垣の残骸は土に埋もれ、堀の水が澄み渡る。御内人たちの血は洗われ、矢の先が雪に隠れる。五月の炎は冬の雪に変わり、青葉の緑は芽吹きを待つ。古戦場の七里ヶ浜は、波が灰を洗い、塩辛い風が新しき希望を運ぶ。

史書は、こう記した。

「北条氏邦の妻千代は、子を抱きつつ自刃す」

たった一行。鎌倉陥落の四日後、五月二十二日。残党狩りの兵に見つかり、子を抱いて自刃したと。私の名は、歴史の片隅に残った。だが、真実は灰の中。炎の中を逃げ、子を抱いてさまよい、四日目に自刃した。千代丸の冷たい体、夫・氏邦殿の遺言。得宗の暴政がすべてを焼いた。重税、粛清、宴の腐敗。霜月の夜に父・政村を失い、北条の女として生きた日々。

尼として生き延びた私は、庵で経を写す。僧の老婆が亡くなり、一人。髪は伸び、黒衣は古びる。鎌倉の雪は静かで、寺の鐘が鳴る。新田義貞は去り、天皇の使者が統治。民衆は重税から解放され、市場で笑う。鶴岡八幡宮の神火は明るく、神官たちが建武を祝う。七里ヶ浜の浜辺では、漁師たちが舟を出し、過去を語らぬ。

私は子を抱いた像を彫る。灰の記憶を、木に刻む。歴史は一行で記すが、真実は私の胸に。北条の最後の女として、炎を見た。あの日、私は北条だった。そして今、灰の尼だ。

鎌倉の雪が溶け、春が来る。この正月、歴史はこう記した。だが、私の物語は続く。

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