第18話 子を抱きつつ自刃す
元弘三年 五月二十二日 昼
灰の山は、風に吹かれ始めていた。
鎌倉の山中、小さな庵は青葉の木々に守られ、鶴ヶ丘の残灰が遠くに散る。海からの風が灰を運び、朝露が乾き始めるこの昼、私は尼として祈っていた。四日目。子を抱いたまま、黒衣を纏い、経を唱える。七里ヶ浜の波音は穏やかで、新田義貞の軍が去り、残党狩りが終わりを告げる。東勝寺の骨は収められ、一族八百余人の霊が弔われる。寺の僧たちは再建を進め、神殿が蘇る。鶴岡八幡宮の石段は掃除され、神官たちが建武の新政を祝う。市場は賑わいを戻し、商人たちが新鮮な魚や野菜を並べ、民衆が希望を語る。鎌倉の歴史は、この灰の昼に再生していた。源頼朝の幕府は灰となり、後醍醐天皇の時代が始まる。得宗の高時公の暴政は忘れられ、石垣の残骸が土に還る。御内人たちの血は洗われ、矢の先が埋もれる。五月の陽光は灰を照らし、青葉の緑が新しき世を彩る。古戦場の七里ヶ浜は、波が灰を洗い、塩辛い風が未来を運ぶ。
私は千代丸を抱いて、庵の外で座っていた。子は冷たく、遺体を抱く手が震える。僧の老婆が、静かに粥を運んでくれる。「食べて、生きろ。仏の教えだ」髪を切った頭は風にさらされ、黒衣の袖が灰で汚れる。鎌倉の尼は、戦の後に祈りを捧げ、経を唱える。侍女のお梅のような女性たちが、都へ帰る噂を聞く。屋敷の灰は消え、夫・氏邦殿の魂はさまよう。病床の最期、冷たい手が胸を刺す。刀は庵に置かれ、子を抱く手が祈りの形に変わるはずだった。
「千代丸……仏の元へ、行け」
だが、心はさまよう。得宗の暴政が、この灰を生んだ。重税で民を苦しめ、霜月の夜に父を殺し、宴で魂を腐らせた高時公。父・政村の自刃、血塗れの廊下。すべてが灰に還ったのに、私は北条の女。生きる資格はない。新田義貞の軍が去り、天皇の使者が鎌倉を統治。寺の僧たちは経を再開し、鶴岡八幡宮の神火が灯る。七里ヶ浜の浜辺では、漁師たちが舟を出し、新しき世を祝う。五月の風が優しく、灰を散らす。
四日目、残党狩りの兵が庵に戻ってきた。北条の女を探す声が響く。「千代という女、子を抱いて逃げた」僧の老婆が隠そうとするが、私は立ち上がる。子を抱き、刀を握る。
「ここだ。私は北条千代」
兵が刀を抜く。私は子を抱き、静かに腹に刃を当てる。血が黒衣を染め、痛みが体を貫く。子を抱きつつ、自刃す。
世界が暗くなる。鎌倉の陽光が、灰の山を照らす。この昼、私は北条として死んだ。子を抱いて、炎を見た。あの日、私は北条だった。




