第11話 五月十八日・朝
元弘三年 五月十八日 朝
鎌倉の五月は、青葉が山々を覆い、潮風が石畳の道を優しく撫でる。鶴ヶ丘の山々が鮮やかな緑に輝き、海からの風が市場の商人たちの声を運ぶこの季節、幕府の中心地は一見穏やかだが、戦の気配が濃く漂っていた。東勝寺の鐘が朝霧に響き、僧たちが経を唱える中、寺社は北条の庇護下にありながら、民の祈りが得宗の終わりを願うよう。鶴岡八幡宮の石段は青葉の影に覆われ、神官たちが高時公に最後の祈りを捧げる。市場は朝から賑わい、魚や野菜を並べるが、商人たちの目は遠くの山を警戒する。「新田義貞が迫る」「鎌倉陥落の時が来た」と。鎌倉の歴史は、終焉の予感で満ちている。源頼朝が幕府を開いて以来、得宗専制が頂点に達した今、高時公の館は宴の残骸が残り、石垣を高く積み、堀を深く掘って守られているが、敵の影が忍び寄る。御内人たちが得宗の直属として、兵を配置し、反乱軍の動きを監視する。元弘の乱は広がり、後醍醐天皇の旗の下、新田義貞の軍が鎌倉へ進撃。七里ヶ浜の浜辺は、朝陽に輝くが、波が戦の太鼓のように鳴り、古戦場の血を呼び起こす。
私は千代丸を抱いて、屋敷の座敷で朝の光を浴びていた。生後八ヶ月。子は元気に這い回り、私の袖を掴む。侍女のお梅が、温かい粥と漬物を運んでくる。青葉の香りが窓から入り、池の水面に映る。鎌倉の武家屋敷は、五月の陽光で障子が明るく、屏風を涼やかにする。食事は新鮮な魚の煮付けや山菜。侍女たちが市場から仕入れ、子のために柔らかいものを選ぶ。武家の妻は、五月の寺参りを欠かさず、鶴岡八幡宮の石段を上り、家族の守護を祈るが、心は戦の影に覆われる。得宗の暴政が、ついに破綻を招く。重税、粛清、宴の腐敗が、民を天皇側に駆り立てる。
氏邦殿は病床に伏せっていた。九州遠征の傷が癒えず、顔色が青白い。座敷で咳き込みながら、窓から外を見た。刀は傍らに置き、目が虚ろ。
「千代……朝だ。新田の軍が、鎌倉の入り口に迫っている」
私は子を抱き締め、問うた。
「夫君……得宗はどうするのです」
氏邦殿はため息を吐いた。外の空は青いが、遠くの山に煙が上がる。新田義貞の軍勢が、鎌倉の三方を包囲。得宗館では高時公が最後の宴を開き、御内人たちが刀を抜く。酒の匂い、女の泣き声の中、陥落の報せが入る。東勝寺に一族が集まり、自決の準備。鎌倉の石畳は、馬の蹄で鳴り、得宗の兵が最後の抵抗を試みる。市場は閉まり、民衆が家に籠もり、寺の僧たちは経を唱え、乱の終わりを祈る。鶴岡八幡宮の神は、得宗を見捨てるのか。七里ヶ浜の浜辺では、漁師たちが舟を捨て、逃げ惑う。五月の風が強く、青葉が舞い、空に煙の雲が広がる。
氏邦殿は続けた。
「高時公は東勝寺で自決を決めた。一族八百余人が、共に死ぬ。俺は……病で動けぬ。お前と子は、屋敷で待て」
想像した。得宗の館の混乱。灯りが赤く、血の匂い。高時公の目が狂気に満ち、御内人たちが刀を握る。自決の命令が飛ぶ。鎌倉の朝は、美しいが、死の予感で満ちる。
私は子を抱き、窓から外を見た。朝陽が昇り、山々が輝く。だが、煙が上がり、鎌倉の空に赤い雲がかかる。
この朝が、北条の最後の朝だ。炎が、すべてを焼く。




