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9.婚約破棄された私たち ベルナード3

 甲高い悲鳴で目覚めた俺は、目の前にラシュレがいることに驚き、次いで自分がいるのがベッドの中なのに青ざめた。


 ちょっと待て。

 俺は昨晩何をしたんだ。


 びっくりしすぎてベッドから落ち、尻を床に打ち付けたが、そんなことはどうでもいい。

 ベッドの上から心配そうにこちらを見るラシュレは、幸運にも皺だらけなドレスを着ていた。

 服を着ていることにホッとしたのも束の間、だからと言って何もなかったとは限らない。


 真っ青な顔で謝れば、ラシュレは「眠っただけだ」と言ってくれた。

 額に手を当て昨日の記憶を探ると、徐々に蘇ってくる。

 ラシュレの言う通り眠っただけだと思い出し、ホッと息を吐いたところでローナがパンを持ってきてくれた。


 何もなかったのは分かったが、どうして同じ部屋で寝ているのか理解に苦しむ。

 そこでローナに聞いたところ、俺がラシュレに求婚したらしい。


 さらにはその場にいた商人が、王都に噂を広めようと張り切っていると言う。


 たしかにラシュレに同情し、つまらない男の妻になるぐらいなら俺と結婚したほうが幸せなのではないかと思った覚えがある。

 まさか、酔っぱらった勢いで俺はそれを彼女に言ったのか?

 急いで商人を止めなくてはと懐中時計を見れば、もはや手遅れとなる時間だった。




 とりあえず用意された朝食を摂りながら、前のソファに座ったラシュレをそっと窺う。


 すらりとした長身の彼女は、こんな事態にもかかわらず落ち着いているように見える。

 もちろん内心でどう思っているかは分からないが、俺を責めることなくこれからどうしようかと聞いてきた。


 こんな女性もいるのだと、目から鱗が落ちる。


 エリザベートは俺に非があろうとなかろうと、意に沿わなければヒステリーを起こし責め立ててくる。もしくは、とんでもない無理難題を俺に言いつける。


 それなのに、ラシュレから俺を非難する言葉は一度も出てこない。

 ラシュレが卑劣な男の餌食となるのを防ぎたいという気持ちが、さらに大きくなる。


 領民の暮らしさえ碌に守ってやれない情けない男だけれど、女性ひとりぐらいなら助けられるのではないだろうか。

 むしろ、それぐらいできなくては、俺は今後自分を責めながら生きるだろう。


 それに彼女を救えたら、少しは自信を得られるかもしれない。

 そんな打算が働くこと自体みっともないが、それほど俺は誰かに認めて欲しかった。

 人間として最低なのに、仕事ができる父親の足元にも及ばないことが、日々俺の心に劣等感として積み重なっていく。


 そんな自分から抜け出したいがために、俺は彼女に結婚を提案した。


 結婚しないかという問いに、ラシュレは契約結婚かと耳慣れない言葉を返してくる。

 聞けば、契約結婚を扱った小説が世間で流行っているらしい。

 だけれど、俺が求めているのはそういうことではない。

 お互いを尊重し、信頼できる人が欲しいと思った。

 そしてその人を幸せにできれば、長年抱えていた劣等感から抜け出せるかもしれない。

 ラシュレは俺の我儘を、快く承諾してくれた。


 そんな彼女に俺ができることは、ひとつしかない。


「俺は夫としてラシュレを大事にする」


 打算だらけの求婚だけれど、だからこそ受け入れてくれたラシュレには誠意を尽くそう。

 するとラシュレは、俺を支えると言ってくれた。


 孤独の中で頑張ってきた俺の心が、ふわりと温かくなる。

 愛というものが何か分からない俺と違って、ラシュレは人を愛せる人間だ。

 彼女が恋人を見つけるまでの間、俺が守ろう。

 支えると言われただけで、強くなった気がした。

 単純だとも思ったが、単純で何が悪いとも思う。

 こうなったら、善は急げだ。


 ラシュレが下衆な男に嫁がされる前にレステンクール伯爵と話をつけるべく、俺は伯爵邸に乗り込んだ。


 そこで目の当たりにしたのは、ラシュレの置かれている酷い環境だった。

 丸半日行方が分からなかったにもかかわらず、誰もラシュレを心配していない。

 それどころか怒鳴り散らし、貶める。


 準備万端とばかりに用意された、婚約破棄の書類や釣書に怒りがこみ上げてきた。

 なんとしてもラシュレを守りたい。ここで引き下がっては、一生後悔する。

 やはり俺はでくの坊なんだと、自己嫌悪しながら生きていかなくてはいけない。


「では、対価としてクローデル侯爵家に代々伝わるアイオライトのネックレスをお渡しいたしましょう」


 アイオライトはクローデル家に受け継がれる秘宝だ。

 父から譲り受けたそれは、本来大事にすべきものなのだろう。

 だけれど、俺には何の思い入れもない。

 これでラシュレが救えるなら、安いものだと思えた。


「俺にとってはアイオライトよりラシュレのほうが大事だ」


 それは強がりでもなんでもなく、本心から出た言葉だ。

 昨日会ったばかりの女性のためにアイオライトのネックレスを手放すのかと、どこか冷静な俺がいるのも事実だ。


 だけれど、ひとりの女性の尊厳と宝石を天秤にかけたら、答えはおのずと決まってくる。

 あとは少々の脅し文句でレステンクール伯爵を黙らせると、俺はラシュレを連れて部屋をあとにしたのだった。


次話からラシュレ視点へと戻ります。


お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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