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7.婚約破棄された私たち ベルナード1

 ラッシュド王国でも旧家、名家と言われるクローデル家の嫡男として俺は生まれた。


 しかし、大事に育てられた覚えはない。

 父親と母親の仲は冷めきっていて、父親は愛人の家に入りびたりだったし、母親が住む別邸にも複数の男が出入りしていた。

 三人で食事をするのは来客があるときぐらいで、いつも家令が見守る中、一人で黙々と食べ物を口に運ぶ。それが俺にとって普通の暮らしだった。


 俺が生まれるまで十年かかったらしい。母親は俺を産むとやっと責任を果たしたとばかりに別邸で暮らしだした。だから俺の世話はすべて、乳母であるローナがしてくれた。


 クローデル侯爵家は、かつては国から重要な役職を与えられ裕福だったらしいが、祖父の代には名家とは名ばかりの乏しい貴族となっていた。

 クローデル侯爵領は雨が多く小麦の生産に向かない。

 そこで父親は船を手に入れ、運送業で財をなした。


 愛人を複数囲うような男だったけれど、仕事に関しては優秀だった。運送業で稼ぐ金額は、領地収入の三倍にも膨れ上がり、父は数隻の船を所有した。


 ある日大口の取引の話がきて、父親は持っている船すべてを伴い遠方の国へ行くことになった。

 いままでもほとんど家にいない男だったから、父親の不在を寂しいとは思わない。


 意外なのは、その取引に母親も付いていったことだ。

 何でも、取引先が催す宴に夫婦揃って呼ばれたらしい。滅多に行けない異国に母親は興味を持ったのだろう。出発前にやけに浮かれていたのを覚えている。

 そしてそれが、俺が両親を見た最後となった。


 航海途中に海賊に襲われ、積んでいた品をすべて奪われたあげくに、船は転覆したそうだ。

 幸運にも、通りかかった船に助けられた船員の話によると、あっという間の出来事だったらしい。


 俺は悲しむ間もなく、十六歳でクローデル侯爵家の当主となった。

 当主として初めにした仕事は、父親が経営していた運送業を手放すことだ。

 多くの積み荷を奪われた責任はクローデル侯爵家にある。その賠償金を支払うために、貯えの殆どを使った。


 残されたのは貧しい土地だけだ。

 俺は領地経営の経験も知識もないから、あらゆる書物を読み漁り、領民の生活を守ろうとした。

 だけれど、雨の多い土地で作れる食物は限られている。

 毎年収入はぎりぎりの状態で、時には金策に走ることもあった。


 そんな俺を助けたのが、父親に無理やり覚えるよう言われた異国の言葉だ。

 父親の知り合いから、周辺諸国で書かれた本の翻訳ができる人物を知らないかと聞かれ、俺は自ら名乗りでた。


 翻訳なら領地経営をする傍ら、空いている時間でできる。しかも、遠方の書物の翻訳だから、かなりの金額を提示された。


 領地経営と翻訳の仕事をかけもちする俺に、貴族学園に通える時間はない。

 ただ、名家クローデル侯爵家の当主が貴族学園を卒業しないというのは醜聞だ。


 幸い、貴族学園のテストは少なく、卒業に必要な単位は課題の提出となる。つまり、ほとんど出席しなくても、課題でそれなりの点数を取れば卒業できるのだ。

 これ幸いとばかりに、俺は貴族学園に通う時間を翻訳に当てることにした。


 学生生活を満喫する友人とは、どんどん疎遠になっていく。

 唯一、俺を訪ねてくるのは婚約者のエリザベートだけとなった。


 エリザベートとの婚約は、両親が亡くなる一年前、俺が十五歳のときに決まった。

 爵位が釣り合うからという理由だけで、顔合わせの茶会が開かれ、そこで俺は彼女のお眼鏡にかなってしまう。

 どうやら、俺の容姿は彼女の好みど真ん中らしい。


「あなたなら、私の隣にいてもよろしくてよ」


 まるでアクセサリーを買うかのように、品定めされたのを覚えている。

 彼女は、美しいドレスや自分を引き立てる宝石を求めるように、俺に傍にいることを許可した。

 俺は彼女を着飾る道具のひとつにすぎない。


 だけれど、貴族の結婚なんてそんなものだろう。

 冷めた夫婦関係を見て育ったからか、その婚約に違和感を覚えることもなくすんなりと受け入れられた。


 エリザベートはただ美しいだけでなく、我儘で傲慢な女性だった。

 父が亡くなるとそれはさらに顕著になったが、エリザベートの実家から支援を受けていたから無下にもできない。


 月に一度はプレゼント――それも値が張る珍しいもの――を贈るよう強要された。

 それ以外にも、夜会で着るドレスの用意も俺がしなくてはいけない。

 一度の夜会で用意するドレスは三着。その日の気分で彼女が選ぶらしい。当然、宝石もドレスに合わせて三セット準備する。

 そうなると、出費は嵩むばかりだ。


 一週間に一度開かれるお茶会には、いつも彼女の友人がいた。

 俺を見せびらかしたかったのだろう、そこでは完璧なエスコートが求められた。

 もちろん花やケーキは欠かせないし、髪飾りや小物のプレゼントも必須だ。

 忙しくて準備ができなかったときや、彼女の趣味に合わない場合は、金切り声で怒鳴られ物をぶつけられる。


 そうしてすぐに違うものを用意するよう命じられるのだ。

 三日に一度は手紙を書くように言われ、書き出しは「愛するエリザベート」だと決められた。

 さらには必ず愛の言葉を入れなくてはいけない。


 面倒くさくなって適当に書いていたら、「同じ文言ばかりとはどういうこと? 私をなんだと思っているの!?」と怒鳴られ、書いた手紙を投げ返されたこともある。


 日々の激務でほとんど眠れていない俺に、彼女に抵抗するだけの余力は残っていなかった。

 とにかく面倒ごとを早く終わらせるべく謝罪し、彼女を怒らせないようプレゼントを選ぶ。それが一番効率的だ。


 卒業が近づくにつれ、彼女は俺への興味を失っていった。

 理由は明白だ。寝不足と不健康な生活によって俺の容姿が衰え、彼女の隣にいるのに相応しくなくなったからだ。

 だから、卒業式で婚約破棄を宣言されたときはホッとした。


「大事にしてくれない」「他に女がいる」など、身に覚えのない言葉を散々浴びせられたが、否定する気にはなれなかった。

 勝手にしてくれ、これでやっと我儘から解放される、ただそう思った。


 何もかもがうんざりだ。

 我儘な婚約者もそうだし、父親のように商才がない自分にも嫌気がさしていた。

 どんなに頑張っても報われない。

 仕事をすればするほど、嫌いだった父親の優秀さが身に染み、劣等感に苛まれた。


 この国で古くから続くクローデル家を継続させることも、領民の暮らしを守ることもできない俺に、なんの価値があるのだろう。

 卒業パーティが開かれている会場を抜け出し、夜の庭をそぞろ歩きしていた俺は、偶然池の縁に佇む一人の女性を見かけた。


 何をしているのだろうと足を止め、邪魔な前髪を掻きあげ顔を確かめる。

 するとそれは、俺と同じように婚約破棄をされた女性だった。

 名前は知らないが、卒業パーティに出席していたから同級生だろう。

 婚約というしがらみから解放された俺と違って、彼女はきっと傷ついているはずだ。

 声をかけるべきかと考え、いや、ここはそっとしておくほうがいいと結論づけた。

 足音を立てないように踵を返そうとしたときだ、彼女は突然池の中に入っていった。



ベルナード視点は全部で3話です


お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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