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4.婚約破棄された私たち4

しばらく、午前、お昼、夕方の三回投稿をします。


 ローナはパン五個と紅茶を置いて部屋を出ていった。

 私たちはソファに向き合って座り、とりあえずティーカップを手にする。

 侯爵家で働いていただけあって、紅茶の淹れ方がとても上手だ。


 一口飲んでテーブルに置けば、同じタイミングでベルナード様もカップを置く。

 そして深々と頭を下げた。


「本当に、申し訳ない」

「あ、あの。頭を上げてください。酔っぱらった私にも責任があります」


 婚約破棄されて清々したのが八割、やっぱり私には魅力がないんだと突きつけられた悲しみ二割で、かなり飲んでしまった覚えがある。

 ベルナード様も失恋のショックからかかなり飲んでいた。一緒にいた私が止めてあげるべきだったのだ。


「それよりも、これからどうするかを考えなくてはいけません」


 貴族女性としては醜聞だろうが、考えようによっては叔父の「駒」になることは暫くない。

 叔父は、おそらく事前にフィリップ様から婚約破棄を聞かされていただろう。


 きっと今頃、レステンクール伯爵家にとって有益となる私の結婚相手を探しているはずだ。いえ、すでに数人まで候補を絞っている可能性もある。


「未婚の貴族女性にとってこれは醜聞だ。噂の払拭に尽力するが、俺は社交界に人脈がないから、どこまで可能か。本当に申し訳ない」

「いえいえ、むしろ好都合な部分もあるのです。由緒正しいクローデル侯爵家の当主であるベルナード様との噂が広まっている間は、叔父も強引に私の結婚相手を探せないでしょう。その間に、侍女としての働き口を探し、邸を出ようと思います」

「生まれ育った家をか?」

「はい。もともと居心地の良い家ではありませんでした。フィリップ様と結婚して伯爵家を継ぐから我慢して暮らしていただけです」


 亡くなった祖父は、私がフィリップ様と結婚したら爵位を譲るように遺言してくれた。 

 遺言書は教会にも提出されているので、これを叔父の一存で反故にはできない。

 ただこの遺言書の問題は、私が爵位を継ぐためにはフィリップ様と結婚しなくてはいけないところだ。


「今回の婚約破棄で私が爵位を継ぐことはなくなりました。レステンクール伯爵家の次の当主はタチアナ、もしくはフィリップ様です。あの家にいても搾取されるだけですし、住み込みで働ける職場を探したあとは、自立して生きていこうと思います」


 今は婚約や結婚は考えたくない。

 可愛げなく、やせっぽちでひょろ長い私は女性としての魅力に欠けるだろうし、一生独身でも構わない。

 フィリップ様のような男性と結婚するぐらいなら、ひとりで生きたほうがましだ。


 噂が収まるまで、おそらく半年はかかるだろう。

 自立するだけの時間がそれだけできたと、前向きに考えればいい。

 そう開き直った私に対し、ベルナード様は難しい顔のまま腕組みをした。

 そうして暫く考えたのち、意を決したかのように口を開いた。


「では、本当に俺と結婚しないか?」

「えっ?」


 突拍子もない提案に、私は目を瞬かせる。

 結婚? 私と? 本気で言っているの? 


「それは、俗に言う、契約結婚というやつでしょうか?」

「待ってくれ、契約結婚は俗に言われるほど有名なのか?」

「巷でそういう小説が流行っているのです。何かしらの理由があって契約結婚するみたいですね。大抵は三年とか区切りをつけた白い結婚で、そこから恋愛関係に発展する場合と、別れるパターンがあります」


 あくまでも小説の話だけれど。

 ベルナード様は初めて聞いたようで「ほぉ」と微妙な相槌を打ったあと、はっきりとした口調で「そうではない」と断言した。


「俺は、本当にラシュレと結婚しようと思っている。正直、もう婚約はうんざりだし、女性に対して今は煩わしいという感情しか持っていない」

「はぁ……」


 それでどうして私と結婚となるのだろう。

 腑に落ちない私をよそに、ベルナード様は言葉を続けた。


「だけれど、こんな状況で前向きに自立を考えるラシュレとなら、愛情はなくてもお互い尊敬し合える関係を築ける気がするんだ」

「なるほど」

「さらに言えば、俺は侯爵位を継いでいる。いずれは誰かと結婚し、世継ぎを育てなくてはいけない。知っていると思うが、養子を貰うにしても夫婦揃っていないと許可がおりないんだ」


 貴族の結婚は家を存続させるためだ。しかし、子供ができない夫婦もいる。

 その場合、愛人に子供を産ませたり、親戚から養子を貰う。

 ただ、父親だけもしくは母親だけの場合、養子縁組ができないのがこの国の法律で決まっていた。

 子供の養育に両親の存在が欠かせないという、古い考えが今もなお続いている。


 平民の場合はこんな決まりはないし、両親揃っていなくても幸せな子供は沢山いるのだから偏見だと思うのだけれど、法律なのでそこは従わなくてはいけない。


「つまり、一生独身でも構わない私と違って、ベルナード様は結婚する必要があるのですね」 


 そして失恋の痛みから、夫婦間に愛情は求めていない。

 私が求めているのは恋や愛ではなく住む家だから、利益が一致したというわけだ。


 さらにはベルナード様と結婚すれば、レステンクール伯爵家と縁が切れるというメリットがある。

 ではデメリットは、と考えたところ……

 ない! ひとつもデメリットが思い浮かばない!


「分かりました。その結婚、お引き受けいたします」


 私が出した右手をベルナード様が握り返す。


「助かる。今から婚約者を探して面倒なあれこれをこなして、と考えると気が滅入りそうだったんだ。ラシュレとならそんな心配は無縁だ」

「はい。私も住む家が見つかるのは嬉しいです。ただ、結婚するにあたって決まりを作りませんか?」


 これは契約結婚ではない。神の前で本当に夫婦としての誓いを立てるのだ。

 私たちの間にあるのが愛情ではなく、同志としての感情という以外は他の夫婦と変わらない。

 だからこそ、事前にすり合わせておくべきことがある。

 ベルナード様がローナに頼みペンと紙を持ってきてもらうと、少し癖のある文字を走らせる。


「俺たちが交わすのは契約結婚ではない。ただしお互い相手に求めるのは愛情ではなく、信頼と尊敬。そこは問題ないだろうか?」

「はい。そもそも貴族の婚約や結婚は愛情で決められるものではありません。尊重し合い助け合える関係を築ければと思っています」


 背筋を伸ばし返答すれば、ベルナード様も同意を示すよう大きく顎を引いた。そして手を止め、私をまっすぐに見る。


「その上で、どちらかが離婚を望んだらその意志を尊重することにしよう。不毛な結婚でラシュレを縛りたくない。もし、好きな男ができたら言って欲しい」

「はい。もしベルナード様もまた恋がしたくなったら言ってくださいね」

「……恋、がどんなものか知らないが、分かった」


 恋を知らない? その言葉に引っ掛かったが、ベルナード様は再び文字を書き進めていった。


「それから、俺は夫としてラシュレを大事にする」

「ありがとうございます。では、私は妻としてベルナード様を支えると誓います」


 かつて、フィリップ様からは学園の課題すべてを押し付けられ、叔父からは領地経営をしろと命じられた。

 私が努力して仕上げた課題でフィリップ様は首席で卒業し、私が稼いだお金で叔父家族が豪遊した。

 搾取され続けた私にとって、人として尊重すると言う言葉は、甘い愛の言葉の何倍も嬉しいものだ。


 それなら、私は精一杯ベルナード様を支えよう。

 そして彼が再び恋することができたら、笑顔で身を引くのだ。

 もともと貴族の結婚はお互いの利害が一致して決まる。愛情のない夫婦なんて珍しくないし、お互い愛人がいる場合もある。

 そう考えれば、好きな人ができたら別れると決めた私たちの結婚は、健全だとも言えるだろう。もちろん、ベルナード様に好きな人ができなかった場合は、最後まで添い遂げるつもりだ。


「では、ベルナード様。不束者ですが、よろしくお願いいたします」

「こちらこそ、こんな無謀な提案を受け入れてくれて感謝する。それじゃ、食事を摂り終えたら早速行こうか」


 すっきりとした声を出しながら、ベルナード様がパンに手を伸ばす。相変わらず長い前髪のせいで表情は分かりにくいが、晴れ晴れとしているような気がする。

 それはいいのだけれど。


「あの、行くってどこへですか?」

「決まっているだろう。レステンクール伯爵に結婚の許可をもらいに、だ」

「えっ、ええっっ!?」


 当然だと答えるベルナード様に、私は思わず絶叫してしまった。




はやり?の契約結婚ではなく、本当の結婚です。ただし、恋愛感情はゼロ。


お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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一日3話投稿して頂ける事実に、驚きと共に嬉しすぎる報告。ありがとうございます! 親しき中にも礼儀あり。 簡単そうで一番難しいからこそ、その部分を言語化して伝え合うのは良き事と思います。 今はまだ…
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