37.お茶会4
「フィリップ様!?」
私の腕を掴んだまま、フィリップ様は周りを気にするように目線を配る。
植え込みといっても木が数本立ち並ぶ程度だ。誰もいないのを確認すると、血走った目を私に向けてきた。
「ラシュレは、あの小麦や肥料が粗悪品だと知っていたのか? 知っていてレステンクール伯爵家に売るよう、ボナパルト男爵に命じたのか?」
「ち、ちょっと待ってください。叔父に小麦や肥料を売ったのはボナパルト男爵なのですか?」
ボナパルト男爵がエリザベートさんの婚約者なのは知っている。でも、私が領地経営をしていたときは彼と取引はなかったし、その後も面識はない。
「……では、ラシュレは本当に何も知らなかったんだな」
「はい。レステンクール伯爵領で洪水があったのを知ったのも、随分あとになってからです。その後も小麦は問題なく流通していたので、被害は大きくなかったのだと思っていました。それに、早育ちの小麦なんて初めて聞きました。そんなものが存在するのですか?」
私の問いに、フィリップ様は聞いた話だがと前置きして、三ヶ月で生育する小麦の存在を教えてくれた。
叔父たちは、その小麦粉をお茶会に持って行き、同時に自分たちも食べたのだろう。
話を聞く限り、有害な小麦はまださほど出回っていないと思われた。
「でしたら、今すぐに小麦を回収すれば被害は少ないはずです。その話を国王陛下に伝えてください。」
「いやだ! そんなことをしたら俺まで早育ちの小麦の栽培に関わっていたと疑われてしまう。俺はちょっとレステンクール伯爵の手伝いをしていただけで、関係ないんだ」
この期に及んで、この人は何を言っているのだろう。
今すぐに流通を止めなくてはいけないのに、保身に走るなんてあり得ない。
「では、私が伝えてきます。私はまだレステンクール伯爵家の人間ですので、責任があります」
「そのことだが、ラシュレ。俺たち、もう一度婚約しよう」
ガシッと肩を掴まれ、フィリップ様の顔が近づく。一歩足を後ろに引き身体を捩るも、肩を掴む指の力は緩まない。
「きっと、レステンクール伯爵は責任を取らされる。タチアナに領地経営は無理だ。俺は次男だから今さら婿入り先を見つけるのは難しい。だからラシュレがレステンクール伯爵位を継げばいいんだ」
「ちょっと落ち着いてください。自分が何を言っているのか分かっていますか?」
「もちろんだ。ラシュレがレステンクール伯爵家を継いで、俺が夫として支えればすべてうまくいく」
もともと自己中心的なところはあると思っていたけれど、ここまで自分の利益しか考えない人だったとは。
「タチアナを愛していると言いましたよね」
「そうか、ラシュレは俺から選ばれなかったことを根に持っているんだな。俺はタチアナにたぶらかされていたんだ。だが、目が覚めた。ラシュレこそが俺の妻に相応しい」
「私はベルナード様の婚約者です」
「振られた者同士が傷の舐め合いをしているだけだろう。ラシュレが本当に好きなのは俺だし、あいつもラシュレのことを愛しているわけでは……」
そこで言葉が途切れると同時に、私の肩からフィリップ様の手が引き離される。
代わりに腰を抱き寄せられ、私は声の主の胸に倒れ込んだ。
「……ベルナード様」
「衛兵から、御者がラシュレを探していると連絡を受けた。とっくに馬車停めに着いているはずなのにおかしいと探しに来たんだ」
ベルナード様は私の身体にさっと目を通すと、怪我がないのにホッと息を吐いた。
それから再び鋭い視線をフィリップ様に向けた。
「俺の婚約者に、こんな場所で何をしていた?」
「何って。ラシュレの気持ちを確認していたんだ。彼女はまだ俺のことを愛している。だから再び婚約するつもりだ」
「それはラシュレが言ったのか?」
「言わなくても分かる。第一、クローデル侯爵だってラシュレを好きなわけではないだろう。ただ、振られた者同士成り行きで婚約しただけなのだから、相手は誰でもいいはずだ」
フィリップ様を愛していない。
そう伝えようとベルナード様を仰ぎ見たけれど、ぎゅっと抱きしめられ、逞しい胸に顔を埋める形で言葉を塞がれた。
「誰でもいいなんて、いつ言った? 俺はラシュレを愛している」
突然の言葉に、ひゅっと喉が鳴る。
これはフィリップ様から私を守るために吐いた嘘なのか、それとも本心なのか。
逞しい胸から頬に伝わる心音は力強く、そして早い。
それに後押しされるように、私も声を荒げた。
「私は、フィリップ様を好きだったことは一度もありません!」
全身から絞り出した声に、抱きしめていた腕が緩む。
ベルナード様から身体を離すと、改めてフィリップ様を見据えた。
「レステンクール伯爵位を継ぐために我慢していただけです」
「タチアナを選んだから拗ねているんだよな。だからあれは、タチアナに騙されただけで……」
「私を感情のない人形だと思っているのですか? 面倒事を押し付け、婚約者としての義務を果たさない。碌に会話もせず目も合わせないばかりか、利用し蔑ろにする人間を、どうして私が愛さなくてはいけないのです」
「そ、それは。俺が好きだから喜んで助けてくれていたのだろう」
「あなたのどこに、私に好かれる要素があるのでしょうか?」
辛辣な言葉に、フィリップ様の顔色が変わる。
驚き青くなったあとは、怒りがこみ上げてきたのだろう。顔を赤くして全身を震わせる。
「黙っていれば、ラシュレのくせに調子に乗りやがって。俺が婚約してやると言っているんだから、素直に頷けばいいんだ」
怒りに任せるかのように、フィリップ様がこぶしを振り上げる。
それが振り下ろされるより早く、ベルナード様が私を背中に庇ってくれた。
「ラシュレ、言いたいことは全部口にできたか?」
「はい。すっきりしました」
「それならよかった。それからフィリップ、俺がここに来る前に、タチアナが領地経営にお前も関わっていると騎士団長に伝えていた。今ここから立ち去ってもいいが、呼び出しは避けられないだろう。俺なら、タチアナが余計なことを話さないようにすぐに戻るが、どうする?」
ベルナード様がお城に視線を向ける。
タチアナのことだ。意味が分からないまま聞かれたことに答えているだろう。ただ答えるだけならまだいいけれど、自分が責められないよう都合のいい嘘を混ぜるかもしれない。
もっと言えば、取り繕うとして墓穴を掘る可能性もある。
フィリップ様も同じ考えに至ったようで、忌々しそうに顔を歪めると、お城へと戻っていった。
ほっと息を吐いていると、隣から視線を感じ、そっと窺い見る。青い瞳が少し驚いたように、私に向けられていた。
「ちょっと、言い過ぎたかもしれません」
「いいんじゃないか。オブラートに包んだ真意に気づくようなヤツではなさそうだし。ハッキリ言わないと、分からないだろうからな」
「私のこと、怖いとか性格が悪いって思いましたか?」
「まさか。あー、でも怒らせるのはやめようと思った」
クツクツと笑うと、ベルナード様は私をぎゅっと抱きしめた。
まるで宝物に触れるみたいに優しく。
それでいて全身で私のぬくもりを感じようと、身体がぴたりと密着する。
「帰ったら、話したいことがあるんだ。聞いてくれるか?」
「……はい。では美味しい紅茶を用意しておきますね」
私の言葉に応えるように口付けが額に落とされた。
そしてベルナード様は私を御者の待つ馬車まで連れていくと、再びお城へ戻って行った。
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