34.お茶会1
お城の門を潜り、広い庭を馬車で進む。
冬の庭は本来なら殺風景なはずなのに、クリスマスローズやシクラメン、ポインセチアが昨日降った雪に色を添えている。
馬車を降り招待状を侍女に見せると、私とベルナード様は違う部屋へと案内された。
通された部屋は、さっき見た庭に面する壁一面が硝子になっていて、弱い冬の日差しが差し込んでいた。
部屋の隅にある大きな暖炉で薪が焚かれているので、寒くはない。
私は案内されるまま、テーブルに着いた。
来る前に、貴族夫人の名前と顔は覚えた。どうやってかと言うと、バートン様が姿絵付きの貴族名鑑を持っていて、それを借りたのだ。
何でも仕事柄、必要なものらしい。
それによると、私と同席するのは上位貴族夫人ばかり。
宰相夫人や騎士団長の夫人までいて、自然と背筋が伸びてしまう。
ちなみに、バーデル侯爵夫妻は、娘が起こした騒動の責任を感じ、今年のお茶会は欠席されるらしい。
王妃陛下はひとり一段高い場所に座り、自分のテーブルに夫人を呼んだり、時折壇上から降りて声をかけてくれるそうだ。
クローデル侯爵領から持ってきた特産品はすでにお城に運び込まれていた。いつどのような順番で出されるかは、王妃陛下の采配による。
全員が揃ったところで王妃陛下が入室されたので、皆が一斉に立ち上がる。と、その後ろから五歳ぐらいの男の子も一緒に部屋に入ってきた。
年齢から考えると、王太子殿下の第一子、セドリック様かもしれない。
「忙しいところ集まってくれ、礼を言います。孫のセドリックも参加したいそうなので、急遽席を作りました。夫たちが別室で歓談している間、日頃夫を支えている者同士、私たちも親交を深めましょう。堅苦しい席にはしたくないので、自由にお話をなさってくださいね」
五十代には見えない若々しい容姿をした王妃陛下は、ゆったりと私たちに視線を巡らせると、ある一か所でピタリと止めた。
僅かに眉間に皺が入るも、すぐに柔和な笑みを浮かべると「座りましょう」と仰る。
着席するとすぐに、紅茶が運ばれてきた。
私の前の席に座る宰相夫人が持ってこられたものらしい。
ひとつのテーブルに五人の夫人が着席する。
毎年開かれているし爵位の近いものを集めているので、私以外は皆、親交は深い。年齢も王妃陛下と同じぐらいで、洗練された所作でお茶を飲まれた。
緊張しながら一口飲みカップをテーブルに戻すと、四人の夫人が待っていましたとばかりに私に質問をしてくる。
「夫に頼んでソバ粉を取り寄せ、ガレットを作りましたのよ。とても美味しかったわ」
「私は翻訳された本を購入し、料理人に渡したわ」
「翻訳されたのはクローデル侯爵様と聞きましたが、とても参考になったとお伝えください」
「ハチカワの器についても詳しく聞きたいと思っていたのよ」
次々に振られる話題はどれも好意的なものだった。
厳しい言葉や視線を向けられる覚悟で来た私としては、肩透かしをくらい戸惑ってしまう。
とはいえ、腹の内で何を考えているか分からないのが貴族というものだ。
ここできちんと淑女らしく振る舞わなくては、ベルナード様に恥をかかせてしまう。
背中に冷たい汗を搔きながら、私はそれぞれの質問に答えていく。
そうしているうちに、蜂蜜やナッツ、ワインが運ばれてきた。
ご夫人たちはそれぞれの品の生産地や製造まで見聞が広く、教えられることが沢山あった。
その流れで領地経営に関わる質問もされ、私の知っていることや考えを伝えるとすごく感心された。
これには、私に仕事を押し付けた叔父に感謝だ。
なんとかご夫人たちとも打ち解け、やっと周りを見る余裕ができた私は、他の出席者の様子を窺う。と、次の瞬間、我が目を疑った。
「どうしてタチアナがいるの?」
少し向こうの伯爵夫人たちが座る席で、つまらなそうに肘を突いているのは、間違いなくタチアナだ。
自分よりも年上の夫人たちを前に仏頂面なのは、話題に入れてもらえないからだろう。
そもそも、このお茶会に呼ばれるのは貴族夫人だ。私のように例外として婚約者が呼ばれることはあっても、叔母がいるのだからタチアナが招待されるはずがない。
もし万が一叔母が欠席する場合でも、王妃陛下の許可なく出席するのは無礼に当たる。
流石に許可はとったわよね、と願っていると、王妃陛下が「ところで」と声を上げた。
「今日はお呼びしていない方がいらしているようだけれど、ご挨拶いただけるかしら」
穏やかな声なのにピシッと空気が凍りつく。
全員が王妃陛下の視線を辿る。その先では、タチアナがカップを手にしたままキョトンとしていた。
「その席にお呼びしたのは、レステンクール伯爵夫人だと思うのですが、私の記憶違いかしら?」
タチアナはやっと意味が分かったようで、音を鳴らしてカップを置くと、勢いよく立ち上がった。
「初めまして。レステンクール伯爵の娘、タチアナと言います。母が体調を崩したので、私が代理できました」
「あら、そうなの。初めて聞きましたわ。おかげんはよろしくて?」
「ご心配ありがとうございます。医師に診せたので大丈夫です」
……出席者の中で、タチアナだけがその嫌味に気がついていない。
今のは「連絡も受けていないし、許可していないのに、どうして勝手に来たの?」と言う意味だ。
それなのにタチアナは、一番に声をかけてもらえ自慢気にしていた。
見ているこっちの胃が痛くなる。ここまで常識がないとは思わなかった。
まさか、血縁の私まで連帯責任を取らされることはないと願いたい。
「それにあの服装……誰か止めなかったの?」
あまりに場違いな服装に、眩暈がする。
お茶会が始まってすぐ、王妃陛下はサロンを見回した。そのとき一瞬眉を顰めたが、あれはきっとタチアナを見たからだ。
お茶会と夜会ではドレスコードがまったく違う。
国によって多少の違いはあるだろうが、基本的に、昼間の茶会で肌は露出しない。
夏場でも袖のあるドレスを着用し、襟の詰まったものを選ぶ。
色は派手過ぎなければ自由だけれど、暗黙の了解として黒を避けるのがこの国の慣例だ。
アクセサリーは、小ぶりなものを品よくつけるのが好ましいとされている。
にもかかわらず、タチアナは大きくデコルテが開いたノースリーブのドレスを着ていた。
色は深紅で、胸元には黒い薔薇のコサージュが付けられ、ネックレスもイヤリングも大ぶりなデザインだった。
まるで夜会に出席するかのようなドレス姿は、明らかに浮いている。
私の視線に気がついたのか、宰相夫人がタチアナを見て、それから私に視線を戻した。
「ラシュレさんの今日のドレスは、ベルナード様のお色なのね。初々しい着こなしがとても似合っていらっしゃるわ」
「ありがとうございます。その、申し訳ありません」
従妹が場違いな装いをしたことを謝罪すると、今度は騎士団長夫人が口を開く。
「あら、何を謝っているの? 親戚とは言え、ラシュレさんが謝罪する必要はないわ。あなたはクローデル侯爵様の婚約者としてここに来ているのですから、堂々としていればいいのよ」
「ええ、ラシュレさんの領地経営の手腕は噂で聞いていたけれど、話をしてとても聡明なご令嬢だと思ったわ。ぜひ、これからもよろしくね」
宰相夫人の言葉に、残りの夫人も同意するように頷く。
どうやら私は及第点をいただいたらしい。
そのあとは、夫人たちと一緒に王妃陛下に挨拶に行き、他の方ともお話をさせてもらう。
普通のお茶会であれば決められた席にずっと座るものだけれど、今回のお茶会の趣旨が夫人たちの交流ということもあって、例外的に席を移動するのを許されている。
そもそもこのお茶会を始めたときは、夜会とよく似た立食パーティだったらしい。
でも、長時間立ちっぱなしは辛いと年配のご夫人から声が上がり、席が用意されるようになった、と宰相夫人が教えてくれた。
それもあって、あちこちで立ち話をする人も多い。同席だった夫人たちが次々と私を知り合いに紹介してくれ、何とか話の輪に入ることができた。
ありがたいことに、皆さんガレットやハチカワの器に興味を持ってくれていて、話が弾む。
歓談が始まり皆が席を立ったから、暫く次の料理は運ばれてこない。
頃合いを見計らってもう一度着席し、そのときにケーキやパイが出されるそうだ。ガレットもそのタイミングで運ばれてくるはず。
一通り挨拶を終えると、宰相夫人たちもそれぞれのご友人と歓談を始め、私はやっと緊張から抜け出せた。
いい人たちだけれど、粗相があってはとずっと気を張っていたので、疲れがどっと押し寄せる。
束の間の休憩とばかりにほっと息を吐き、暫く気配を消していようと部屋の隅へ向かうべく足を踏み出したところで――グイッと腕を引っ張られた。
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