32.縮まる距離2
暖炉でパチパチと爆ぜる薪の音を聞きながら、ベルナード様と私は今年最後の仕事に取り組んでいる。
季節はすっかり冬になり、もう年末だ。そろそろ今年の税を納めなくてはいけない。
私たちはそのための収支報告書の作成に、この二週間かかりっきりだった。
「できたぁ!!」
任されていた数字の計算を終え、万歳をするかのように書類を頭上に掲げれば、ベルナード様も「こっちも完成した」と伸びをした。
すかさず出来上がった計算書を持っていき、ベルナード様の書類と合算した金額を収支報告書の最後の欄に記入する。
「すごい! 予想以上の黒字ですね」
「ああ。実感はあったが、ここまでとは思わなかった」
ベルナード様が感慨深げに数字を眺める。
国の穀物倉庫となっているレステンクール伯爵家は、税のほとんどを現物で納めると決まっているが、それは特例だ。
クローデル侯爵家の場合、現物と現金のどちらを収めるか選ぶことができる。
私が纏めていたのはソバ粉の収穫量。その大半はすでに販売したので、売価も記入した。
ソバ粉の需要が高まり価格が上昇したこともあって、ソバ粉だけで昨年の小麦の収入をすでに超えている。
もちろん全ての小麦畑をソバ畑に変えたわけではないので、そこに小麦の収入が加わる。
ベルナード様が纏めていた数字は、小麦や野菜、海産物と言った昨年と変わらない項目と、そこに新たに加わったハチカワの木の皮から作った器の売上だ。
本来、ハチカワの器は使い捨てされる。
でも、ベルナード様が持つ本に、木製の器の強度をあげる樹液について書かれたものがあった。
単純にその樹液を塗ればいいわけではなく、珪藻土などを混ぜ特別な技法が必要になるらしい。
幸いそれらの技法も書かれていたので、翻訳したものを職人に渡し作ってもらった。
すると、木の皮で作ったにもかかわらず、木をくり抜き作った椀と同じぐらい頑丈なものができたのだ。
ハチカワの木が生息する村は主に漁業を生業としているため、冬の時期や時化の日は仕事ができない。
そこで、内職として漁師にハチカワの器を作ってもらうことにしたところ、これが人気を呼びクローデル侯爵領の特産品のひとつとなった。
「それから、これも侯爵家の収支として計上してください!」
私は、昨晩こっそりまとめた薬草の売り上げを手渡す。それに目を通したベルナード様は、とんでもないと首を振りながら私に書類を返そうとする。
「これはラシュレのものだ」
「どうしてですか? 侯爵家の敷地で庭師の力も借りて作ったのですから、クローデル侯爵家の資産です」
「もしかして、アイオライトのネックレスをまだ気にしているのか? あれは俺には必要ないものだと言ったはずだ」
ベルナード様ならそう言うと思っていた。でも、その言葉に甘えたくはない。だから、ちょっとずるい言い方だけれど
「それもありますが、未来の侯爵夫人である私が稼いだお金は、やはりクローデル侯爵家のものです。だから受け取ってください」
用意していた台詞を言えば、ベルナード様はぐっと口を噤んで、次に困ったように笑った。
「そう言われると、受け取らざるを得ないな」
「はい。私、ベルナード様の未来の妻ですから」
胸を張れば、ベルナード様はちょっと照れたように、それでいて申し訳なさそうに笑い「ありがとう」と言ってくれた。
その言葉が聞けただけで、私は満足だ。来年も頑張って、更に畑を広げよう!
「ベルナード様、これは祝杯を挙げねばなりません!」
「そうだな。バートンから、タブロイド紙の売り上げに貢献した礼として蜂蜜酒をもらった。それを飲もう。ちょっと取ってくるから待っていてくれ」
嬉々として自室へ行くと、すぐに淡い琥珀色の入った瓶とグラスをふたつ持って戻ってきた。
「蜂蜜酒は初めてです。色は蜂蜜よりずっと薄いのですね」
「蜂蜜を水で薄めて作るからな」
ソファに移動すると、ベルナード様は私の隣に座る。
星祭りが終わった頃からだろうか、なぜか向かい側ではなく必ず私の隣を選ぶようになった。
さらに言えば、ふたりの間にある空間が少しずつ詰められている気がする。
冬になってからは、少し動けばお互いの身体に触れるほど近くなった。こうなると、もう気のせいではないだろう。
今日もすぐ隣で、ベルナード様はグラスに蜂蜜酒を注ぐ。お酒だけではなくおつまみのビスケットまで用意してくれ、至れり尽くせりだ。
「では、お疲れさま」
ベルナード様が目の高さにグラスを上げる。私も同じようにグラスを掲げ、初の蜂蜜酒に口をつけた。
「これ、思ったより甘くなくて飲みやすいです」
「白ワインに似た味だろう?」
「はい。飲みやすいから、どんどんいけちゃいます」
すでにグラスの半分を飲んでしまった。ま、酔っぱらったとしてもちょっと歩けば私の部屋だ。問題ないとしよう。
「気に入ってくれてよかった。アルコールが発酵する過程で糖分が分解されるから、甘味が薄まるらしい」
「以前から思っていたのですが、ベルナード様は博識ですね」
「無駄な知識が多いだけだ」
「そんなことありません、ハチカワの器を商品化できたのは、ベルナード様のおかげです」
ベルナード様が持つ書物の数は膨大だ。
今までは忙しくてその知識を試す時間がなかったけれど、これからはいろいろ挑戦していくと話していた。
ますます特産品が増えるかもしれない。
「そういえば、間もなく開かれる王妃陛下のお茶会に持っていく特産品は、ガレットとハチカワの器でいいですよね?」
王妃様のお茶会は慣例行事で、貴族夫人がそれぞれの領地の特産品を持ち寄って開かれる。そこで話題になった品が来年流行ると言われるだけに、参加者の意気込みは並々ならぬものがある。
参加するのは上位貴族の夫人と、下位貴族の中から王妃様が声をかけた夫人、つまりは既婚者なのだけれど、今回は特別に婚約者である私にも招待状が届いた。
旧家であるクローデル侯爵家だからか、もしくは流行のガレットが気になるのかは分からないが、ベルナード様の婚約者として重責なのは間違いない。
「ラシュレ、顔が強張っている。同時刻、俺も国王陛下と謁見しているから、城内にいる。頃合いを見て様子を見にいくから大丈夫だ」
お茶会に出席するのは夫人だけど、同じ時間帯に国王陛下との夫たちの懇親会も開かれる。
懇親会といっても堅苦しいものではなく、さらにはお茶会の開かれるサロンと懇親会が催される広間はそう遠くないので、途中で王妃陛下に挨拶に来る貴族も多いらしい。
「それは心強いです。絶対来てくださいね」
「もちろん。世間では俺たちは真実の愛で結ばれた恋人となっているから、行かない方が不自然だ」
「タブロイド紙の内容が、どんどん過激になっているのは気のせいでしょうか。そろそろバートン様を止めてください」
ガレットの宣伝で恩があるので言いにくいが、最近は溺愛だなんて書かれている。
もうすぐ婚約して一年経つので、そろそろ私たちのことは忘れて欲しい。それなのに。
「いいじゃないか。どうせなら溺愛をお茶会でアピールしよう」
そう言いながら、ベルナード様はビスケットを私の口元へ運んでくる。
思わず胡乱な目で睨んでしまった。
「まさか、あーん、なんて言いませんよね?」
「そのまさかだ。溺愛が嘘だと思われたら記事の信憑性が弱まり、結果、ガレットの美味しさが疑われるかもしれない」
「そういうものですか?」
「そういうものだ」
腑に落ちないものの、口を開ければビスケットが差し込まれた。
不承不承、咀嚼し飲み込む私に、ベルナード様はクツクツと笑う。
「もっと美味そうに食べたらどうだ」
「だって……恥ずかしいではありませんか」
最近のベルナード様は、やたら私に甘い。
ずっとではないけれど、ふたりっきりになると甘い言葉を囁かれたり、髪に触れたりするのだ。
それに、頻繁にプレゼントを渡される。
高価な品なら断りやすいのに、本やお菓子、庭で摘んだ花といった比較的廉価なものだから、ついつい喜んで受け取ってしまう。
だって、好きな人からの贈り物は、やっぱり嬉しい。
ただ、前月比一・二倍ほどの割合でどんどん甘くなっていくので、対応が大変だ。
鼓動の高鳴りは抑えられないし、これでは私のことを好きなのではと勘違いしてしまいそうになる。
うん? 前月比一・二倍ってことは、五カ月前の星見祭りを基準としたら…約二・五倍!!
これではまるで気づかれないように、蜂蜜漬けにされているようなものではないか。
「ラシュレ、もう一つどうぞ」
呆然とした私の前に、再びビスケットが差し出される。
好きな人の言葉に逆らえるはずがなく、私は言われるがまま口を開ける。
ビスケットを頬張る私を見つめるベルナード様の瞳に、熱が籠っているように思うのは、私の自惚れなのかな。
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