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3.婚約破棄された私たち3

本日3話目

「うーん」


 カーテンから漏れる光から顔を逸らすように寝返りをうつ。

 と、手のひらに何かが当たった。

 枕ではない骨ばった感覚に指先を動かせば、シーツの向こうからくぐもった声が聞こえる。

 痛む頭を押さえながら目を開けた私の隣には……。


「えっ、えっ、ええっっ!!」


 シーツに広がる灰色の髪。はだけた白いシャツの胸元から覗く男性の肌は、少し不健康そうな色をしていた。


 ちょっと待って。

 たしか昨日、婚約破棄されて……。


 そのあと、同じように婚約破棄されたベルナード様と夜の街に繰り出したところまでは覚えている。

ベルナード様の知人がしているお店に入って、乾杯をして。

 と、そこまで考えたところでベッドが揺れた。


 男性が寝返りを打ちながら「うー」と前髪を掻きあげる。

 退廃的な雰囲気は色香駄々洩れで、掠れた声が悩ましい。

 まさかと慌ててシーツを捲れば、そこにはしわくちゃのドレスが広がっていた。


「良かったぁ。服、着てる……」


 いや、さすがにそれはないと思っていた。

 だけれど、それならばこの状態はいかに。


 起こすべきかこのまま帰ろうかと決めかねていると、眩しそうに眉が寄せられ、ゆっくりと瞼が開かれた。

 ぼんやりと部屋を見渡すベルナード様に、私はおずおずと声をかける。


「おはようございます?」


 その途端、パチリと目を開いた。私を視界にとどめたかと思うと、「うわっ」と叫びベッドから転がり落ちる。


「だ、大丈夫ですか?」


 慌ててベッドから見下ろすと、ベルナード様は尻もちをついた格好のまま私を見上げ、自分の全身をベタベタと触っていた。


「服は着ている」

「はい」

「えーと、俺は……」


 見つめ合うこと数十秒。

 ベルナード様はその場でガバッと額を床につけ「すまない」と謝った。


「あ、あの。謝らないでください」

「だが……」

「多分、何もなかったと思いますので」

「多分?」

「実は私も昨晩の記憶がなくて……。でも、身体にその、違和感? がないので、おそらく眠っただけだと思います」


 そう思うことにする。

 もしかすると酔っ払った私が何かしでかした可能性もあるが、そこは触れないでおこう。


 ベルナード様は皺だらけの私のドレスを見ると、額を押さえながら大きく息を吐いた。

 そしてそのまま床の上で黙考する。

 見下ろしているのが申し訳なく、ずるずるとベッドを降りて彼の前に座ると、ベルナード様はやっと顔を上げてくれた。


 どこまで覚えているかと聞かれたので、かつてクローデル侯爵邸の使用人だった夫婦が経営するお店で飲んだところまでだと答える。

 そのお店は、一階が食堂、二階から四階が宿になっていて、異国から来た商人がよく利用するらしい。

 となると、おそらくここはお店の上にある宿の一室だろう。


 酔っ払った私たちに部屋を用意してくれたのかもしれないけれど、なぜ相部屋にしたのか。

 ベッドとチェスト、クローゼットにソファセットという、おそらく庶民の宿にしては豪華な造りの部屋を眺めていると、扉がノックされた。


「ベルナード様、入っていいでしょうか?」


 女性の声に、ベルナード様は「ローナか。構わない」と答え、立ち上がる。

 開けられた扉から顔を覗かせたのは、五十代ぐらいの女性だ。

 ローナは床に座り込む私に一瞬目を丸くしたが、すぐに愛想よく笑った。


「朝食のパンをお持ちしました。この宿では、宿泊客皆さんにサービスしているんですよ」


 そう言って入室の許可を取ると、ワゴンを押して入ってくる。

 ローテーブルにお皿を二枚とティーカップ、ティーポットを置きながら、パンは幾つ必要かと聞いてきた。

 そんなローナに、ベルナード様は気まずそうに首の後ろを掻く。


「それより、昨晩のことを聞きたいのだ……」

「坊ちゃん、朝ごはんはしっかりお召し上がりになってくださいね」


 ローナはベルナード様の問いを聞き流し、お皿にパンを盛っていく。

 坊ちゃん、と小さく復唱すると、ベルナード様の顔が朱に染まる。


「分かった。食べるから、坊ちゃんはやめてくれ! それより、この状況を教えてくれないか?」


 ベルナード様がベッドとその前に座り込む私を手のひらで指すと、ローナはあらあらと頬に手を当てた。


「ドレスがしわくちゃではありませんか。脱がせなかったのですか?」

「脱がすわけがないだろう!? どうして俺と彼女が同室にいるんだ。酔っぱらったとしても別の部屋に案内すべきだろう」


 同意するように私も頷けば、ローナは茶色の目をパチパチと何度も瞬きさせる。

 そして訝しそうに私とベルナード様を交互に見た。


「もしかして、おふたりとも昨晩のことを覚えていらっしゃらないのですか?」

「……というと?」

「昨晩、お酒を召し上がりながら、おふたりは結婚すると仰っていたではありませんか。なんでもラシュレ様はご実家に帰りづらい状況で、帰ったとしてもよい縁談は望めないとか。それを聞いた坊ちゃんは、それなら一緒に住めばいいと求婚されたのですよ?」


 サッとベルナード様の顔が青ざめる。

 振り返って確認するように私を見るが、私だって何も覚えていないので首を横に振ることしかできない。


「……俺はそんなことを言ったのか?」

「はい。私以外にも商人たちが聞いていましたよ。皆さん、おふたりの婚約破棄に同情されていたので、めでたい話だと賛成されて……」

「されて、なんだ?」


 ローナが言いにくそうに口籠るので、ベルナード様が先を促した。

 するとローナは、私が言い出しっぺではないと言い訳してから、やっと言葉を続けた。


「ふたりの幸せな結婚を王都に広めると張り切っていました」

「はっ?」

「なんでもタブロイド紙の記者とも知り合いらしくて……」

「なぜ止めなかったんだ!!」

 ベルナード様が頭を抱える。


 商人は仕事柄、多くの貴族に会う。

 そこで私たちの婚約を吹聴されたら、あっという間に噂が広がるだろう。おまけにタブロイド紙に書かれるとあっては、否定しても信じてもらえるかもはや怪しい。


 さらには、私たちは同じ部屋に泊まっているのだ。

 早く誤解を解かなくてはと立ち上がったところで、ふと思う。

――今、何時なの?


 窓から差し込む光は眩しく、少なくとも早朝には思えない。

 時計を探す私の前で、ベルナード様が懐中時計を取り出した。


「十一時……」

「はい。何度かノックしたのですが、お返事がなかったのでお邪魔してはいけないと遠慮いたしました」

「遠慮……」


 ベルナード様が、がくんと肩を落とした。

 つまりは、遠慮しなくてはいけない状況だと思われていたということだ。


 当然、商人たちもそう思っただろう。「ゆっくり寝かしてあげるといい」と言いながら、それぞれの取引先のところへ向かったらしい。

 行き先はローナも聞いていないが、夕方まで何軒もの貴族の邸を回るだろう。


「……これはもう、手遅れですね」


 私は立ち上がり、窓辺のカーテンを開ける。

 部屋は三階らしく、道を歩く人の頭が見えた。

 活気に満ち溢れたその光景は、今の私には眩しすぎるものだ。


ヒロインが化粧と服を変えて魅力的になる、の男性バージョンをずっと書いてみたいと思っていました!

スパダリではない、不器用で真面目で放っておけないタイプのヒーローです。



お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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