27.星見祭りとガレット3
夏の日差しが降り注ぐ中、星見祭りが始まった。
『星見』と名がついているけれど、露店は朝から建てられ、お昼には営業を始める。
クライマックスには花火が打ち上がるらしい。
お祭りのメイン会場となる広場は、レステンクール伯爵領からでも日帰りできる距離にある。
でも、領地経営や押し付けられた学園の課題で忙しかったうえに、勝手に馬車を使えなかったので星見祭りは初めてだ。
露店はまず黄色い天幕を張り、その下にレンガで即席の竈を二つ作る。
料理長が手伝うと名乗り出てくれ、他にも使用人が数人手を挙げてくれた。
火加減や料理といった裏方の作業は彼らに任せ、私とベルナード様は宣伝も兼ねて店頭に立つ。
まだ準備途中だというのにバートン様が絵師を連れてやってきて、私たちをスケッチさせた。
「ほら、もっと寄り添って、仲の良い感じで!」
いつもなら自然と笑えるのに、今日はそれができているのか不安になる。
ベルナード様が帰宅されたのは昨日の夜遅くなので、露店の打ち合わせをするとすぐにお互いの部屋に戻った。
時間があったところでエリザベート様への手紙について聞けるはずもないので、もやもやするのに変わりはないのだけれど。
「ひゃっ!」
ベルナード様に腰に手を回され、思わず声が出てしまった。
私の反応に、ベルナード様がちょっと驚いたように目を丸くする。
「どうしたんだ?」
「い、いえ。なんでもありません。目の前を羽虫が飛んでびっくりしただけです」
ベルナード様は「夏の屋外だからな」と納得すると、ぐっと私に身体を寄せた。
今までは平気だった距離が、今日は辛い。
自分の気持ちに気がつき、それと同時にベルナード様がエリザベート様をどれだけ想っていたかを知ってしまった。その愛情の深さに打ちのめされる。
隣から感じる体温に鼓動は高鳴るのに、胸の奥がギュッと痛い。
そんな複雑な感情を押し殺し、私は口角を上げる。
露店でガレットの美味しさを知ってもらえば、ソバ粉の需要が高まる。そうなれば、小麦からソバへと栽培する作物を変える農家も出てくるだろう。
クローデル侯爵領は小麦の栽培に向かないけれど、ソバの生育はいい。
順調に行けば、農民の収入は大きく上がるはずだ。
領地改革の一環としてガレットを売るのだから、絶対に成功させなくては。
そう言い聞かせ、複雑な気持ちに蓋をすると、私は隣のベルナード様の肩に頭を寄せた。
「あっ、いいですね。新婚さんって感じです」
「まだ結婚していない」
「市中ではしたも同然の扱いです。誤差だから気にする必要はありません」
婚約と結婚では大きな差があると思うけれど、クローデル侯爵邸にすでに住んでいるせいか私は時々奥様扱いをされる。
ずっと受け流してきたけれど、今日はちょっとグサッとくる。
スケッチが終わると、バートン様と絵師は他の露店も見てくると言って立ち去っていった。
「それにしても、ラシュレの手腕はすごいな」
天幕の中で準備を進めている使用人に目を向けながら、ベルナード様が感心する。
「私だけの力ではありません。料理長やビオラを始め、大勢の使用人が案を出してくれました。それから、商売の知識はないのでケビンのお母さんに助言を仰ぎました。あとは領主特権で、大通り沿いの場所を確保しています」
露店が並ぶのは、メイン会場となる広場の中。縦横に大きな道が走っていて、その道に近いほどお客さんの目に留まりやすい。
「価格についてはベルナード様の仰る通り、周りの露店に合わせました」
当初は無料でもいいかと思っていたけれど、それだと他の露店の売り上げに影響が出るかもしれない。
そこで食べ物の平均価格を使用人に聞いて、小銀貨三枚にした。
「そういえば、アダム様も手伝いに来てくださるのですよね。まだ姿が見えませんが、迷われていないでしょうか?」
「昨日はバタバタしていて言えなかったが、実はハチカワの皿の用意が充分ではなくてな。夕方、アダムが追加を持って来てくれることになっている」
「そうだったんですね」
と、そこで会話が終わる。……どうしよう、業務連絡以外の会話が思いつかない。
いつもならふざけて冗談のひとつやふたつ口にできるのに、今日は何も頭に浮かんでこない。
「そうだ、ラシュレ。渡したいものが……」
「ベルナード様、準備が整いました。そろそろ生地を焼いていいでしょうか?」
何か言いかけたベルナード様の言葉を、料理長の声が遮った。
「あぁ、そうだな、頼む」
ベルナード様が答え、長テーブルの用意を始めたので、私もそれを助ける。
仕事なら今まで通り振る舞えるから、何かしていたほうが気が楽だ。
道に面している側に長テーブルをふたつ横に並べる。
竈は奥にあるけれど、料理している姿が見えるように料理長には道のほうを向いてフライパンを振ってもらう。
ハチカワの皿は木箱に入れ、竈の傍に置いた。
諸々の具材は竈の後ろにもうひとつテーブルを用意し、そこに並べてある。
「はい、一枚できましたよ」
「ありがとうございます」
料理長が作ってくれたガレットを、私とベルナード様でテーブルに並べていく。
一皿小銀貨三枚と書いた立て看板は、目につく場所に置いた。
領主自らの参加が珍しいようで、料理を並べる私たちを領民が遠巻きに眺めている。
長テーブルがいっぱいになるまで並べると、私は料理長にガレットの生地だけを焼いてもらうように頼む。
カリッと仕上がったそれを受け取ると、キッチンバサミで三センチ四方に切り、お皿に盛った。
ベルナード様によると、ソバ粉にアレルギー症状を起こす人がいるらしい。
場合によってかなり重篤になるらしく、念のために試食を用意した。万が一に備え、医師にも馬車で控えてもらっている。
「こちら、ソバ粉で焼いた生地です」
お皿を持って、遠巻きにしているお客さんの元へ行く。
カリッと焼けた生地を見せながらアレルギーの話をすれば、ほとんどの領民がその存在を知っていた。
とはいっても、アレルギーという認識はなく、食べたら発疹が出る場合があるという程度の知識だったが、平民はソバ粥を時々食べているようだ。
「でも、ソバ、だろう」
「ソバ粥、苦手なんだよな」
「俺は好きだけれど……でもパンのほうがいいよな」
どうやらソバ粥はパンが手に入りにくいときの代替品らしく、あまりいい印象がないようだ。
そこで私が食べて見せたところ、やっと何人かがお皿に手を伸ばしてくれた。
あちこちで「うまい」「意外といける」と声があがる。
そうしているうちに、さらに何人かはガレットへと興味を移し、長机へと向かってくれた。
すかさずビオラがガレットの説明をする。
ベルナード様はガレットを手渡し、小銀貨を受け取った。
ガレットは、四等分にして木製のフォークをつけた。これなら立って食べられる。
男性が選んだのは魚介類のガレットで、軽く匂いを嗅いだあと頬張った。
どんな反応をするかとドキドキしていると、「うまい」と大きな声がし、思わずぐっと拳を握る。
「領主様、これ、美味しいです。エールが飲みたくなる」
「そうだろう。こっちのはワインに合うぞ」
ベルナード様が薦めると、ビオラが素早く男性に一枚の紙を渡した。紙にはガレットの作り方が書かれている。
ビオラが「無料です」と声をかければ、近くにいた女性も手を伸ばした。
男性が買ってくれたのを皮切りに、遠巻きにしていた人が長テーブルに集まってきて、次々に手が伸びてくる。食べた人が感想を口にすると、それを聞いた人がまた買ってくれた。
「おいしい」
「さすが侯爵家の料理人だ」
「これ、ソバ粉だって。こんな美味しい料理ができるなんて初めて知った」
わいわいとあちこちから上がる声に、ほっと胸をなでおろす。
この様子だと、食べた人がさらにガレットの美味しさを広げてくれそうだ。
もともとタブロイド紙で宣伝していたのに加え、集まる人がさらに人を呼び、露店の前にはあっと言う間に長蛇の列ができた。
ビオラには料理長の手伝いをしてもらい、私とベルナード様はどんどんガレットを売っていく。
そうして夕方前には、用意したガレットの三分の二が売れたのだった。
星見祭り=七夕をイメージしています。もうすぐですね。数年前、子供三人が背丈ほどの笹の葉を揺らしながら持って帰ってきたときは、どうしようかと思いました…。置き場所ない。
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