26.星見祭りとガレット2
少し短めです
ベルナード様が出掛けられて一週間。
留守の間は執務室を好きに使っていいと言われたので、机の引き出しを開けペーパーナイフを取り出すと、さきほど届いたばかりのベルナード様からの手紙の封を切る。
謝罪文から始まったそこには、帰りが星見祭りのぎりぎりになりそうだと書かれていた。
なんでも、ハチカワの木が生息しているのが山奥なうえに、お皿に加工するのに手間取っているらしい。
ベルナード様が読んだ本は野営について説明したもので、お皿の作り方も仕上がりも大雑把だったから、微調整が必要だと手紙には書いてあった。
ソバ粉を集めていたアダム様とも連絡を取り、近々合流するそうだ。
アダム様はそのままベルナード様を手伝うので、ソバ粉は人に頼んで運んでもらうらしい。
手紙の最後には、南部の村の様子が書かれていた。
広い砂浜が眼前に広がり、寄せる波が生き物のように躍動的で、眺めていて飽きないらしい。
夜には満点の星が空に輝き、それと同じように光る石が砂浜を照らす。
小指の爪ほどのその石は、なんでもその村の特産品だそうだ。
「私も行きたかったなぁ」
思わずため息が出てしまう。
大事に手紙を封に戻すと、今度はバートン様から受け取った記事に目を通す。
星見祭りの前にタブロイド紙でガレットについて取り上げてもらうことで、集客を狙うことにした。
宣伝費が少し心配だったけれど、私とベルナード様を取り上げたタブロイド紙が爆売れしているので、そのお礼だと無料で掲載してくれる。
爆売れって……。
婚約破棄は本当だけれど、運命の恋は嘘っぱちだ。国民を騙しているようで胸が痛む。
記事については特に訂正すべき文言もなく、確認した証拠に右下に私のサインをする。
「あとは、クローデル侯爵の印を押せば完了ね」
印章は机の左の引き出しにあると事前に教えてもらっている。露店に関することなら私の独断で使用していいと言う許可も得ていた。
そこで引き出しを開けたところ、机の中には沢山の書類が平積みにされていた。
「うわっ。ここも整理すべきね」
執務室の整理はしたけれど、引き出しはまだ手をつけられていない。
以前から自由に触っていいと言われていたけれど、いつもベルナード様が座っているからその機会がなかったのだ。
それなら今のうちに整理してしまおうと、引き出しの書類を机に全部出す。
乱雑に重なる書類が何なのか、一枚一枚目を通していた私の手が、十数枚捲ったところで止まった。
「これ……ベルナード様からエリザベート様に宛て書かれた手紙だ」
『愛するエリザベートへ』から始まる少し癖のある文字は、すっかり見慣れたベルナード様の筆跡に間違いない。
読んではいけないと慌てて裏返したけれど、私の目は「君が大事だ」「いつもエリザベートのことを考えている」の文字を素早く拾ってしまった。
震える手で書類を元の場所に戻し、書類整理の前に取り出していた印章で原稿に押印する。
そうして印章を元の場所に戻したところで、私は自分が泣いていることに気がついた。
どんな我儘も受け入れるほどに、ベルナード様がエリザベート様を愛していたのは知っている。
それなのに、ベルナード様の字で書かれた愛の言葉に、私の胸はギュッと痛む。
現実をまざまざと目の当たりにしたような気がした。
私とベルナード様の結婚は、愛ではなく信頼で成り立つものだ。
だから、お互い好きな人ができたら別れようと約束した。
そういえば、ベルナード様の中では養子をもらうのが決定事項だったのを思い出す。
養子をもらう条件は両親が揃っていることで、養子を迎えたあとどちらかがいなくなっても、養子縁組が白紙に戻ることはない。
つまり、ベルナード様はクローデル侯爵家の後継者を得るために、私と結婚したのだ。
「そんなこと、初めから分かっていたのに」
自嘲するかのような笑いが口元に浮かぶ。
私は、ベルナード様の子供なら産んでもいいと思った。愛してもらえなくても信頼を得れるのであれば、家族になれると信じていた。
でも、ベルナード様にとって私はどこまでも「信頼できる人間」であって「女性」ではないのだ。
「ベルナード様に好きな人ができたら別れるって決めたのに」
自分の立場は分かっている。
それなのに、エリザベート様のように女性として見てもらえないことが、こんなに辛いなんて思わなかった。
ゆっくりと引き出しを閉め、私は立ち上がる。
ベルナード様の気配が色濃く残るこの部屋に、今はいたくない。
そう思う理由がひとつなのは、分かっている。
「私、ベルナード様が好きなんだ」
いつの間にか大きくなっていたその存在が、声に出すことによって輪郭をはっきりとさせる。
好きな人ができたら、応援するつもりだったのに。
部屋を出たいのに、足が動かない。
私は予期せず自分の心に芽生えた感情に、ただただ立ち尽くしてしまった。
信頼から愛情へ。あの雰囲気なら好きになるよねぇ。
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