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13.生活習慣、改善します1




 ベルナード様と暮らし始めて一週間が経ち、新しい生活にも随分慣れてきた。


 私と結婚するためにベルナード様はアイオライトのネックレスを手放された。そのことを申し訳なく謝ったところ、ベルナード様にとって良い思い出がある品ではないから気にする必要はないと言われてしまう。

 とはいえ、家宝を手放したのは事実なのだから、私が出来ることは何でもしようと思っている。


 そこでまずしたのは、ベルナード様から邸の仕事を引き継ぐことだ。

 本来なら女当主がする仕事も、今まではベルナード様が全部していた。


 使用人の採用やお給料の計算はもちろん、送られてくる手紙に目を通したり、必要なら返事を書いたりと、ひとつひとつは簡単な仕事だけれど量があるのでそれなりの時間が必要になる。


 それらをこなしつつ、薬草の栽培も始めた。

 育てるのは整腸剤や痛み止め、解毒剤、解熱剤の材料になる薬草に加え、栄養価の高いコクルの実も栽培することにした。


 コクルは苗木でもらったので、鉢に植え朝晩欠かさず水をやる。

 ちょっと手間のかかる低木だけれど、一メートルほどに成長すれば年中赤い実をつけてくれる。

 滋養強壮剤の原料ともなるこの実は、育てるのが少し難しい。

 与える水の量も苗の生育具合によって変わるし、定期的に肥料も必要だ。それに虫が付きやすいので駆除も欠かせない。

 ただその分、買い取り価格がいい。


 庭師は好々爺とした人で、この珍しい木に興味があるらしく、今日も虫の駆除を手伝ってくれた。

 ピンセットで毛虫を取る手つきが慣れていると褒めてくれたので、毎日していたからと答えれば、複雑な顔をされた。

 これからは駆除を全部すると申し出てくれたけれど、そこまで甘えていいのか疑問だ。


 ベルナード様に相談すべきかとも思ったけれど、虫の駆除程度でお忙しいベルナード様を煩わせるのは気が引ける。


 ベルナード様とは朝夕顔を合わせ食事を一緒に摂るけれど、昼食は仕事の合間に摂るらしく、それぞれ好きな時間に食べる。

 日中はほとんど執務室に籠っているので、顔を合わせる機会がほとんどない。 

 領主としての仕事が大変なのは知っているけれど、この一週間どこにも出掛けていないし、食事以外は執務室から出てこないから少し心配だ。


 執務室は二階にあり、ベルナード様の私室や私に用意された部屋からも近い。

 昨晩、喉が渇いたので台所に行こうと廊下を歩いていると、執務室から灯が漏れていた。

 お水を飲んで部屋に帰り時計を見ると夜中の三時だったが、ベルナード様はいつもあんなに遅くまで仕事をしているのかな。

 そんな生活を続けていて、身体を壊さないだろうか。

 私が薬草を売って稼げるお金は、とてもではないが家宝のネックレスの価値に匹敵しない。

 それならせめてお金以外の部分でも役に立ちたい。


「そうだ、何か差し入れを作ってあげよう」


 レステンクール伯爵家にいたときに比べると、時間は有り余っている。

 そこで台所に行き料理長にお菓子を作りたいと伝えたところ、喜んで台所を貸してくれた。


 作るのはマフィン。 

 料理長も手伝うと言ってくれたので、助けてもらうことにする。

 卵を割っていると、料理長がナッツを砕きながらしみじみとした声を出した。


「私たちはラシュレ様が婚約者になってくださり、本当に嬉しいんですよ」

「そう、なのですか?」

「ここだけの話ですが、エリザベート様の我儘には、私たちも随分と振り回されました」


 料理の味が口に合わない、冷めている、熱いと何度も作り直しを命じられたらしい。


「それに、ここだけの話ですが、ベルナード様にも高価なプレゼントをねだっていて」

「そのようですね」

「これもここだけの話ですが、一度の夜会に三着のドレスを用意するよう仰るのです。それも毎回」


 ここだけの話、多いな。


 それにしてもドレスを三着も用意させるだなんて、エリザベート様は何を考えているのだろう。

 当日選ばれなかったドレスは、二度と着ることがないというので、無駄としか思えない。


「エリザベート様はベルナード様をまるで従者のように扱っていました。仕える主人が蔑ろにされるのは、使用人としても辛かったです」

「……そう、ですよね」


 ちょっと妙な間が空いてしまったのは、レステンクール伯爵家の使用人を思いだしたから。彼らは日頃のストレス発散だとばかりに私を罵り蔑ろにしてきた。


 そういえば、私と別れたフィリップ様は従妹のタチアナと婚約したけれど、エリザベートさんはどうしたのだろう?

 直接ベルナード様には聞きづらいので、それとなく料理長に聞いてみる。


「あの、ベルナード様と婚約破棄したあと、エリザベートさんはどうされているのでしょうか?」

「なんでも、金で爵位を買った成金と婚約したそうですよ。財産は侯爵家ほどあるらしいですが……あまりいい噂を聞きません。ま、あの方はお金があれば誰でもいいのでしょう」


 辛辣な言い方に、料理長の怒りと恨みの程度が窺える。

 使用人たちがエリザベート様に良い感情を持っていないのは分かった。でも、


「ベルナード様はエリザベート様のどんな我儘も受け入れるほど愛したのですね。それなら、婚約破棄をされ、さぞかしお辛いことでしょう」

「いやいや、むしろ清々して……。いえ、私がベルナード様の心情を代弁するのは出過ぎたことです。ですが、これだけは言わせてください。ベルナード様も私たちもラシュレ様にはずっとここにいて欲しいと思っています」


 温かい言葉に、私はもちろんだと答える。

 クローデル侯爵家の使用人は皆優しい。

 こんな穏やかな日常を私に与えてくれたベルナード様に、新たな恋が訪れますように。

 そう願いながら、私はマフィンの生地を混ぜた。




微妙なすれ違いを残しつつ、マフィン完成です。


お読み頂きありがとうございます。興味を持って下さった方、是非ブックマークお願いします!

☆、いいねが増える度に励まされています。ありがとうございます。

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