田舎育ちの天然令嬢、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも婚約者が最推しになりアイドルのように追っかけをする
「アリス様、今日も農作業手伝ってくれてありがとうなぁ。身体強化魔法も使えないアリス様には辛いべ」
「んなこと言わないでおくんろ。おらぁ、みんなとこうしてお話しながら土に触れるの大好きだで」
「ほんにアリス様は優しいのぅ。わしらは果報者じゃー」
「んだんだ。アリス様といつまでもこうしていてぇなぁ」
「そりゃ無理だべ。アリス様は侯爵令嬢なんだから、いつかはお貴族様に嫁ぐんだど」
おらはその言葉にちょっと落ち込む。
「おらはずっとこうしていてぇなぁ」
「そだなぁ。わしらもそうしてぇなぁ」
「これ、アリス!またそんなこと言って!私らも田舎に隠居して農作業に打ち込んでる時点であんまり強く言える立場じゃないですが、侯爵令嬢としての自覚をもっと…」
「いいだろう、アンジェリク。いずれ息子夫婦に呼び戻されて政略結婚させられるんだ。好きにさせてやりなさい。そもそも一緒に農作業の手伝いをしている私達が言えたことじゃない」
「あなた…」
爺ちゃんはいつもおらの味方してくれる。婆ちゃんは厳しいけど、おらのことを心配してくれてるのがよくわかる。
「おら、爺ちゃんにも婆ちゃんにも村のみんなにも恵まれて幸せだなぁ」
「んだんだ。アリス様は世界一の幸せ者だべ」
「侯爵家なんかよりこっちにいた方が却って幸せだべ」
「そうだな。そうかもしれん」
「…はぁ。仕方ない子ですね」
おらは、魔法が使えない。呪われた黒をこの身に宿しているから。この国の守り神様が、昔黒髪に黒い目の異世界からきた聖女とやらに国を荒らされて怒ったらしい。それから守り神様は、黒を身に宿す者には奇跡の力…魔法を授けなくなった。
「呪われた黒を身に宿すおらを、こんなにも愛してくれるのはきっとみんなだけだべ。たまには帰って来てもいいけ?」
「もちろんいつでも大歓迎だべ」
「特に収穫期はなぁ!」
「はっはっはっ!その時は大歓迎するべなぁ!」
楽しそうに笑うみんなが好きだべ。でもおらも十八歳。そろそろ、呼び戻されても仕方ねぇべなぁ。一応敬語で喋れば田舎言葉は隠せるけんども気を引き締めないとお父様とお母様、きっと怒るべ。会ったことないけど。双子の姉様はたまに顔見に来てくれるんだどもなぁ…。お父様とお母様はおらを家の恥と言うんだそうだども、爺ちゃんと婆ちゃん、姉様は優しいからまあいいべな。
でもなんで姉様は金髪なのに、おらは黒髪なんだべ?瞳が姉様と同じ紫なのはせめてもの救いだなぁ。
おらも、姉様のような綺麗な金髪だったらよかったんだべか。だども、それじゃ村のみんなと会えなかったからきっとこれでよかったんだべな。
農作業を終えて屋敷に帰ったら、姉様から手紙が届いてた。風呂に入って飯食って、部屋に戻ると読んでみる。すると、目玉が飛び出るかと思うことが書いてあっただよ。
『可愛い妹へ
突然ごめんなさいね。実はちょっと相談があるのよ。私、婚約を申し込まれて。
公爵家を若くして継いだ男なんだけど、そんな男と結婚したら私、侯爵家を継げないじゃない。
私、婿を取って侯爵家を継ぎたいのよ。そのための勉強もたくさん頑張ったわ。
だから…代わりに嫁いでくれない?公爵様も妹でも良いって言ってくれたし。
良い返事を期待して待ってるわ!じゃあまたね。
貴女のお姉ちゃん、アナイス・セレスト・カサンドルより』
そして同封されていた公爵様の小さめの絵と公爵様の名前やプロフィール、来歴が書かれた紙を見る。それを見るとみるみるうちに不安になるだよ。おら、別に特別嫌がる理由はないけんども…自信がねぇだよ。どうするべ。でも、侯爵家はたしかにおらより姉様が継いだ方がいいべな。…うーん、腹括るべ。きっと、それがおらが生まれてきた理由だからなぁ。
「爺ちゃん、婆ちゃん。夜分遅くに申し訳ないけんども、ちょっと相談していいけ?」
「なぁに?可愛いアリス」
「どうした、何かあったか?」
「いんやぁ、縁談が届いたでなぁ」
「…え?」
ぽかんとする爺ちゃんと婆ちゃんに手紙を見せる。
「あらあら…まあまあ…」
「縁談自体はまあ、いいとして。この公爵様とやらの素性を書いてないじゃないか」
「あ、手紙と一緒に同封してあったちっちゃい絵と公爵様の来歴とかがあるだよ」
「どれどれ…は?」
「クロヴィス・シリル・ドナシアンですって!?」
まあそういう反応になるだよなぁ。ドナシアン様は二十五歳にして派手好きな先先代が作った莫大な借金を、鉄道関連の投資で儲けて公爵様になってすぐ返しちゃった運にも天にも味方された天才。しかも公爵家自体歴史がある、女王陛下とも繋がりのある家だしなぁ。
「アリス、貴女相手が誰か理解してるの…?」
「婆ちゃんに教えてもらったから覚えてるだよー。女王陛下の甥っ子さんだべ」
「大丈夫なのか?断ってもいいんだぞ」
「おらではとても侯爵家は継げねぇ。姉様は継ぐために頑張ってきた。おらに出来るのは、侯爵家のためにドナシアン様と仲良くなることだべ」
「立派になって…」
婆ちゃんは心配そうだども嬉しそう。爺ちゃんは何か悩んでる。だからおらは言った。
「おら、いつかきっとドナシアン様と仲良くなって、爺ちゃんと婆ちゃんみたいに将来は田舎で隠居するだよ。だから大丈夫だぁ」
その言葉に爺ちゃんはおらを強く抱きしめる。
「辛くなったら、いつでも帰って来なさい」
「うん、でもきっと大丈夫だぁ」
そう、きっと大丈夫だべ。
姉様に早速のお返事を書いて、縁談を快諾した。姉様は喜んでくれて、おらを呼び戻す手紙をくれた。おらは転移魔法も使えないので、姉様に迎えに来てもらって二人で侯爵家に転移した。姉様は膨大な魔力を持つので簡単らしい。
「姉様、おら…私、お父様とお母様に挨拶した方がいいでしょうか?」
「要らないんじゃない?あの人たち私のことも貴女のことも、結局は自分達の駒としか認識してないわよ。私は侯爵家を継ぐのが夢だったから別にいいけど、使えないとか言われて捨てられた貴女は違うでしょ。無視でいいのよ、無視」
ということでおらは侯爵家で、両親と顔を合わせることもなく数日過ごした。もちろん、爺ちゃん婆ちゃんの付けてくれた歳若い侍女のマリーも一緒だったので不自由はなかった。
「じゃあ、顔合わせ頑張ってね」
「頑張ってきますね、姉様!」
「大丈夫、貴女は黒だけど私に似て誰よりも可愛いわ。自信を持って」
「はい!」
とはいえ、おらは黒髪。不安は不安だ。だども姉様のため。頑張るだよー!
ということでお見合い会場となる公爵家に招待され、ドナシアン様と顔合わせする。緊張するだぁ。
「あ、あの、お初にお目にかかります!アリス・ベレニス・カサンドルです、よろしくお願いします」
「丁寧な挨拶ありがとう。クロヴィス・シリル・ドナシアンだ。よろしく頼む。しかし…君の色は綺麗だな」
「え、そ、そうだべか。おら、呪われた黒だけんども?」
はっとする。田舎言葉が出てしまった。
「あっ、えっと!」
「いい。それが君の素なんだろう?他の貴族との交流の際に気をつけてくれれば、あとはそのままでいい」
「お、おらを受け入れてくれるのけ?」
「君ほど美しい感情の色を持つ人はいないからな」
「あ…」
そういえば、王家の血筋の人は感情の色が見えるんだべな。てっきり黒を認められたと勘違いしたべ。恥ずかしいべ。
「それに、その黒髪も綺麗だ。君の紫の瞳がよく映える」
「え」
「君は呪われた黒とやらを気にしているかもしれないが。髪が黒だろうが金だろうが我が公爵家には関係ない、侯爵家との縁になればそれで十分役に立つ。だから、あまり気にしなくていい。ああそれと、アリスと呼んでいいだろうか?私もクロヴィスと呼んでほしい」
…どうするべ。おら、クロヴィス様のファンになっただよ。
その昔。田舎の友達が言っていただ。
「都会にはアイドルっちゅーのがおるがよ」
「ほうほう」
「んで、好きなアイドルを推しっちゅーそうだで」
「推し」
「そうそう」
この友達は、親が商売をやってるから都会を知ってたべ。
「推しをファンは応援するだども、その方法は様々で」
「ふんふん」
「追っかけしたり、声援を送ったり、グッズを集めたりするだよ」
「追っかける、声援を送る、グッズを集める。楽しそうだべ」
「アリス様にも推しが見つかったらやるといいべ」
その子の話はいつも刺激的で楽しかっただども、特にこの話は印象深かった。何故かは分からなかったけども、きっとクロヴィス様のためだったのだと今は思うべ。
「それで、アリス」
「な、なんだべ」
「僕と同棲しないか?」
「え?」
「きっと君の育った田舎も素敵な場所なんだろうが、都会にも慣れた方がいい。結婚していきなり嫁いでくるより少し一緒にここで住んでみないか?」
これは…推し活のチャンス!
「す、するべ!だどもおら、こんなだけど大丈夫け?」
「さっきも言ったが、他の貴族との交流の際に気をつけてくれれば良い」
「田舎の爺ちゃんと婆ちゃん、侯爵家の姉様に手紙を書くべ!」
「…ふむ。ご両親にはこちらから連絡しておこうか?」
「お願いするべ」
ということで、おらはクロヴィス様と同棲することになっただよ。マリー、私の後ろで驚いてるべなぁ。緊張しいなマリーは公爵家で上手くやっていけるべか。おらも、呪われた黒の上に田舎言葉だども使用人のみんなは受け入れてくれるべか?
とにかく、クロヴィス様がお父様とお母様に連絡して同棲の許可を取ってくれた。おらも田舎の爺ちゃんと婆ちゃんに手紙を出す。姉様にももちろん同棲を知らせる手紙を出した。こんであとは荷物を運んでもらうだけだども、やっぱり侯爵家で寝泊まりするのに持ってきた荷物だけじゃダメだべか。あとで爺ちゃん家に取りに行くのは骨が折れるべ。
「ああ、同棲に必要なものはある程度こちらで揃えるつもりでいる。少し待っていてもらうことにはなるが、それでいいか?」
すごいべ。感情の色が見えるのは知ってるだども、クロヴィス様はエスパーだべか?
「僕はエスパーじゃない」
やっぱりエスパーだべ。
僕はクロヴィス・シリル・ドナシアン。公爵の爵位を賜っている。女王陛下の甥っ子として可愛がってもらってもいる。そんな僕は人の感情の色が見える。王家の血筋を引くとそうなるらしい。当然、人の醜い部分も知ってしまうのでまあ、人間不信気味なところはある。信用できるのは僕に好意の色を示す使用人たちだけだ。両親は、今はいないし。
…だから、驚いた。目の前の少女に。あんまりにも綺麗な色を持つから。
僕に対して媚びも見えないし嫌悪も見えない。ただ、綺麗で純粋な好意のみが見えた。多分、誰に対してでもそうなんだろうなと一目でわかる。
「あ、あの、お初にお目にかかります!アリス・ベレニス・カサンドルです、よろしくお願いします」
「丁寧な挨拶ありがとう。クロヴィス・シリル・ドナシアンだ。よろしく頼む。しかし…君の色は綺麗だな」
「え、そ、そうだべか。おら、呪われた黒だけんども?」
どうやら感情の色が見えることは知らないらしい。いや、忘れているだけか?それにしても、田舎言葉も初めて聞くがなかなか悪くないな。
「あっ、えっと!」
「いい。それが君の素なんだろう?他の貴族との交流の際に気をつけてくれれば、あとはそのままでいい」
「お、おらを受け入れてくれるのけ?」
うるうると潤む紫の瞳。そして好意をさらに示す感情の色。どちらも綺麗だ。
「君ほど美しい感情の色を持つ人はいないからな」
「あ…」
恥ずかしそうな、悲しそうな色。そんな感情にならなくても、僕は君の黒も嫌いじゃないんだけど。
「それに、その黒髪も綺麗だ。君の紫の瞳がよく映える」
「え」
「君は呪われた黒とやらを気にしているかもしれないが。髪が黒だろうが金だろうが我が公爵家には関係ない、侯爵家との縁になればそれで十分役に立つ。だから、あまり気にしなくていい。ああそれと、アリスと呼んでいいだろうか?私もクロヴィスと呼んでほしい」
彼女の僕への好意の色が、さらに濃くなった。
「それで、アリス」
「な、なんだべ」
「僕と同棲しないか?」
「え?」
「きっと君の育った田舎も素敵な場所なんだろうが、都会にも慣れた方がいい。結婚していきなり嫁いでくるより少し一緒にここで住んでみないか?」
ぱっと明るくなる感情の色。ここまで喜ばれるとなんとなく嬉しいものだな。
「す、するべ!だどもおら、こんなだけど大丈夫け?」
「さっきも言ったが、他の貴族との交流の際に気をつけてくれれば良い」
「田舎の爺ちゃんと婆ちゃん、侯爵家の姉様に手紙を書くべ!」
「…ふむ。ご両親にはこちらから連絡しておこうか?」
「お願いするべ」
何やら彼女の侍女がすごい緊張の色になったが、まあ頑張ってほしい。
とにかく、僕が彼女のご両親に連絡して同棲の許可を取った。彼女も祖父母と姉に手紙を出したようだ。ちょっと心配そうな色が見えたので、思い当たることを口に出す。
「ああ、同棲に必要なものはある程度こちらで揃えるつもりでいる。少し待っていてもらうことにはなるが、それでいいか?」
ぽかんとしたままこちらを見る彼女。その何度も見たことのある感情の色を見て言う。
「僕はエスパーじゃない」
やっぱりエスパーだろうと言う顔をされたがエスパーじゃない。
侯爵家で寝泊まりするのに持ってきた荷物だけマリーに運んでもらって、公爵家での生活が始まったべ。いんやぁ、田舎の爺ちゃん家も広かったけんども、ここはさらに広くて煌びやかだべなぁ。
「お嬢様。マリーはとても緊張しています…!」
「マリー、大丈夫だべ。おらも緊張して心臓ばくばくだべ。ほれ」
マリーの手を自分の胸に持っていく。するとマリーは困った顔をした。
「本当にばくばくしてますね…私ばかり弱音を吐いてすみません…」
「いいべいいべ!マリーはそんなこと気にする必要ないべ!」
マリーのこういう気にしいなところも、大好きだべ。
「それよりもマリー。クロヴィス様、素敵だったべなぁ」
「そうですね。マリーは、マリーは…」
「ん?」
「お嬢様の黒を、綺麗だと仰ってくださった彼の方が…本当に神々しく見えました」
「そこまでけ!?」
マリーはたまにぶっ飛んでるべ。
「だって、昔からマリーの夢は…お嬢様の幸せな結婚でしたから。お嬢様の小さな頃から、私も小さかったのに孤児だからと大旦那様に雇って頂いて、お嬢様にお仕えして…お嬢様の良いところ、マリーはたくさん知ってます。お嬢様には誰よりも幸せになって欲しいです」
マリーは緊張しいで、気にしいで、気がちっちゃくて。でも、誰よりも人の幸せを願える強さがあるべ。マリーがいれば、おらは幸せなんだどもなあ。
「マリー、ありがとうなぁ。マリーがいればおら、幸せだぁ」
「お嬢様…っ!」
マリーと抱きしめ合う。感動しすぎて、公爵家だってこと忘れてたべ。だから、使用人たちがこぞってそんなマリーとおらの会話を聞いていて、抱きしめ合っているのを見ていたのに全然気付かなかったべ。
「奥様になる予定のお嬢様、なんか良いなぁ」
「呪われた黒だし、田舎言葉も最初はぎょっとしたけど…可愛いわよね」
「使用人との信頼関係も良いよな」
「良い方がお嫁さんに来てくださって良かったなぁ」
「なんか癒されるしいいわよねー」
あとでこんな会話があったと聞いたけんども、いんやー、恥ずかしいべ。でも、そのおかげでおらもマリーも受け入れられたんだから感謝だべな。
「お嬢様。今日はもうお風呂に入って寝るだけですので、明日から同棲生活本番ですね!」
「やっぱり緊張するべー。でも楽しみだべ」
「楽しみですか?」
「推し活始めるべよー」
「推し活ですか!?誰の!?」
マリーは何を当たり前のことを聞いてるんだべか?
「クロヴィス様の」
「えー!?」
今日のマリーは元気だべなぁ。でもそんなマリーも好きだべ。
朝、マリーに起こされて支度を整えて食堂に行くべ。
「おはよう、アリス」
「おはようだべ、クロヴィス様!」
推しと同棲、幸せだべなぁ。朝から会えるべ。
「今日は使用人たちがなんだか張り切っていてな。朝食も豪華だ。多分君のことを相当歓迎しているんだろう」
「そ、そうだべか。そんなら嬉しいなぁ」
「君、人に好かれる天才なんじゃないか」
「そ、それはねーべ!それはクロヴィス様の方だべ!」
「僕?」
きょとんとしてるべ。あれ、自覚なかったべか。
「クロヴィス様は、優しくてかっこよくて、素敵な人だべ。きっといっぱい人に好かれるべ」
「あー…うん、そう…だと嬉しい、な」
歯切れの悪いクロヴィス様。どうしたんだべ。
「…でも、少なくとも君には本気で好かれているらしいから。まあ、いいか」
「うん、おら、クロヴィス様が大好きだぁ。クロヴィス様、どうしてわかったべ。やっぱりエスパーけ?」
「エスパーじゃない、感情の色が見えるだけだ」
「ああ、そんでかあ。不快な色じゃないべか」
「とても綺麗だ」
そんなことを話してたら、側にいたマリーがはわはわとなんだかとても賑やかな様子になったべ。なんだべ?よく見ると他の使用人たちもそわそわしてるけ?
「…あー。あいつらは放置してていいぞ。なんか勝手に勘違いしているらしいからな」
「ん?んー…クロヴィス様がそういうならそうするべか。でも勘違いってなんだべ?」
「…いや、気にしなくていい。それより、ここでの食事はどうだ?美味しいだろうか?」
「すんげぇ美味しいべ!爺ちゃん家のシェフも美味しいもの作ってくれてたけども、ここのシェフは天才だべ!」
その言葉に側に控えていたシェフたちがガッツポーズするのが見えたべ。んだんだ。努力は認められるべきだべなぁ。
「うちの使用人たちは僕が選んだ者が多いから、良くも悪くも裏表がなくてな。すまない…」
「何を謝るべ?それはいいことだべ。それにおら、腹芸は出来ねぇからなぁ。却って助かるべ」
「そう言ってもらえると助かる」
「ところで、クロヴィス様は今日はお屋敷で過ごすのけ?」
「ああ、すまないが今日は出かける用がある」
そんならちょうどいいべ。推し活の準備するべな。でもちょっと寂しいべ。
「…その、同棲してすぐ一人にしてすまない。今度、一緒にお出かけでもしよう」
「本当だべか!?いんやー、嬉しいなぁ!クロヴィス様とお出かけ!楽しみだべ!」
そう言うと、さらにマリーや他の使用人たちがそわそわしたけんどもクロヴィス様が無視していいというので気にしないことにしたべ。
「じゃあクロヴィス様、いってらっしゃいだべ」
「ああ、行ってくる。手土産は何がいい?」
「おらはクロヴィス様に早く会えればそれでいいべ」
「…そ、そうか。その色でそう言われると嬉しいな」
なんだべ。クロヴィス様が照れてるべ。
「…でも、君にはやっぱり喜んで欲しいから何か土産は買ってくるよ。甘い物でいいか?」
「んじゃあおら、あのー…都会特有?のすんげぇクリームまみれのクレープを食べてみてぇな」
「確かに最近はまるで白薔薇の花束のようなクリームクレープもあるが…それが良いのか?」
「食べてみてぇ!」
「わかった。期待して待っていてくれ」
ということで、クロヴィス様は行っちまったべ。寂しいなぁ。…さて!切り替えて、推し活するべ!
あ、そうだ、使用人のみんなとやったら楽しそうだべ!誘えねえかなぁ。話しかけても良いんだっぺか?
「お嬢様」
「執事さんだっぺか」
「申し遅れました。執事長のポールです」
「なんかおら、失礼なことしたべか?」
「いえ、とんでもない!このようなこと、本来ならお願い出来る立場ではないのですが…使用人たちが、どうしてもお嬢様とお話ししたいとのことで」
お、チャンス到来だべ!
「もちろん良いべ!」
「お前たち、お嬢様が許可をくださったぞ」
「お、お嬢様、あの…」
みんなそわそわしながらも、なかなか話しかけてくれねえべ。
「…みんな、推し活って知ってっけ?」
「え?は、はい!」
「おら、クロヴィス様を推しとして推し活頑張ることにしたんだども、教えてくれっけ?みんなも一緒にやってくれっけ?」
い、言っちゃったべ。どうだっぺか。
「…もちろん!」
「楽しそう!」
「やりましょうやりましょう!」
よかった、みんな乗り気だっぺ!
「良いですよね、執事長!」
「お嬢様のご要望ですしね!」
「仕事もきちんと頑張るのなら、お嬢様とご一緒させていただきなさい」
「やったー!」
「お嬢様。私も参加してもよろしいでしょうか?」
思わずきょとんとしてしまうべ。使用人たちもきょとんとしてるべ。
「ポールもやるけ?」
「ぜひ。私の推しは昔から坊ちゃん…ご当主様ですから」
「そりゃいいべ!みんなでクロヴィス様を応援して喜ばせるべ!」
「執事長やるー!」
「執事長もノリノリじゃーん!」
みんなわいわいしてて楽しいべなぁ。田舎のみんなとノリは違うけど、楽しいべなぁ。
「マリーちゃんだっけ?参加する?」
「もちろんです!お嬢様の推しは私の推しです!」
「お、言うなぁ!」
マリーもみんなと打ち解けられそうで良かったべ!
ということで推し活を始めることになったんだども。
「ふぁ、ファンサうちわ何書くべ」
「クロヴィス様ラブとか!」
「クロヴィス様愛してるとか!」
「んー…じゃあ、クロヴィス様大好きにするべ」
「お、お嬢様大胆っ!」
マリーが赤面してるけどなんだべ?
ともかく、みんなが推し活のやり方を教えてくれて、とりあえずクロヴィス様が帰ってきたらファンサうちわでお出迎えすることにしたべ。
もちろん使用人のみんなと一緒に!おらがお願いしたことだから、クロヴィス様も怒るならおら一人だべな。みんなは大丈夫だべ!
他にも推しのグッズなんだども、売ってなければ作ればいいということで今度みんなで作ることにしたべ!楽しみだなぁ!
「マリーはなんて書くべ」
「お嬢様を幸せにしてください!です」
「あ、そんならおらと一緒に幸せになってくださいにして欲しいなぁ」
「じゃあ、お嬢様と幸せになってくださいですね!」
マリーもノリノリだべ。
「私もそれでいきましょう」
ポールも乗ってきたべ。ポール、見た目はすごく厳しそうなのに割とフリーダムだべ。
「じゃあ俺はご当主様ラブかな」
「私はご当主様サイコー!かな」
「俺はご当主様健康にもっと気を遣ってかな!」
みんな思い思いに楽しんでファンサうちわを作るべ。みんなでワイワイ、楽しいべなぁ!
そんで、あとはクロヴィス様を待つだけになったべ。みんなも仕事に戻って頑張って、おらはマリーの淹れた紅茶を飲んで待つ。そして、クロヴィス様がそろそろ帰って来る時間。馬車が見える前にみんなでスタンバイしてファンサうちわを持つべ。
そして、馬車が戻ってくる。
「クロヴィス様ー!おかえりなさいだべー!」
大きな声でクロヴィス様をお迎えしながら、ファンサうちわを振る。クロヴィス様、喜んでくれるべか?
「…アリス」
馬車から出てきたクロヴィス様は、おらの頭をかき混ぜるように乱暴に撫でる。
「君はどうしてそんなに僕の予想を超えたがるんだ。好きだ」
その好きには、あんまり深い意味はないんだべ。でも、おら、嬉しいべ。
「おらもクロヴィス様が大好きだぁ」
「…可愛い」
クロヴィス様に褒められまくりだなぁ。クロヴィス様は優しいべ。使用人たちもきゃーきゃー言いながらファンサうちわを振るべ。みんなグッジョブだべ。クロヴィス様ももっと喜ぶべ!
「お嬢様…マリーは、マリーはお嬢様が誇らしいです!さすがはお嬢様です!」
マリーが何をそんなに喜んでいるのかは、ちょっとよくわからなかったべ。んでも、良い日になったなぁ。
アリスの為に、出先でクリームクレープを買って帰る。今日の相手とはなかなか良い取引が出来た。アリスの生活を整える為に使う資金も、問題なくすぐに回収出来るだろう。僕はご機嫌で帰宅…したのだが。
「アリス…?」
アリスが馬車を出迎えてくれるのが見えた。が、使用人たちも普段は頭を下げて出迎えるのに何かを振って何か言っていた。緊急事態かと焦ったが、よくアリスのうちわをみるとクロヴィス様大好きと書かれている。他の…使用人たちのうちわは、お嬢様と幸せになってくださいとか、ご当主様ラブとか。まさか…巷で人気のファンサうちわか?
アリスの感情の色は期待と喜び。ああ、どうしよう。何故だかとてもアリスが可愛い。
「…アリス」
馬車から出た僕は、アリスの頭をかき混ぜるように乱暴に撫でる。
「君はどうしてそんなに僕の予想を超えたがるんだ。好きだ」
犬猫に感じるような好きだが、とにかく愛おしくて仕方がないからどうしても伝えたかった。
「おらもクロヴィス様が大好きだぁ」
「…可愛い」
アリスの純粋な好意の色が嬉しい。可愛い。こんなに誰かを愛おしいと思うこと、今まであっただろうか?これはきっと恋じゃない。だけど。
ー…幸せだ。
ちなみに、使用人たちはきゃーきゃー言いながら僕らを見ている。おそらく男女の関係として上手く行っているように見えるのだろう。…アリスの好意の色に、恋心は混じっていないのに。
ちくりと、胸が痛む。そう、アリスは僕に恋心は抱いていない。こんなに懐いてくれているのに。だが、それは僕も同じはず。僕もアリスを可愛いとは、心が綺麗だとは思っているがそれだけだ。これは恋ではない。だから、胸が痛むはずなんてない。きっと、思い過ごしだ。
「お嬢様…マリーは、マリーはお嬢様が誇らしいです!さすがはお嬢様です!」
マリーというアリスの侍女がアリスを褒め称えている。僕たちの関係は、そういうのではないのだけれど…まあ、アリスは気にしていないようだし別に勘違いをわざわざ直す必要はないか。使用人たちも含めて。
…僕は、人間不信気味で。それを救ってくれるような、綺麗で純粋な好意を最初から見せてくれたのがたまたまアリスで。
でもきっと、アリス以外にはこれから先、こんな純粋な好意を見せてくれる女性は現れないだろうと、何となく思う。
…僕の感情は、本当に、恋ではないと言えるのだろうか。いつか恋に変化しないと言えるのだろうか。その答えは、今の僕には持ち合わせていなかった。
その後、アリスは手土産のクリームクレープを口いっぱいに頬張って食べていてやっぱり可愛かった。