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見知らぬ我が家

「…父さん、それ…」


聰は、助手席の見慣れない物体を指差した。


「ん?ああ、これか」


父は、聰の視線に気づき、スマートフォンを手に取って掲げて見せた。


「どうだ?最新型のスマートフォンだぞ」


まるで、新しいおもちゃを買ってもらった子供のように得意げな表情だ。父のそんな顔を見るのは何年ぶりだろうか。


「いや、そうじゃなくて…それ、スマートフォンだよな…?」


「ああ、そうだが…?」


父は、きょとんとした顔でスマートフォンと聰の顔を、交互に見比べた。まるで、聰が何を言いたいのか理解できない、というように。


「…父さん、携帯電話は持たない主義だったんじゃ…」


「…ん?誰の話をしているんだ?」


父は、小首を傾げ、不思議そうな顔をした。


「いや、だから…父さんの…」


言葉に詰まる。今、目の前で起きていることが、うまく理解できなかった。


聰は自分を疑った。

自分が知らなかっただけなのか、それとも仕事の忙しさでちっとも実家に帰れなかった間に使い始めたのだろうか。

でも、だったら何故、母親は説得してくれなどという話を自分にしたのだろうか。


そんな疑問を恐る恐る父にぶつけてみる。


「あのさ、お母さんも知ってるの?」


「知ってるって何をだ?」


「いや、そのスマホのこと」


「そりゃあ知ってるよ。一緒に選んだんだからな」


「えっ、それって買ったのいつ?」


「うーん、もう一ヶ月前くらいになるな」


そんな馬鹿な。

では、昨日の電話は一体なんだったのか。

聰は今日帰宅すると昨日電話で伝えていた。

母と父の携帯について話したのはその時だ。

父とは迎えの車についての話はしたが、勿論携帯についての話などしていない。

まるで、 昨日見た夢のように、昨日の出来事が信じられなくなる。


(両親がグルになって息子にドッキリでも仕掛けようってのか?)


それにしたって小さなドッキリである。

さして愉快だとも思えないし、そもそも両親の性格上そのようなことをするとは到底思えない。


(一体どういうことだ…)


「考え込んでどうした? 何か悩みごとか?」


父はミラー越しに神妙な顔を見せている。

聰は、ただでさえ仕事のことで心配をかけている中で、更に父の不安を煽るのは良くないと思った。

この話はあまり深く掘り下げずに、後で母に確認してみることにした。


「いや、大丈夫だよ。でも、長旅でちょっと疲れちゃったみたいだ」


「そうか、帰ったら休むと良い。お前の部屋はたまに母さんが掃除してるから、すぐに使えると思う」


「わかった。ありがとう」


(そうだ。まずは実家に帰ってゆっくり休もう。ドッキリにしても何にしても、頭がスッキリした状態じゃないと混乱するばっかりだ)


「さて、そろそろだぞ」


気付けば車は、見覚えのある田園風景が広がっている。しかし、どこか様子が違う。

ポツリポツリと建ち並ぶ民家は、どれも記憶の中にあるものより、新しいような気がする。それに、どこか、よそよそしい。


「…父さん、この道で合ってる?」


「ああ、合ってるぞ。なんでだ?」


「いや、…なんというか、…見覚えがないような…」


「ははは!久しぶりの帰省で緊張してるんじゃないのか?」


父は、そう言って笑い飛ばした。


「はは…。そんなことはないと思うけど、この辺なんか変わった?」


「いや、特に変わったものはないと思うけどな…?」


しばらく、静かに田舎道を走っていく。

そして、やがて、ある家の前で、ゆっくりと速度を落とし、停車した。


「ほら、着いたぞ。久しぶりの我が家だ」


父は、そう言って車を停めた。

しかし、聰は、すぐには車を降りることができなかった。

窓の外に広がる光景は、…見たことも無い家だったからだ。


白壁と黒瓦のコントラストが美しい、純和風の家。玄関には、木製の引き戸。庭には、手入れの行き届いた植木と飛び石、そして、白い玉砂利が敷き詰められている。…どこからどう見ても、自分の知っている実家とは、違っていた。


「…ここ、どこ…?」


思わず、そう呟いていた。


「何を言ってるんだ、聰。我が家じゃないか」


父は、不思議そうに聰の顔を覗き込んだ。


「いや、だって…ここ、俺の知ってる家じゃ…」


「冗談はよせ。ほら、母さんも待ってる」


父は、そう言って先に車を降りてしまった。

聰は、混乱した頭で、もう一度、窓の外に広がる光景を、じっくりと眺めた。


立派な門構え。二階建ての大きな家。…しかし、どれだけ見ても、聡の記憶の中にある、古びた小さな実家とは、結びつかなかった。


(…引っ越したのか…?いや、でも、そんな話、聞いてない…)


もし、本当に引っ越したのだとしたら、なぜ両親は自分に一言も相談してくれなかったのか?


いや、それ以前に、なぜ父はここが「我が家」だと言い張るのか?


聰は、混乱する頭を無理やり現状に引き戻した。


(…とにかく、確かめないことには、始まらない…)


聰は、重い腰を上げ、車を降りた。そして、父が「実家」だと言い張る、その家の前に立った。


玄関は、四枚の引き戸。木製の、立派なものだ。玄関先には、手入れの行き届いた飛び石が、リズミカルに並んでいる。家の周りには、白い玉砂利が敷き詰められ、太陽の光を受けて、キラキラと輝いていた。


二階建ての家には、ベランダが二つ。片方には、洗濯物が干されている。風に揺れる、白いシャツ。しかし、聰の記憶の中の実家とは明らかに違う。


聰が覚えている玄関は、母の小百合がせめて洋風の入り口にしたいと言って決めた片開きのドアだ。和風の建物に洋風のドアなので違和感でしか無いのだが、むしろそれが個性的だと母は気に入っていた。

実家も二階建てではあるのだが、ベランダは無い。

本当は欲しいと家族で話していたが、予算の都合で玄関のドアとの二択に迫られ、泣く泣く諦めたのだと、母がよく愚痴をこぼしていた。

そして何より決定的な違いは、記憶より明らかに広くて大きいことだ。


「えーっと、立派なお宅だね」


「久しぶりに帰ってきた感想がそれか?」


他に言葉が出なかった。

ここに来るまでの道中だけでも頭を悩ませることがあったのに、更にこれである。


「あのさ、俺やっぱり疲れてるかもしれない」


「…そうだな。父さんからもそう見える。…まぁとりあえず部屋で一息つきなさい」


「部屋って、俺の部屋?」


「当たり前だ。さっきも母さんがたまに掃除してるって話をしただろう」


(この家に俺の部屋がある? 本当に?)


にわかには信じられなかったが、考え疲れてしまってもいた。


「あら、やっぱり帰ってきてたの?」


母の小百合が玄関から顔を出した。


「母さん…」


目の前にいる父が、まるで別人のように見え始めていた矢先、母の姿を見た聰は少しだけホッとした。


「もう。帰ってきたんなら、さっさと家に入れば良いじゃないの」


「俺はそうしたいんだが、聰のやつがおかしなことを言うもんだから」


「あら、聰。そうなの?」


「いや、俺はそんなつもり無いんだけど」


「だってお前、さっきここはうちじゃないとかなんとか言ってただろう」


「え!聰…!」


「いや、それは!」


「…あなた、グレたの?」


思わず吹き出しそうになる。

こんな時にこの人は何を言ってるんだと思う反面、いつもと変わらない母がそこにいてくれるのは有難かった。


「グレるとかグレないじゃなくってさ…。あー、もう良いや!…ここが家なんだよね? 中に入っても良い?」


(そうだ。二人からのサプライズかもしれないし、ここは乗っかっておいてやろう)


聰は開き直って、この状況に身を任せてやることにした。


「…確かに何か変ね」


「…そうだろう?」


二人はそう言いながらも、家の中に招き入れてくれた。

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