繋がるポスター
妙なテンションのあか里を引き連れ、新駅舎の中に入っていく。天井は高く、開放感があり、壁はガラス張りで、太陽の光がさんさんと降り注いでいる。旧駅舎も広かったが、それに比べて倍以上の広さに感じた。しかし、駅構内を見回して見るものの、特に変わったものは無いように思えた。
「なんか広く感じないか?」
時間帯のせいということもあるが、せっかく作り直した駅舎だというのに、相変わらず人の気配はまばらだ。そのこともあってか、余計に広く感じる。
「わかるわかる!開放感があるからかな?売店もあんなに広いスペースじゃなかったよね」
「前は売店なんて軽食と飲み物くらいしか無かったもんだけど、お土産とかもたくさん置くようになってんだな」
自分の地元の土産品を見るとこれお土産なのか?みたいな品が多々あるものだが、何となく栄えているようで嬉しくもある。だが、今の聰に取っては半分故郷、半分新天地、のような居心地の悪さを感じる場所になってしまった。
売店からは何も収穫を得られなかったので、構内をウロウロしていると展望デッキへの案内を見つけた。見晴らしの良い場所から町を見れば、何か新しい気付きがあるかもしれない。登ってみることにした。
「わー、良い景色だねー!」
「そうだなぁ。何か意外に感動するわ」
展望デッキからは、街並みが一望できた。遠くには、山々が連なっている。空は、どこまでも青く澄み渡り、白い雲がゆっくりと流れている。風は、心地よく頬を撫でていく。
「でも、こうやって見ると知らない建物がポツポツ増えたなってくらいで、大きく変わったものは無いんだな。昨日見た風景とそんなに変わらないような気がする。…まぁ、一番大きな変化をした建物の上に立ってるわけだけど…」
「あはは、そうだね。私も同じかな、大きく変わったようには思えないかも」
これ以上の収穫は無いと思い、下へと降りると、時刻表が貼り付けてあるのが目に入った。見に行ってみた。
「結構本数増えたか?こんなにあったっけ…?」
「あったよー。これは変わらないと思う」
駅を新しくしたからと言って線路が増えるわけでは無い。時刻表には大した変化は無いようだった。
「そっか、普段使わないからなー。そういや、あか里って何時の電車で帰ってきたの?俺はお昼頃だったんだけど…」
「私?何時だったかな…。確か、お母さんが用事のついでに迎えに来るみたいな話だったから、私もお昼頃だったかも」
「お、共通点。こういうの見付けていけたら良いかもしれないな」
「だね!一歩前進!」
元の世界へはどれくらいの歩みが必要なのかわからないが、千里の道も一歩からよろしく、貴重な一歩を踏み出した気がした。そして、そのまま足を踏み出そうと視線を動かしたところ、見覚えのあるポスターを見かけた。
「緑葉祭…。ここにも貼ってあるんだな」
昨日見た緑葉祭のポスターだ。
「そうだね。今年もやるみたい」
ポスターで告知してあるのだから、そうなのだろうが、何かが引っ掛かった。
そして、次の瞬間、その何かに気付いて、息を呑んだ。
「…まさか…」
それは、昨日、元の世界のホームで見たポスターと、全く同じものだ。
「5月開催」の大きな文字と共に、浴衣姿の男女が楽しそうに踊っているイラストが描かれている。
「なぜ…?」
「さとくん、どうしたの…?」
あか里が心配そうな様子で問い掛けてくる。
「このポスター…。昨日も見たんだ」
「え、ここで?」
「…いや、ここじゃない。…昨日電車を降りた時ホームで見たんだ」
「えーっと、それって、古い駅舎と新しい駅舎に同じポスターが貼ってあったってこと?」
「…そういうこと」
混乱するほかないが、同じポスターが貼ってあるという事実に少しだけ安堵を覚えた。もしかしたら、このポスターが元の世界に戻るヒントになるかもしれない。
「何なんだろうね?ホントに不思議…」
疑問を口に出してみたところで何かが起こる気も、変わる気もしなかった。ここで考え込んでいても答えは出ないだろう。これ以上ここにいても仕方がない気がした。
「他には変わったもん無さそうだし、別のところ行くか?」
「うん、良いけど…どこ行くの?」
「うーん…。そう言われるとパッと出ないな。あか里はどっか思い付くところ無い?」
「私ー?私も特には………あっ!」
「なんだ?思い付いたのか?」
「うん!ねぇ、同級生のところに行ってみない?」
「同級生…?そりゃ構わないけど、そもそも地元に残ってるやつなんているのか?」
「それがいるんです!牧島未歩!覚えてる?」
牧島未歩。覚えがある。聰はそれほど親しくなかったが、高校時代あか里といつも一緒にいた親友の名前が牧島未歩だった。確か、最後に会ったのは同窓会の時だ。明るくてサバサバした感じの女の子だった。
「牧島ってあか里の親友の?」
「そうそう!あの子、今実家にいるらしいんだー。この前こっちに来てからだけど、たまたま連絡があって実家の喫茶店手伝ってるから久しぶりに遊びに来ない?って言ってたの」
「喫茶店やってんだ?知らなかったな。…しっかし、普通に連絡来るんだな。そっちの方がビックリだわ」
「だよね。私も連絡来たときは一瞬ドキッとしたけど、いつも通りの未歩で肩透かしを
食っちゃったよ」
こちらでも変わらず人は生活を営んでいるのだ。当然のことなのだが、違う世界から来た者に取っては何とも現実感のない出来ごとのような気がしてしまう。
自分が主人公になってゲームの NPCと触れ合っている。良くないことだが、そんな感覚に囚われそうになってしまいそうになる。
「じゃあ、その喫茶店行ってみるか」
「わかった!それじゃ、いやしのツアー再開だね!」
あか里が気を取り直すように宣言する。あか里も同じようなことを考えていたのかもしれない。これはゲームではない、現実に起きていることなのだと。聰は改めて自分に言い聞かせた。