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勇者の魔石を求めて  作者: 圭太朗
王国歴622年5月16日(月)
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4-12 彼女の依頼は重罪に繋がるものでした


「すいません。本当にすいません」


 サノスは何回目の『すいません』を口にしたのだろう。

 サノスはヘルヤさんを、南町の歓楽街の店の女と勘違いしていたようだ。


「昨日とは感じの違う服装ですね。ヘルヤさんにとてもお似合いです」


「そう言わんでくれ、恥ずかしいぞ(笑」


 ヘルヤさんの昨日とは全く違う装いをサノスが褒め上げる。


「この名刺って南町の歓楽街の店ですか?」


「それは⋯ この春に開いた店、何だったかな⋯ バンジャビか、その店のジュリアさんがくれたものだ」


 机の上に置かれた南町の店の女の色香漂う名刺をヘルヤさんが指差す。


 勘違いをしたサノスと、勘違いをされたヘルヤさんのやり取りが、少し痛々しい感じだ。


 そこまでサノスと会話したヘルヤさんがお茶を飲み終え俺を見てきた。

 これは自分の依頼に話を進めてくれと言う合図だろう。


「サノス、ちょっとヘルヤさんと仕事の話をしたいんだ。少し席を外してくれるか?」


「わかりました。師匠、お昼を買ってきます」


「そうしてくれるか? そうだヘルヤさんの分も頼めるか?」


「いや、私の分は⋯」


「いえいえ、ヘルヤさん遠慮しないでください。これも何かの縁です。一緒に食べましょう」


「そ、そうかそれなら⋯」


「ヘルヤさん。食べられないもの⋯ 苦手なものとかありますか?」


 ヘルヤさんの承諾の声にサノスが気遣う言葉を返す。


「いや、特に好き嫌いは無いぞ」


「じゃあ、お任せで♪」


 サノスがバタバタと買い物に行く支度を始めた。

 台所で両手鍋を手にすると、直ぐに作業場に顔を出してきた。


「じゃあ、行ってきます」


 その声と共にサノスが作業場から店舗に向かった。


コロンカラン


 サノスが店の出入口から出た音と共に、ヘルヤさんがゴソゴソしだした。

 どうやら昨日も見せてくれた兄の形見を出そうとしているようだ。

 俺は席を立ち上がり、棚から空の小箱を取り出し机の上に置いてヘルヤさんに声を掛ける。


「ヘルヤさん、この箱に入れてください」


 ヘルヤさんは見事な赤髪を手で纏めながら、器用な手付きで兄の形見のペンダントを首から外すと、名残を惜しむようにじっと見つめた。


「よろしく頼む」


 ヘルヤさんは俺が準備した小箱に兄の形見のペンダントを置いて、箱ごと俺の方に差し出してきた。


 そんなヘルヤさんに俺は説明を始めた。


「まず私の話を聞いてください」


 俺はヘルヤさんの目を真っ直ぐに見て語って行く。


「ヘルヤさんは『エルフの魔石』をご存じですね?」


「ああ、この兄の形見は『エルフの魔石』と聞いている。強化鎧をイチノス殿の父上に贈呈した際に、お返しとして贈られた物だ」


「『エルフの魔石』が何から作られているかをご存じですか?」


「『魔鉱石まこうせき』と聞いている。魔物から得られる物とは違うと言うことは知っているぞ」


「正しい認識です。最低限、その知識を得ていないと『エルフの魔石』を有する資格が無いと言われます」


「うむ。わかっている」


 ここで俺は『エルフの魔石』や『魔鉱石まこうせき』の話から、少しだけ舵を切る。


「ヘルヤさんは王都にある『魔法研究所』をご存じですか?」


「知っとるぞ。ガス灯を売り出したところだ。先月、私の住む町にも最初のガス灯が設置された」


「私は去年まで、その研究所におりました」


「そうか。さすがはイチノス殿だ」


 ヘルヤさんが褒めてくるが、それはスルーして話を続ける。


「その『魔法研究所』では『魔鉱石まこうせき』への実験が国王の命令で禁止されているのはご存じですか?」


「いや、そこまでは知らない。国王命令で禁止されているとは何かあったのか?」


「『魔鉱石まこうせき』への実験、魔素充填の実験で『魔力切れ』を起こして人が亡くなったからです。それが原因で国王の命令で禁止となりました」


「魔素充填⋯ 実験で人が亡くなっているのか⋯」


「私が言いたいのは『エルフの魔石』への魔素充填も、国王の命令で禁じられている『魔鉱石まこうせき』への実験として扱われると言うことです。理解できますか?」


「⋯⋯」


 案の定ヘルヤさんが固まった。

 俺はヘルヤさんが口を開くまで待つことにした。


 ティーポットを『湯出しの魔法円』に乗せ、魔素注入口に指を置きコンラッドの言葉を思い出しながら『お湯が欲しい』と願いを込める。

 胸元の『エルフの魔石』から『魔法円』に魔素が流れるのがわかる。


 ティーポットにスルスルとお湯が湧き、ほのかに湯気が立ち上る。

 適量と思われる付近で『魔法円』から指を離せばお湯が湧くのが止まる。


 俺とヘルヤさんのティーカップを並べて、お茶の濃さが同じになるように工夫しながらティーポットから緑茶やぶきたを注いで行く。


「ヘルヤさん、どうぞ」


 淹れ終えた緑茶やぶきたをヘルヤさんの前に差し出すと、ヘルヤさんがハッとした顔を見せてきた。


「ありがとう、イチノス殿⋯ さっきの話だが『エルフの魔石』は元が『魔鉱石まこうせき』だ。『魔鉱石まこうせき』へ魔素充填することが禁じられているなら『エルフの魔石』への魔素充填も、同じ扱いで国王から禁じられていると言うことなのだな」


「ヘルヤさんの理解で正しいです。『魔鉱石まこうせき』にも『エルフの魔石』にも、魔素充填することは国王が禁じた命令に背くと言うこです」


 俺は更に一歩踏み込んで話を続ける。


「国王の命令に背くのは、この王国では重罪ですね」


「そうなるな⋯ 私はイチノス殿に重罪を犯させると言うわけだな」


「いえいえ、ヘルヤさん。私だけが重罪で、ヘルヤさんは無罪で済むと思いますか?」


「⋯⋯」


「ヘルヤさんの依頼で私が魔素充填を行ったと露呈ろていすれば、ヘルヤさんも共に処刑台しょけいだいへの階段を登らされるでしょう」


「そ、そうか⋯」


 ヘルヤさんがティーカップに両手を添えて包み込むような仕草をする。


「蒸し返すようですいません。そうした背景から『魔鉱石まこうせき』や『エルフの魔石』を有する者は、自身が有していることすら口にせず、ましてや他者に見せたり、これは何かと問うことはあり得ないのです」


「昨日の件だな⋯ すまんかった」


 再びヘルヤさんが頭を下げてきた。


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