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勇者の魔石を求めて  作者: 圭太朗
王国歴622年6月12日(日)

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31-12「氷の花が咲く午後」


「イチノスさん、本当にこれを貸してくれるの?」


 リリアが笑顔でそう言った。その声には、嬉しさと、思わず見過ごしそうになるほどの幼さが混ざっていた。その一言に至るまでには、いくつかのことがあった。


 俺は二階の書斎から『製氷の魔法円』を取り、台所でマグカップを手にして、二人の待つ店舗に戻った。


 マグカップと『製氷の魔法円』を準備して店舗へ戻る途中、作業場の壁に掛かった時計が視界に入った。針は三時を指していた。


 気に留めたつもりはなかった。けれど、その時刻はどこかに沈殿するように、俺の中に残った。


 リリアとシンシアを待たせた店舗に戻り、それまでシンシアが水出しに使っていたティーカップをマグカップに切り換え、俺は再びシンシアに水を出してもらった。


 シンシアの差し出した水を、俺は昼前に描いた『製氷の魔法円』で静かに凍らせてみせた。


 目の前で広がる氷の花に、リリアとシンシアは小さく息を呑んだ。声もなく驚きの表情を交わしながら、二人の目は氷の奥に宿る光を見つめていた。


 二人はその後、交互に水を出し、交互に『製氷の魔法円』に触れた。互いにマグカップの水面に浮かぶ氷に喜びを分かち合うように試していた。


 そして、やがて始まったのは、二人の小さな争いだった。


『湯沸し』が良いのか、『製氷』が良いのか。その選択に、リリアとシンシアはそれぞれの理屈を持ち寄って、真剣に語り合った。言葉は柔らかく、けれど、どこか熱を孕んでいた。


 その様子を見つめながら、俺は思い出していた。三時を過ぎる頃には、シーラがやって来る予定だ。それを思うと、内心に、淡く不安のようなものが浮かんだ。


 だから、俺のほうから口にしたのだ。


「『製氷の魔法円』なら、貸し出せますよ」


 そんなふうに俺から投げ掛けた答えが、今、リリアの台詞として返ってきたのだ。


 ◆


「はい、気に入ったら忘れずに代金を持って来てください(笑」


「イチノスさん、貸してくれるのは嬉しいんだけど、何か条件があるの?」


 リリアの言葉はもっともだ。無償で貸し出されるなんて、普通はあり得ない。


「条件か⋯ 私から『貸し出された』とは口にしないでもらえる? もちろん、私の店で売っていることは伝えても良いけど(笑」


「「⋯⋯」」


 俺の言葉に、リリアとシンシアは一瞬固まった。


 だが、すぐにリリアが気付き、口を開いた。


「フフフ、そうね。そんな話が広まれば、余計なものまで引き寄せるだろうね(笑」


「それからもう一つ。この『製氷の魔法円』がどんなものなのかを、できる範囲でいいから広めてほしいんですよ」


「はぁはーん。なんとなくだけど、イチノスさんの考えていることがわかってきたよ(笑」


「うんうん」


 リリアがそう答えると、シンシアも俺の考えを察してくれたのか、頷いた。


「これはいつまでも貸し出しはできないわよね?(笑」


 リリアの進言は適切だった。確かに氷を欲しがる暑い季節の終わりまで貸す気はなかった。


「ククク、そうですね。リリアさんは今度はいつ頃リアルデイルに来るのですか?」


「来週にはまた来る予定だよ」


「じゃあ、まずはその時にこの『製氷の魔法円』の使い勝手を伝えに来てください」


「使い勝手?」


「実はこれは、大きさが気になっていて。この大きさだと持ち歩くのには便利ですよね?」


「ま、まあ、そうですね」


「でも、その片手鍋を乗せると使えない」


「あぁ、湯沸しと同じなんだね」


 リリアが核心を突く言葉を口にした。どうやら『湯沸しの魔法円』の欠点に気付いているようだった。


「持ち歩くのには小さくて良いけれど、鍋を乗せて凍らせるには大きさに問題がある。まあ、この片手鍋がギリギリなんですよ」


 それまで黙って聞いていたシンシアが片手鍋を手に取り、『製氷の魔法円』に置いて確かめ始めた。


「うーん。そういうことか⋯ 確かにこの大きさだと鍋は難しそうですね」


「うんうん」


 リリアがシンシアの言葉に頷いたところで、俺は二人に暗に退店を促した。


「それではお二人とも、湯沸しの課題と製氷の課題も理解してくれましたね?」


「うん、理解できたよ」


「うんうん」


「湯沸かしにするか製氷にするか、それとも、どちらも購入されるか、そのあたりはお二人でじっくり話し合ってください」


 二人は顔を見合わせて頷き、リリアが告げた。


「そうね、イチノスさんの言う通りね。この氷を作れるやつを貸してもらえるなら、いろいろ試せそうね。シンシア、それで良いよね?」


「うん、イチノスさんありがとう。持って帰っていろいろ試してみる」


 支払いの時間になった。やはりと言うか、最初からその予定だったのだろう。姉のリリアが財布を取り出し、金貨で支払いを済ませた。


 店で『魔法円』を購入したお客さんに持たせる紙袋に、二人が使った『水出しの魔法円』と『製氷の魔法円』を入れて差し出すと、嬉しそうにシンシアが受け取った。


「後はブライアンに頼まれた『砂化』と『石化』ですよね。それも持って来ますね」


 俺はそれだけ伝え、もう一枚の紙袋を手にして二人を少し待たせた。作業場の商品を収納する棚から、古代遺跡の調査に持って行った土魔法の『魔法円』──『砂化』と『石化』──を取り出し、紙袋に納めた。


 店舗へ戻ると、リリアが声を掛けてきた。


「そうだ、イチノスさん」


「ん?」


「イチノスさんのところは、魔石も扱ってるんだよね?」


「もしかして、魔石もお求めですか?」


「ううん、逆よ。知り合いに聞かれたの。イチノスさんの店は魔石を買い取ったりするの?」


「魔石の買い取りですか?」


「実はね、ジェイク領から来てる連中が、『魔石』の買い取り先を探してるみたいなの」


 はいはい。変な雲行きになってきましたよ。


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