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勇者の魔石を求めて  作者: 圭太朗
王国歴622年6月12日(日)

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31-5「優しさの任務」


 俺が交番所の静かな敷地に足を踏み入れた時、昨日の班長の声がまだ耳の奥に柔らかく残る建物が目の前にあった。


 ミャアミャア


 そこへかすかな猫の鳴き声が耳を撫で、思わず俺の足は止まった。

 外から見える昨日も訪れた交番所の建物の中には、イサベルさんらしき人影と、街兵士幹部の制服に身を包んだイル・デ・パンらしき男の姿があった。


 俺は、その男が本当にイル・デ・パンなのか確かめるようにじっと見つめた。

 街兵士幹部の制服を纏い、穏やかな面差しで椅子に座っているその横顔が目に入った時、俺は確信した。それは間違いなくイル・デ・パンだ。


 街兵士幹部の制服を着ているのに威圧感はなく、むしろ静かな穏やかさが漂っていた。

 その隣にはイサベルさんが立ち、机の上に置かれた編みカゴの中を一緒に覗き込んでいた。


 二人の気配を確かめていると、イサベルさんがふと顔をこちらへ向けた。俺に気がついたのだ。


「イチノスさん、お疲れ様です。副長、イチノスさんがいらっしゃいました」


 その声に俺は軽く頷き、建物の入口へ進み、昨日と同じように名乗りを告げる。


「魔導師のイチノスです。イサベルさんから御用があると伺いましたが」


 イル・デ・パンがゆっくり顔を上げ、穏やかな笑みを浮かべて俺の目を捉えた。


「イチノス殿、よく来てくださいました。まずはこちらへお座りください」


「イル副長殿。お呼び立ていただき、恐縮です」


 俺は一礼しながらイル・デ・パンを『副長殿』と呼んでみた。

 この場にはイル・デ・パンの部下であるイサベルさんもいるから、そう呼ぶのが良いだろうと思っての対応だ。

 そんな俺の呼び方に反応を見せないイル・デ・パンは、丁寧な誘いで俺に向かい側への着席を勧めてきたので、ここは素直に従い、向かいの席に腰を下ろした。


 ミャアミャア


 子猫の鳴き声に誘われ、机の上に置かれた編みカゴの中へ目をやると、そこには昨日と同じく白いタオルに包まれた子猫が、ウニャウニャと小さく身じろぎしていた。


「可愛いですよねぇ~」


 子猫へ目をやる俺に、イサベルさんが問い掛ける。


「可愛いですね。結局、交番所で飼うことになったんですか?」


 俺はそう答えながら、イル・デ・パンへ目をやれば、朗らかな笑顔で軽く頷いた。


「はい、副長から許可をいただけましたので、この子も今日からここの勤務になりました(笑」


 ククク、イサベルさん。その答えには喜びしか乗っていないぞ。


 そう思った時に、イル・デ・パンが補足するように口を開いた。


「まあ、昼間はイサベル君達が世話をして、日が暮れたら男性陣に引き継ぎですね」


「なるほど。確かに交番所ならば必ず誰かがいるでしょうから、この子猫にとっては悪くない環境かもしれませんね(笑」


「やはり、イチノス殿は生き物を飼うのは難しいですか?」


 イル・デ・パンが核心を突くようなことを口にした。ここにはイサベルさんもいる。昨日と同じ答えが適切だろう。


「そうですね。やはり生き物の命を預かると言うのは、私には荷が重いですね」


 イル・デ・パンとそうした言葉を交わしていると、イサベルさんが子猫の入った編みカゴを静かに引き寄せ、子猫を指で撫でながら言葉を発した。


「イチノスさん、大丈夫ですよ。この子は私達でしっかりと育てますから」


 その言葉には暖かさがあった。

 だが、どこかに微かな刺のようなものも感じた。やはり昨日の俺の態度が悪かったのだろうか?(笑


「そうだな、それがイサベル君達の任務だ。その子猫をよろしく頼むぞ」


 イル・デ・パンがイサベルさんに声をかける。

 するとイサベルさんが直立不動になり、王国式の敬礼を示した。するとイル・デ・パンも椅子から立ち上がり、イサベルさんの敬礼に応えた。


「イル副長、この任務、皆で協力して必ず達成してみせます」


「おう、頼むぞ」


 イル・デ・パンが応えて敬礼を解くと、イサベルさんも敬礼を解き、子猫の入った編みカゴをそっと抱え直して建物の外へと向かった。


 俺は振り返り、イサベルさんの行き先を確かめるようにその後ろ姿を見届けた。ときおり見える横顔は実に嬉しそうだ。


 そう思っていると、イル・デ・パンが口を開いた。


「これでイサベル君達も、少しは仕事の励みになるだろう」


 その声に思わず振り返ると、イル・デ・パンは先程と同じく朗らかな顔を見せているのだが⋯


 そうか!

 イル・デ・パンは思い出していると言うか重ねているんだ。


 子猫を入れた編みカゴを手に、交番所の建物から出て行くイサベルさんの後ろ姿に、自分の娘さん=ロザンナの母親であるイル・デ・パンの娘さんを思い出しているんだ。


 考えて見れば、亡くなったロザンナの母親=イル・デ・パンとローズマリー先生の娘さんも、イサベルさんと同じぐらいの年頃の頃があっただろう。


「さて、イチノス殿。お呼び立てした件について、お話をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」


 おっと、イル・デ・パンから虚を突かれた感じだぞ。


「そうですね。子猫の件も落ち着いたようですから、今日の本題に進みましょう(笑」


「その前に、まずは昨日の事情聴取にご協力いただき、感謝します」


 あっさりとイル・デ・パンに躱されてしまった。


「はい。あの程度であれば問題ありませんから、気になさらないでください」


「そう言っていただけると、こちらも助かります」


「それにしても、いろいろと調べることになったんですね?(笑」


 俺は、昨日交番所の表で班長や青年の街兵士と軽く言葉を交わした時のことを思い出しながら、軽く問いかけてみた。


「そうですね。イチノス殿としては、あの者のことはそれなりに気になるでしょう」


 おっと、さすがはイル・デ・パンだ。切り返しが実に見事でしかも微妙じゃないか(笑


「イル副長殿、今日はその話をさせていただけるのですか?(笑」


「したくなくとも、せざるを得ないでしょう(笑」


 いかんな。お互いに変な笑いが出てしまう。


「さて、何処から話しましょうか? そうですね⋯」


 そこまで告げたイル・デ・パンが一息入れて言葉を続けた。


「イチノス殿は昨日の夕刻に起きた事件をご存じですか?」


「昨日の夕刻?」


「えぇ、何処ぞのならず者の左手首が切り落とされたんですよ」


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